8 雪を溶く熱――ルートマイナスエックスな彼――

 むすめさらわれ、おっと秋人あきひと組織そしき要求ようきゅうしたがっていえ一週間いっしゅうかん経過けいかした。

 もちろんこのかんわたしなにもしなかったというわけではない。

 まずかんがえたのは、何故なぜこの数年間すうねんかん何事なにごとこらなかったのに、いまになって組織そしきわたしたちの消息しょうそくることができたのか?

 わたしたちは組織そしきからかくれする生活せいかつをしてきたわけではない。名前なまええず、住民じゅうみん登録とうろくもして(というより最初さいしょからされてあった)、このろしてらしてきた。

 本来ほんらい組織そしきちからってすれば、3日みっかからずにめられるだろう。

 それにもかかわらず、組織そしきからの干渉かんしょうがまったくなかったのは、『宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ』こと、天城辰子あまじょう たつこちゃんのチカラによるところがおおきい。

 彼女かのじょ自分じぶんおそってきた人間にんげんをほとんどころすことなく、元々もともとっていた暗殺あんさつスキルや超能力ちょうのうりょく魔法まほうなどをげて、べつ職業しょくぎょうスキルをあたえて、まったくあたらしい生活せいかつ用意よういしてかしてきたのである。

 そのかず、ざっと1000にん以上いじょうわたしたちの組織そしきだけではなく、ほか組織そしき彼女かのじょいのちねらっているのであるから。異世界いせかい転生てんせい女神様めがみさまもびっくりの仕事しごとっぷりだ。

 彼女かのじょがいる以上いじょう組織そしきが『元組織もとそしき人間にんげん』に接触せっしょくするのは不可能ふかのう……なはずだった。

 わたし小説しょうせつ投稿とうこうサイト『カコヨモ』をつうじて交流こうりゅうがあったから、彼女かのじょのページへとアクセスしてみた。

 すると、彼女かのじょ連載れんさいしている小説しょうせつ1ヶ月いっかげつほどまえから更新こうしんされていないことにがついた。800え、総文字数そうもじすうは100万文字まんもじ以上いじょう超大作ちょうたいさくだ。

 わたしはこの小説しょうせつんではいなかったが、彼女かのじょいた超大作ちょうたいさくがどれほどの人気にんきはくしているのか興味きょうみったので、PV閲覧数調しらべてみた。

 わずか2PVピーブイ……★ 800100万文字まんもじ以上いじょう超大作ちょうたいさくだいんだのが、たったのふたり。だい以降いこうんだひとがひとりもいないという……★ 地獄じごくのような光景こうけいだった。

 そんなことをしている場合ばあいではないとおもいつつも、だいんでみた。

 1500文字もじはなしが、『どうやったらこれほどつまらなくけるのか』と感心かんしんしてしまうほどの芸術的げいじゅつてきなつまらなさだった。面白おもしろさの要素ようそがカケラもない。にもかかわらず、小説しょうせつとしてはしっかりと成立せいりつしていて、だいなか起承転結きしょうてんけつはあるし、おそらくはさきへの伏線ふくせんまれ、だいへのきもきちんとある。

 ただ、これでもか、というくらいにつまらないのだ。だいもうというねこひたいほども、いや微塵みじんもミジンコほどもきない。

 わたしは、『そっじ』をした。ちょっとなみだぐんでいた。何故なぜ万能ばんのうの『量子りょうし重力じゅうりょく魔法まほう』を辰子たつこちゃんが、こんな地獄じごくのような状況じょうきょうあまんじているのか?

 いや、彼女かのじょ同情どうじょうしている場合ばあいではない。

 むすめ秋人あきひとのことが心配しんぱいなのだった。

 辰子たつこちゃんの近況きんきょうノートに、連絡れんらくしいむねのコメントをのこしておいた。


 だが、1ヶ月いっかげつ更新こうしんがないとは、どういうことだろう? そして、彼女かのじょ能力のうりょくによってまもられていたわたしたちが、組織そしきぎつけられている……。

 最悪さいあく事態じたいあたまをよぎった。

 天城辰子あまじょう たつこちゃんは、すでころされている。

 そのため、辰子たつこちゃんの庇護下ひごかにあったわたしたちは、無防備むぼうび状態じょうたいさらされてしまった。

 そうかんがえるならば、納得なっとくがいく。

 辰子たつこちゃんも可哀想かわいそうだが、わたし同情どうじょうしている余裕よゆうはない。

 むすめ瑠奈るな秋人あきひとと3にんで、ささやかながらもしあわせな家庭かていきずいていきたかったのだけれど、こうなってしまっては組織そしきからのがれるすべはない。

 辰子たつこちゃん以外いがいに、たよれるものはいない。元組織もとそしき人間にんげん近所きんじょにもんでいるが、その全員ぜんいん暗殺者あんさつしゃとしてのスキルを喪失そうしつしている。

 もっとも、わたし秋人あきひとふくめた近所きんじょ全員ぜんいん暗殺者あんさつしゃスキルをもどせたとしても、組織そしきたたかうにはまったくの力不足ちからぶそくだ。


 結局けっきょくあせるばかりでどうすることもできず、たよりの天城辰子あまじょう たつこちゃんからの返信へんしんもないまま一週間いっしゅうかん経過けいかしたわけだった。

 そのよる、しんしんとゆきなか訪問者ほうもんしゃがやってきた。

 組織そしきものだろうか? 警戒けいかいしても仕方しかたがない。いまわたしなど、組織そしきころにとっては赤子あかごひねるよりも簡単かんたんころしてしまえるはずだ。

 玄関げんかんけて、その人物じんぶつむかれた。

 ――と。

秋人あきひと?」

 疎遠そえんになっていた秋人あきひとが、たずねてきてくれた。

 いや、この表現ひょうげんはおかしいだろうか?

 はなれた期間きかんわず一週間いっしゅうかん。そして秋人あきひと同居どうきょおっとである。

 けれども、わたし体感時間たいかんじかんでは、この一週間いっしゅうかん数ヶ月すうかげつから数年すうねんにも匹敵ひってきし、また組織そしきつかってしまった以上いじょうわたしたちの同居生活どうきょせいかつ事実上じじつじょうわりをげたにひとしい。

 とにかく、いえがってもらった。


原子力げんしりょく潜水艦せんすいかん?」

「ああ、明日あす原子力げんしりょく潜水艦せんすいかん日本にほんのあるみなとるらしいんだ。そこからてきた人間にんげん狙撃そげきして、その原潜げんせんって強奪ごうだつするという計画けいかくだ。おれは、原潜げんせんにはまないが、それでも危険きけんがないわけではない。それに……」

 わたしには秋人あきひといたいことがピンときた。

いま秋人あきひとだと、狙撃そげきしてもかすりもしないから、裏切うらぎ行為こうい看做みなされてころされてしまうかもしれないというわけね」

 秋人あきひと首肯しゅこうする。瑠奈るな人質ひとじちられていては、どうすることもできない。

 いや、本当ほんとう人質ひとじちられていなくても、どうすることもできないのだが。

原子力げんしりょく潜水艦せんすいかん組織そしきわたったら……」

「ああ、爆撃機ばくげききやなんかとは意味いみちがう。かくミサイルを搭載とうさいし、世界中せかいじゅうどこのうみへももぐっていける。国際こくさい社会しゃかいかくミサイルで脅迫きょうはくし、多額たがく金銭きんせん要求ようきゅうするつもりだろう。組織そしきのことだ。せしめてきに、どこかのくにかくミサイルをむくらいのことは平気へいきでやってのけるだろう」

 原子力げんしりょく潜水艦せんすいかん組織そしき技術力ぎじゅつりょくってしても建造けんぞうできなかったとく。その原子力げんしりょく潜水艦せんすいかん強奪ごうだつしてしまえば、国際こくさい社会しゃかいたいして強気つよき要求ようきゅうができる。

 ひろうみのどこにいるかわからない原子力げんしりょく潜水艦せんすいかんさがしだして破壊はかいするなど、不可能ふかのうちかい。

「ところで、瑠奈るな無事ぶじなの?」

 国際こくさい社会しゃかいにはもうわけないが、むすめのことはになってしまう。

「ああ、ここにもどってくるまえにもってきた。精神的せいしんてきにまいっている様子ようすだったが、健康面けんこうめんいのち別状べつじょうはなさそうだ」

 それをいて、えずはほっとする。

 が、事態じたいはまるで改善かいぜんされていない。

「そう、かった。わたしほうでは報告ほうこくすることはほとんどないけれど、天城辰子あまじょう たつこちゃんとの連絡れんらくれなくて……」

天城辰子あまじょう たつこ殺害さつがいされた。タイムトラベラーの暗殺者あんさつしゃ過去かこって、まだよわかった彼女かのじょ仕留しとめたらしい。現在げんざい方向ほうこうからの攻撃こうげきには無敵むてき彼女かのじょも、過去かこさかのぼって攻撃こうげきされては太刀打たちうちできなかったようだ」

 予測よそくはしていたものの、やはりショックだった。彼女かのじょ可哀想かわいそうという気持きもちもすこしはあるが、ショックの大部分だいぶぶん組織そしき対抗たいこうするちからうしなったことがおおきい。

「そう。あの可哀想かわいそうだけれど。わたしたちは、これからどうなるのかしら?」

暗殺者あんさつしゃとして活躍かつやく見込みこめないのであれば、始末しまつされる可能性かのうせいはある。しかし、組織そしき対魔女たいまじょとのたたかいでかなり疲弊ひへいしている印象いんしょうだ。非戦闘員ひせんとういんとして支援しえん任務にんむ従事じゅうじさせられる可能性かのうせいたかそうだ。あと瑠奈るなは、暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかんれられるだろう」

「なんてこと……★」

 わたしおもわずかおおおった。なみだあふれてくる。

 あの地獄じごく環境かんきょうに、むすめれられてしまうなんて……★

「もし、ここに瑠奈るながいたら3にん心中しんじゅうを……」

「いや、それはダメだ! んだらおしまいだ。きていれば希望きぼうはある。おれたちがそうだったじゃないか!」

「でも、もう辰子たつこちゃんは……」

「いや、! 16さいなつうみでおまじないをしただろ? おれたちは、あのうみ再会さいかいむすばれる。そういうおまじないだったはずだ。また、はかなさくらではなく葉桜はざくらとしてつよきてしいともいったはずだ。暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかん卒業式そつぎょうしきのあと、絶望ぜつぼうのどんぞこにいたおれ希望きぼうをくれたのは……、美冬みふゆきみ黒板こくばんいてくれた言葉ことばだった……」

「あれ、てくれてたのね? たしか、『ありがとう、さようなら』だったかしら?」

 れて、記憶きおくとはちがうことをってみるが。

「『わたし秋人あきひとのこと大好だいすきだったよ。はあとまあく』」

 ぐはっ💦 赤面せきめんモノだ。普通ふつうずかねそうながする。

 ――が。

わたしたち、あんな地獄じごくのような環境かんきょうでも、しっかり青春せいしゅんしてたのね?」

「ああっ! 瑠奈るなおれたちのむすめだ。どんな環境かんきょうでもたくましくそだってくれるはずだ。そしておれたちも……」

瑠奈るなには、たくましくなってはもらいたくなかったけれどね?」

 最悪さいあく状況じょうきょうなかにも一筋ひとすじひかりえたがした。

美冬みふゆ……」

秋人あきひと……」

 ふたりはつめい、おたがいをめ、キスをした。

 つぎ、こういうことができるのが、いつになるかわからない。いや、これが最後さいごになる可能性かのうせいたかい。

 不安ふあん心境しんきょうでいる瑠奈るなにはもうわけないけれど、いまだけは秋人あきひとこころゆくまであいいたい。

 ながながいキスのあと、ふたりでバスルームへ。そしてそのあと、ふたりの寝室しんしつへとかう。

 ふたりのあいはばむものはなにもない状態じょうたいで、わたし秋人あきひとあい何度なんどれた❤×7(→とくふか意味いみはない?)

 さずかったならんでやる。

 わたし秋人あきひとどもなら、どんな環境かんきょうだって立派りっぱきていけるはずだ。


 あさ目覚めざめると1回いっかいあいって(秋人あきひとのが元気げんきだったから、つい♡)、シャワーをびて朝食ちょうしょくり、むかえがるのをつ。

 えず、現時点げんじてんでは瑠奈るな危険きけんはなさそうだった。

 組織そしき裏切うらぎものにはきびしいが反面はんめん従順じゅうじゅん指令しれいをこなせるものには、それほど居心地いごこちわるくはなく、秋人あきひと狙撃そげき能力のうりょく期待きたいしているうちは、瑠奈るな危害きがいくわえられる可能性かのうせいひくかった。

 わたしたちが、組織そしき連絡れんらくらなかったのも、魔女まじょ能力のうりょく記憶きおく操作そうさされていたためという認識にんしきがなされているようだ。

 秋人あきひと組織そしき協力きょうりょくするわりに、瑠奈るなわたしもとかえってくるはずになっている。

 ただ、秋人あきひと狙撃そげき失敗しっぱいしたらどうなるのか? 非協力的ひきょうりょくてき裏切うらぎ行為こういということで、ころされてしまうかもしれない。

 けれども、不思議ふしぎとそうはならないようながした。根拠こんきょはない。けれども、それは確信かくしんちかく……。

宇宙うちゅう最強さいきょう伊達だてじゃねえよ……」

 秋人あきひとが、わたしこえるかこえないかくらいのこえで、ぼそっとらした。

 やっぱりそうか。わたしもなんとなく、そんながしていた。

 辰子たつこちゃんとたたかった記憶きおくが、ぼんやりとかすみがかったなか存在そんざいしている。詳細しょうさいはまったくおもせないものの、次元じげんちがつよさをまざまざとせつけられたことだけは、はっきりと感覚かんかくとらえていた。

 きっとこれは、わたしたちのたんなる願望がんぼうではない……としんじたい。


 組織そしきものがやってきた。秋人あきひととともに玄関げんかんへといそぐ。

 瑠奈るな安全あんぜんについては信頼しんらいしていたが、一刻いっこくはやかおたい。めてあげたい。

 ――しかし。


 瑠奈るなれられていなかった。現地げんちへとかうヘリコプターに秋人あきひとむのとえに、瑠奈るなかえしてくれるという。

 これにはしたがほかはない。秋人あきひとは、組織そしきものれられてヘリの待機たいきする現場げんばへとかった。

 秋人あきひとには、いえなかっているようにわれたが、わたしてもってもいられなくなり、こっそりついていくことにした。

 ゆきなかかずはなれずでっていく。

 いまわたしは、尾行びこうして追跡ついせきするスキルなど、まったくの皆無かいむ何度なんど組織そしき人間にんげんがこちらをきかけたが、さいわいにもわたし姿すがた発見はっけんされることはなかった。

 ヘリコプターの待機たいき場所ばしょへといたようだ。雪原上せつげんじょうまったヘリからひとりてくる。組織そしきものれられた瑠奈るな姿すがたえた。

瑠奈るなっ!」

 おもわずわたしこえげてしまった。

 秋人あきひと一緒いっしょあるいていた組織そしきおとこが、きざまにじゅうしてわたしねら……何事なにごともなく、ヘリにかってあるいていく。

 一体いったいいまなにきたのか?

 つかりそうになってあわててかくしたが、実際じっさいにはつかっていたはずである。なのに何故なぜってこなかったのか?

「おいおい、けてくれよ? こんなことで裏切うらぎものあつかいはごめんだぜ」

 すぐとなりでこえたこえぬしは、えっ、秋人あきひと

 そちらをると、秋人あきひとがウインクをして、すぐにえた。

 えっ? なになに? いまなにこったの?

 前方ぜんぽうると、すで秋人あきひと瑠奈るなっている様子ようすえた。

 なにこったのかは不明ふめいだが、ひとつ確信かくしんしたことがある。

 以前いぜん秋人あきひと瞬間しゅんかん移動いどう魔法まほう得意とくいとしていたが、いまのはそれとはまったくことなる異質いしつのチカラだった。次元じげんちがうというか……。

 そう。秋人あきひとは、あの天城辰子あまじょう たつこちゃんとおな量子りょうし重力じゅうりょく魔法まほう使つかったのだ!

 そして、わたしなかにも、おなじチカラの萌芽ほうがかんじる。

 段々だんだんとわかってきた。

 秋人あきひと能力のうりょくは、時空じくう――とく虚数きょすう時間じかん――をあやつ能力のうりょく

 そして、わたし能力のうりょくは――。

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