5 雪を溶く熱――グラビティ・ファイア・ブリザード――美冬サイド1

1 再会さいかい


 ノックのおとがした。

 いや、ノックのおとがしたようながする。

 いや、ノックのおとがしたようながするけれど、のせいかもしれない。

 いや、むしろのせいであってしい。

……などとかんがえていたら、まぎれもなく間違まちがいなくしっかりちゃっかり、ノックのおとがした。

 ためいきをつきつつ、玄関げんかんへとかう。

 また、緊急きんきゅう支援任務しえんにんむだろうか?

 先月せんげつもそんなことがあったばかりだ。

 まあ、仕方しかたがないか。組織そしきさからっていことなどひとつもない。

 それにしても今日きょうも、またさむい。

 そとはしんしんとゆきっていた。

 ここに人間にんげんだってさむおもいをするだろうに。

 なんてことをかんがえつつ、左手ひだりてかぎはずしてドアノブにをかける。

 右手みぎてには22口径こうけいのピストルがにぎられている。

 警戒けいかいおこたると、すぐに危険きけんってしまう。

 実際じっさいわたしは2年前ねんまえに、玄関げんかんけたら銃撃戦じゅうげきせん遭遇そうぐうしている。

 そのときはさいわい、わたし非戦闘員ひせんとういんだともくされていたようでかえちにしてことなきをたが、つぎもそうとはかぎらない。

 わたしそと人間にんげんかって言葉ことばけた。

 身内みうちかどうかは返答へんとうしだいでわかるはずである。

美冬みふゆおれだ。秋人あきひとだ。日本にほん一緒いっしょだった……」

 予想よそうななうえ返答へんとうかえってきた。

 のぞまどからると、たしかに秋人あきひと間違まちがいはなさそうだ。

 いますぐにでもドアをけたいとおもったが、てきのスパイとなっている可能性かのうせいてきれない。

 秋人あきひとこえけてすこってもらい、そのかん特殊とくしゅ通信つうしん機器ききで、組織そしき情報じょうほうにアクセスした。

 その結果けっか秋人あきひと組織そしき裏切うらぎったという情報じょうほうはなく、またこのくに滞在中たいざいちゅうということも確認かくにんできた。

 即座そくざ玄関げんかんび、ドアをひらいた。やや不用心ぶようじんだが、秋人あきひとにだったらころされたってかまうものか。

秋人あきひとじゃない? どうしたのよ、こんなきゅうに。もう4年振ねんぶりになるかしら?」

 秋人あきひとうのは、組織そしき暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかん卒業そつぎょう以来いらいだった。

じつおれもと赤紙あかがみたんだよ」

 しかし、なつかしさにひたもなく不穏ふおんながれに。

赤紙あかがみ? まあ、ここじゃさむいでしょ? なかはいって。コーヒーでいかしら?」

 秋人あきひとまねれると、キッチンへとかう。

 赤紙あかがみたしか、日本にほん第二次だいにじ世界せかい大戦たいせんのときの召集しょうしゅう令状れいじょうのことを、そうんだんじゃなかったかしら?

 もし、そうだとすれば、あまりいたとえではなさそうだ。

 とはいっても、秋人あきひとのスナイパーという任務にんむつね危険きけんとなわせのはずだ。

 一体いったいどういうことなのか?

「おたせ」

 コーヒーカップをテーブルにきつつ、対面たいめんすわる。

赤紙あかがみって、たし召集しょうしゅう令状れいじょうのことでしょ? どういうことなの?」

つぎ狙撃そげきのターゲットが、『宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ』にまったんだ」

 苦笑にがわらいとともに冗談じょうだんめかしていう秋人あきひとだが、内容ないよう衝撃的しょうげきてきだった。


 『宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ

 かつて別組織べつそしきした異世界いせかい強力きょうりょく魔神まじん単身たんしんでサクッとやっつけてしまったという伝説でんせつ魔女まじょ

 わたしたちの組織そしきも、その魔女まじょ殺害さつがいするために100にん以上いじょうころ超能力者ちょうのうりょくしゃ魔法使まほうつかいなどをおくんできたが、きてもどってきたものはひとりもいないという。

 あるころは、その魔女まじょ殺害さつがい指令しれいけた途端とたんまえ上司じょうし殺害さつがいしてげたという。

 つまり、その魔女まじょたたかうくらいなら、まだ組織そしき相手あいてにするほうみやすしとみたわけだ。

 それほどの、規格外きかくがい相手あいて秋人あきひとが?


 ――組織そしきけてふたりでげましょう!――


 そんな文言もんごん喉元のどもとまでかかった。このいえなかで、それをくちにすれば、裏切うらぎものとして処刑しょけいされるだけだ。

 ひとりでらしていても、依然いぜんとして組織そしき監視下かんしかにある。しょせんは、カゴのなかとりにすぎない。

 さき上司じょうしころしてげたころも、一週間いっしゅうかんたずに暗殺あんさつされている。

 10万人まんにん以上いじょういる組織そしきあみをかいくぐってげるなどどうかんがえても不可能ふかのうだ。

 かといって、その組織そしきがまったくたない『宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ』を秋人あきひとたおせるはずがない。

 秋人あきひと死刑しけい宣告せんこくされたも同然どうぜんなわけである。

 秋人あきひとは、みずからの任務にんむについて淡々たんたんかたっている。

 けれどもその内容ないようは、わたしあたまにはほとんどはいってこなかった。

 秋人あきひと明日あしたとおいところにってしまう。

 わたしもそこにいていって、秋人あきひと一緒いっしょねたらどんなにいだろう。

 でも、そんなことはできっこない。わたしには組織そしきおそろろしさがほねずいまでみついている。

 結局けっきょく秋人あきひとかえるまでにわたしにできたことは、白々しらじらしく空虚くうきょ応援おうえん言葉ことばけることと、明日あした秋人あきひと死地しちへと旅立たびだ飛行機ひこうき情報じょうほうきだしただけだった。


 翌朝よくあさ秋人あきひと見送みおくりに空港くうこうへとおもむいた。

 しかし、秋人あきひと直接ちょくせつかおわせることはせず、ただ見守みまもるだけに終始しゅうしした。

 あいするひと100%死ひゃくパーセントしぬとわかっていて、相手あいて士気しきげずに言葉ことばけるなど、わたしにはけっしてできないからだ。

 このとき、わたしながしたなみだがどれほどのゆきかしたのだろう?

 すべてのゆきかすには、わたし熱量ねつりょうではちいぎた。

 一方いっぽう秋人あきひと対峙たいじするのは、重力じゅうりょく崩壊級ほうかいきゅう火力かりょくつという宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ

 天体てんたい現象級げんしょうクラス火力かりょくなど、もはや理解りかい範疇はんちゅうえている。

 ――宇宙うちゅう最強さいきょう魔女まじょ組織そしきほろぼしてくれたらいのに――

 わたしけっしてねがってはならないことを、ねがってしまった。

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