第7話 父の見合い その2
時は少しだけ進み――――
今日はジョセスターのお見合いの日。
ディズは今日一日、部屋に籠っているつもりだった。
こういうのは変にディズが入れば面倒な事になる。なんせ、相手からすれば義理の息子。つまり、腹違いの息子だ。
腹違いの息子が積極的に出てしまっては良い気分はしないだろう。だから、向こうから接触が無い限りは大人しくしていようと思っていた。
「はぁ~」
ディズは身体を伸ばす。
今、武術の勉強をしているところだ。
武術の勉強というが、実際問題どういったことを勉強しているのか?
武術には大きく分けて武器術と徒手格闘がある。
この世界では武器術こそがメインとなる。
当然と言えば当然だ。
武器を持つ理由は必殺を得るためだ。
ジョセスターも口酸っぱくして彼に注意深く言っていた。
ジョセスターはこう言った。
「武器は相手を傷つける道具。剣を抜き身の状態で持っている時は、絶対に油断してはいけない。その油断で敵だけでなく、味方も傷つけてしまう」
ディズにとって、ジョセスターの言葉は非常に重みのあるものだった。
そして、武術の剣術には大きな流派が存在する。
それが【アレン流】だ。
最初の勇者アレンが作り出したとされている。
剣術だけでなく、武器術は大本を辿ればここにたどり着くさえ言われている。
この武術はとにかく攻める武術だ。
結論から言うと、これはディズに合わないのだ。
先ほど言ったように、ディズは自衛、護身をメインとしたい訳だ。
そうなると相手をむやみやたらに攻める武術は、やはり向いていない。
(なんかこれ、殺られる前に殺れみたいな感じがして怖いしな)
前世で喧嘩なんて一度もしてこなかった男だ。
いざ戦うとなった時のメンタルも心配の種だった。
そこで彼が色々と調べてみた結果、辿り着いたのが【トータルアーツ】と言われる武術だ。
これはジョセスターも知っている武術で、その道を志した人間には必ず耳に入る。
この【トータルアーツ】は武道に近い。
精神性を重んじる一方で、現代でも通じると思えるような護身術を主体とした徒手格闘技だ。いくつかの武器もあるようだが、メインは徒手格闘。
これは重要だ。
なんせディズには剣の才能が無い。だから、ディズは将来的にトータルアーツを覚えたい。
最終的には魔法と武術の融合がしたい。そうロマンだ。
武術では魔力を使うが、魔法を直接的に使う事は基本しない。
事実、武術をフル回転で使っている最中に魔法を使うのはかなり至難だ。命の取り合いで一瞬の隙が致命的にある事を考えれば、至極当然な事でもある。
それでもロマンくらい求めても良いはずだ。
魔法と戦いを組み合わせるというのは、彼にとってゲームとアニメ、映画から知識を取るしかない。
今は脳内から必死に映像を思い出しながら、一つ一つメモを取っておる。メモの中には拙い絵の棒人間も踊っている。
「やっぱアニメか、ハリウッドかなぁ~」
映像として思い出せるのは利点だ。
魔術はイメージが大事だ。だが、問題もある。
それは新魔法を開発しなければいけない可能性だ。
ディズ個人としては、今ある魔法を応用するほうが近道だと思っている。
既存の物を応用する方がはるかに効率的。「急がば回れはクソ食らえ」と考えていた。
例えば、拳に炎を纏って殴る新魔法ができたとしよう。
それを使って殴ったところで敵にダメージが入るかは別問題。
火を纏ったからと言って別に破壊力が上がる訳でもない。だったら炎で破壊力を持つ魔法を、ちょっと応用した方が良い。
「別に戦場で生きる訳でもねぇし」
ディズがこういう魔法を使いたいのはあくまで護身術だ。だから、相手に決定打を与えるような攻撃をしたい訳ではない。
脅す、もしくは怯ませる。
その間に逃げるくらいがちょうどいい。
むしろ、覚えるなら確実に逃げられる魔法だ。
相手を無力化する魔法。
相手を無力化できる武術。
逃走手段。
この三つがあれば済む。これが最低限だ。
できれば、そこに足止めの魔法があれば尚の事良し。
やりたい事を見つける為の経験値を稼ぐ為、外に出る必要がある。だが、この世界は物騒なので自衛手段だけ身に着けなければいけない。むしろ、それがあればそれでいい。
もし、一発で無力化、逃走、足止めができれば最高だ。
本当に実用的である。
その為にも基礎体力は必要だ。
ジョセスターには悪いが、今はその体力作りの為のトレーニングと思っている。
「こういうのは、実戦を重ねないとダメだよなぁ」
実戦を重ねないで知識だけ貯めても意味が無い。
それは痛い目を見ろと言われているに等しい。
そう考えるとディズのテンションは下がる。だが、落ち込んでも仕方ない。でも、やっぱりテンションは下がる。
痛い思いは嫌なので、それこそ対策をしておくべきだ。怪我でもしたら時間の無駄になる。
そして、時間は有効に使いたい。
少しでも勉強して新しい考えや構想を思い付けるようにしておきたい。
「あと、筋トレしておこう。どうせ考えてもどうしようもないし!」
結論の無い思考に意味はない。
世の中はやるかやらないか。
やらない人はいつまで経ってもできない。
その心を忘れずに、ディズは途中だった歴史の本を読み始めた。
こういう本にもヒントがあるかもしれないと淡い期待をしている。
けして現実逃避ではない。
降り注ぐ光が暖かい。
太陽光によって照らされる本のページが白く反射する。
「あ~、太陽……高いなぁ。え? 高っ。もう昼?」
窓から見える太陽の高さから、そろそろ昼食時である事に勘づく。
最近、彼は太陽の高さである程度の時間を計る力が身に付いていた。
この世界では時計は高級品なので、応接間と執務室以外にはあまり置かれない。
(あ、そう言えばもうすぐ来る時間じゃない? お見合い相手。う~ん。顔だけこっそり見ておくか)
ディズは部屋からこっそりと玄関の近くへ向かった。
一方、その頃――――
エレナの溜息は何度目か分からなった。
揺れを抑える魔法のかかった馬車に乗り、片道2日の距離を進んでいる。
彼女が馬に乗って駆ければ1日程度で着くのだが、そんな事をさせる訳がない人物が傍にいた。
「さぁ、着いたぞ。ここがポルフだ」
エレナは馬車の外を見る。
のどかな農村の風景。彼女は旅をしていた時もこういうのは良く見ていた。
ただ、冒険者時代とは違って、こちらを見る目は奇妙なものを見る物珍しさに染まっている。
(はぁ、それにしてもコルセットがウザい。私のウエストは貴族と違って弛んでないのに、なんでこんな物と着けなくちゃいけないの?)
「ふむ、良い所じゃないか。乱雑した都とは違って落ち着いた雰囲気だ」
お父様の独り言は明らかにエレナへ聞かせようとして喋っている。
少しでも次に会う領主の事を印象良くしようとしている。と言った感じだろう。
(王都育ちの人間が田舎を素晴らしいと思うわけ?)
エレナの目から見ても、確かにのどかで良い所だ。
領地に入ってすぐは家がポツポツとある程度だが、中心部へ行くにつれて徐々に建物が増えてく。その辺りまでくれば確かに村と言うよりはギリギリ町かもしれない。
今度の貴族はどんな丸々太った豚なのか。
それともガリガリの骨と皮だけの貧相な輩なのか。
「はぁ…………ん?」
彼女の目線の先に手を振っている子供がいる。
エレナは手を振り返した。皆一様に笑顔だ。恭しくお辞儀をする人もいる。
本来貴族の乗っている馬車に対して、手を振ると言うのはあまり良い行為ではない。
良くある光景はお辞儀をしたり、建前の様な歓声を浴びせたりするのが一般的だ。だが、そのほとんどは完全なパフォーマンスだ。
ほとんどの場合はその土地の領主に命令されてやっている。だが、今回は印象が違った。
彼女の目には、みんな幸せに見えたのだ。
市民が求める当たり前以上の生活をしていると言った所だろう。
貴族に対する絶大な信頼を垣間見ている様な気がしていた。
この長い間、世襲制を一切変化させず、ヴェルカ帝国にいる貴族はその殆どが何かしらの汚職をしていると言っても過言ではない世の中だ。
こんな世の中であんな顔ができる事をエレナは不思議に思った。
「…………良い顔はしてるんだろうね」
エレナはそっと誰にも聞こえないように呟く。
体面上、町民に良い顔をしている奴らはたくさんいたのだ。
ちょっと家探しや色気を使って誘ってみると、すぐに不正の証拠が見つかるバカ共だ。
今度も同じ手を使ってやる。と彼女は腹の中でそう考えていた。
「さぁ、ここだ。降りるぞエレナ」
「はいはい」
「ハイは一回だ」
「は~い」
「伸ばすでないっ」
「…………チッ」
お父様の言葉と同時に馬車は停止した。
そこには大きな屋敷。
この村の住居の中で1番大きい。だが、エレナが今まで見た中では比較的小ぶりだ。外装も派手という事はなく、今まで見た中では地味だ。かなり質素な方と言える。
弱小貴族の避暑地の別邸と言われても通用するレベルだ。
彼女が屋敷を観察していると、屋敷から壮年の執事が歩いてくる。
その執事は彼女が馬車から降りようとすると執事が手を差し伸べてきた。
エスコートしてくれるようだ。だが、エレナは「そんなものは必要無い」と言わんばかりに手を無視して、軽やかに馬車から降りた。
それを見た執事は苦笑している。
それは彼女にとって初めての反応だった。
大抵は目を丸くし、礼儀知らずと嫌な顔をされる。
だが、その執事は一切顔に出さず、エレナに続いて降りようとするお父様にすぐさま手を差し伸ばしている。
「お越しいただき感謝いたします。アルトラシューストン卿。私はガンフィールド家に仕える執事。オルソワール・ボストンと申します」
「ふむ。苦しゅうない。エレナ。挨拶をせんか」
エレナがわざと黙っていると、お父様ことアストラシューストン卿から挨拶しろと催促される。
彼女は一応と言った感じでドレスのスカートを摘み、頭を少し垂れて膝を曲げる。
(スカートは良いけど、ドレスがイヤ。無駄に重いし歩きにくい)
心の中で愚痴り、彼女は形だけのあいさつをする。
「エレナです。お見知り置きを」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
挨拶もそこそこにオルソワールは彼女らを家の中に招き入れた。
(さて、どんな人間がいるのやら? もしいきなり迫ってきたら、スカートの中に隠してあるナイフで斬り付けてやる)
物騒な事を考えているとも知らず、オルソワールは粛々と歩いていく。
屋敷の中に入り、広場の様になっている正玄関ホール。
そこの中心に一人の男が立っていた。
「お待ちしておりました。アルトラシューストン卿。そして、エレナ殿」
そう言って、目の前の男は恭しく頭を下げていた。
頭を下げている為、光の加減で顔が見えない。
どうやら当主の様だ。
声は若い。
そこまで歳は離れていない様だ。
うら若き乙女のエレナもジジイは勘弁してほしかった。そのシルエットを見ると、今までの貴族とは大分勝手が違う。
スラッとした長身に引き締まった体。
まるで冒険者の様な身体。腕や足も筋肉で引き締まって太い。
何より首の太さだ。その首の太さはただのトレーニングで身に付くモノじゃない事を彼女は見抜く。修羅場を潜り抜けて来た様な明確な力を感じる。
男が顔を上げる。
それと同時に、光に慣れた彼女の目に飛び込んできた男の顔。
エレナは目を見開いた。そして、一気に体が燃え上がるのを感じる。
その燃え上がりが突き動かした。
反射的にスカートの中に隠してあった長めナイフを取り出し、その当主へ疾風のように駆けて行った。
突然の行動に反応したのは二名だけ、一人が執事のオルソワール。そして、もう一人が当主のジョセスターだった。オルソワールはアストラシューストン卿を瞬時に庇う。主を守る必要は無いと言わんばかりの行動。
事実、その通りだった。
ジョセスターは礼装用に腰に付けていた剣を鞘から抜き出し、彼女のナイフの一閃を受け止める。
ガキンッ!
高い金属音。
ジョセスターの腕力に押され、エレナの身体が前方から驚異的な力で弾き飛ばされた。
彼女は動きにくい靴と服で必死に体を立て直し、再度ジョセスターに飛びかかる。
「たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ――――――ふわぁ!?」
「うおぉ!」
ナイフとジョセスターの剣が再度ぶつかる直前。
エレナとジョセスターの身体がクルンとひっくり返る。
ひっくり返った2人に何が起こった。
何も無いはずの地面が、まるで地面がスライドしたような感覚。
乗っていたカーペットが引っ張られて滑ってしまったというのが適切だ。
「くっ!」
「たぁッ!」
二人は、体が床に触れるギリギリのところで身体をひねって受け身を取り、ほぼ同時に勢いよく起き上がる。
エレナは反撃を受けないように距離を取る。
その行動によってエレナとジョセスターの間には距離ができる。
仕切り直し。
彼女がすぐに身体の体勢を整えると、再度突進しようとする。
「んなぁッ!?」
次の衝撃。
それは『滑る』なんてちゃちな表現では語れない。
足を掴まれ、引っ張られるような感触。
受け身どころではない。
両足首をガッチリとホールドされ、反応する間もなく、力の限り下から上へ持ち上げられたに等しい。
「ぶへっ!?」
なんとか顔を床に打ち付ける事だけ阻止。しかし、足を引き上げられるように状態の為、胸から腹部はガードしきれない。
彼女の体重分に加え、引っ張られる勢いのまま身体が床にぶつかる。肺から圧し潰されて呼吸が止まる。
息苦しさから思考が復活するまで1秒未満。しかし、それは決定的な隙。
(やられる!)
そう思ったが何も起こらない。
彼女がジョセスターの方を見る。
彼は何が起こった目の前の現象に驚いているような顔を見せる。
(こいつがやったんじゃない。だ、誰だ!?)
エレナはすぐにそう判断すると執事の方に顔を向けるが、オルソワールもジョセスターと同じような顔をしている。ならば、一体誰がこんな魔法を使ったのか?
すると正解を示す声が聞こえてきた。
「やりすぎた!」
幼い声だった。
エレナは声のした方へ顔を向ける。
そこにいたのは五歳くらいの男の子。黒髪で顔立ちは少しジョセスターに似ている。
子供は短い脚を必死に動かして階段を駆け足で降りてくる。
「大丈夫ですか!? お互い怪我は無いですか!?」
「……あ、ああ。大丈夫だ。あっちも大丈夫だろう」
「…………はぁ~、良かった」
声の主の男の子に、ジョセスターが戸惑って答える。
ジョセスターもこの状況に驚いているようだ。
エレナもジョセスターもバカじゃない。
この現象を引き起こしたのが誰だか分かったのだ。
「でもまぁ…………落ち着きましたか? エレナさん?」
男の子はそう言った。
(間違いない。この男の子だ)
エレナには確信があった。
こんな年端も行かない男の子が、それなりの腕を持つ大人2人に不意打ちした。しかも、確実に当たるように動きを止めてからだ。
なんて冷静さ。なんて戦術力。そして、なんて才能。
男の子は周囲を見渡して、自分が注目されている事に気が付いた。
一瞬、深呼吸をした後、彼は愛想笑いを浮かべる。
「………………………………じゃ、あとは……若い者同士で」
あろう事か。そう言ってこの場を去ろうとした。
「待ちなさい。ディズ!」
ジョセスターの呼び声にディズはビクリと体を硬直させるのだった。
時は少しだけ巻き戻り――――
ディズがこっそりと様子を見に来て、自室のある2階の窓から外を覗いていた。
彼の目線の先にいたのは、今まで見た事の無いような美人だった。
着ている赤いドレスの上からでも、引き締まっている美しいスタイルがハッキリと分かる。
整った顔立ちは凛々しく、若干の釣り目がその凛々しさを増長させている。長くて艶やかな金髪をポニーテールにし、ほんのり日に焼けたような浅黒い肌。
ラテン系の印象を受ける美女だ。
「はぁ~。あれで元冒険者か。綺麗な人だわ」
その後ろからは初老で髭を蓄えた小さなオジサンが出てきた。
あれが相手側の父親。ならば、相手の家の現当主になるはずだ。
(…………彼女は母親似なんだろうな。うん。良かったね。母親似で)
ディズは聞いたはずの女性の名前を思い出そうとする。
(エレナ……アルト………………………………忘れた)
ダメだった。
(いや、でも美人だわ)
正直なところを言うと、彼はマッチョな人が来るかと思っていた。
女子プロレスラーみたいな感じをイメージしていたのだ。ところが、箱を開けてみるとそこにいたのは綺麗な一輪の薔薇。
そう言う気障な表現も似合うような美女だ。
(あれだけ綺麗な人なら、婚姻希望も凄かったんじゃねぇの?)
ディズがバルバラに聞いた話だが、貴族の女性の平均結婚年齢は16歳から18歳ほどらしい。一方、彼女は22歳だと聞く。
完全な行き遅れだが、そこを差し引いても綺麗な人で、容姿先行にはなるだろうが、相当に申し込みが来たはずだ。
この年齢は貴族にとって意味合いが変わる。
他家に嫁ぐ以上、子供を産むという絶対的な仕事が存在している事もあり、歳を重ねるごとに貰い手は減っていく。
ディズの常識から言えば20代での出産に問題は無い。それこそ30代後半でも全く問題は無いのだが、そこはこの世界の医療技術の限界である。
そうであっても赤ん坊は天からの授かりもの。
長く妊娠しない場合を考えると、出来る限り若く娶り、出来る限り保険をかけておきたいというのが貴族社会なのだ。
その保険として力のある貴族家系では第2婦人、第3婦人なども決して珍しくはない。
ディズの感性では、やはり女性を道具にしているような感じがして不快に思う。
だが、実は女性当主の場合、優秀な子種を求めて男を選定し、複数人を囲い込むこともあるので、そんなに問題視されていない。
色好きの女の場合、それこそ凄い事になるのだ。
「あの人が新しい母親になるかもしれないのか。う~ん。嬉しいような。嬉しくないような」
ディズはちょっと複雑な気分になる。
ディズは女性が美人過ぎると居心地が悪くなる小心者なのだ。
ただ、それだけの美人を見ても嫌らしい気持ちにはならない。それはディズの体が大人として未発達の為だ。
(リア充だな。リア充。でも、めでたい事だ。まぁこれから双方の話し合いか)
日本でも明治時代くらいまでは、お見合いをする事はそのまま結婚を意味したという。それを考えれば、実質お見合いを承諾した時点で結婚確定に近い事だ。
ディズもそれは理解している。
彼が眺めていると、オルソワールが二人を家の中に連れて行く。
見た目だけではどんな人物かは分からない。
人とは会話しないと何も分からないものだ。
見た目で人は判断しない――――社会人の基本である。
彼はそんな事を考える四歳児である。
「もうちょっと見てみよう」
ディズもなんだかんだ興味があるのだ。
特に興味があるのは人と成り。意地悪な人は嫌だし、美人でプライドが高いとかあるかもしれない。
彼は見やすい場所を探して移動し、ホールの様になっている玄関を2階の通路から覗くように見る。
そこではジョセスターが挨拶している。
特に緊張などはしていない様だ。
(強心臓だな~)
もし、ディズが同じ立場なら、絶対に緊張していると確信していた。
彼はエレナと言う女性へ目線を映した。すると突然、エレナがスカートを捲り上げる。
「え? なに?」
訳が分からず間抜けな反応が終わった時、エレナの手にはナイフが握られていた。
ディズが「は?」と思った時には、彼女の行動は開始されていた。
エレナは凄まじい瞬発力でジョセスターとの距離を詰めた。
危ないと感じる前にエレナは押し返されていた。ジョセスターが礼装用に身に着けていた剣で弾き飛ばしたのだ。
そこで繰り広げられたのは戦いだった。
転生後、初めて見る人と人の戦いだった。
エレナを見ると、その顔はまだ諦めていないと分かる。その時、ディズは彼女の殺意を本能で感じ取った。
「ヤベェ」
目の前で繰り広げられている光景に、ディズはすでに気後れしている。だが、彼の思考は止めなくてはいけないという一点で染まっていた。
辺り一面血の海になるのは避けなければいけない。
「えと! えっと!」
ディズは己のできることを考える。
瞬時に出てきたのは魔法という単語だ。
魔法でどうする?
そう思考し始めた時にはすでに動き出している。
魔法とはイメージである。イメージで人を止める為にどうするべきか?
「て、テーブルクロス引きぃぃぃ!」
何故なのか?
ディズが思い出したのはバラエティー番組だった。
昔、かくし芸を披露する再放送番組。「練習風景をテレビで撮ってたら隠してないじゃん」って思った番組である。
二人の足元に大きなテーブルクロスがあり、それを思いっきり引っ張るのだ。
無我夢中で両手を戦う二人へ向け、掴む感触と同時に手前に引っ張る。
「はああああああああ――――――ふわぁ!?」
「うおぉ!」
二人がズルンと滑る。
そう、まさに滑ったのだ。
(やった成功!)
「くっ!」
「たぁッ!」
「――――じゃねぇ!?」
(受け身取った!? 嘘だろ!? バケモンかよ!?)
エレナは止まらない。
ジョセスターへ向かって動き出そうとする。
「イメージ! イメェェェジ!」
再度言おう。何故なのか?
その時、なぜかディズの頭の中に出てきたのは『着物の裾を引っ張って廊下のすっ転ぶコント』だった。
それこそ、足を掴んで引っ張る明確なイメージ。
「お待ちくだされ吉良殿ぉ!」
「んなぁっ!? ぶへっ!?」
(うわっ!? 顔面からイッた!)
すさまじい勢いで女性が顔面を地面に強打する。それは悪夢以外の何物でもない。
サーッと頭から背筋までが一気に冷える。下手をしたら死んでいるかもしれない。
そう思った瞬間には駆け出していた。
「やりすぎた!」
ディズはダッシュで階段を降りる。
(くそ、足が短けぇ! 降り辛い!)
いつもは意識していなかったが、急ごうと思っていると階段の段差がいや高く感じる。
彼はダッシュしているつもりだが、ノタノタとふらつきながら降りる。
階段を降り終わり、皆の集まるところへ到着した時には冷や汗と咄嗟の運動で背中に嫌な汗が流れていた。
「大丈夫ですか!? お互い怪我は無いですか!?」
「……あ、ああ。大丈夫だ。あっちも大丈夫だろう」
「…………はぁ~、良かった」
ディズがエレナの顔を見る。確かに傷は無い。
流石に女の子が床に顔面強打だけも問題なのに、怪我なんてしたらそれこそ大問題になる。咄嗟とはいえ、とんでもない事やらかしたと猛省する。
「でもまぁ…………落ち着きましたか? エレナさん?」
ディズは腹を決めて言葉を発する。
こうなってしまったら知らん振りなんてできない。ならば、こちらから攻めるしかない。
エレナがディズの方を見る。
勿論エレナだけじゃない。全員が驚愕の顔でディズを見ている。
「――――あ」
ここでディズは自分が思っている以上の重大さに気が付く。
ディズは魔法を使った。不意打ちとはいえ、実力者である二人の文字通り足元をすくったのだ。
それだけの事をやったのなら、みんなの顔がキョトンなのも当たり前だ。
思い返してみると、咄嗟とは言え魔術が成功した事に自分自身で驚いている。
「………………………………じゃ、あとは」
あまりの気まずさに早く場を収めよう考えるが、即座に無理だと判断し、彼は逃走を図る。さりげなくゆっくりと動けば行けるはず。
「……若い者同士で」
かなり驚愕した目でディズを観察しているエレナを最後に一瞥し、ディズはそのまま何事もなかったように振舞い、しれっとその場を後に――――
「待ちなさい。ディズ!」
(できませんでしたぁ!)
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