4 明日の黒板

 そのわたし憂鬱ゆううつだった。

 組織そしき暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかん卒業式そつぎょうしき

 わたし秋人あきひと他数名ほかすうめい無事ぶじ卒業そつぎょうむかえたのである。

 れて、組織そしきころ仲間入なかまいり。

 いや、これはけっしてめでたいことではないのだけれども、わたしすで覚悟かくごめていた。

 この運命うんめいれる。そして、秋人あきひとのためになにがあってもきのびると。

 組織そしきころになれば、そこそこの自由じゆうられる。

 もちろん、きびしい制約せいやく当然とうぜんあるのであるが、訓練生くんれんせい当時とうじくらべると格段かくだん自由度じゆうどえるのだ。

 なんとなれば、組織そしきさからわず、任務にんむをこなしていれば、うるさいことはわれないらしい。

 それこそ、秋人あきひと一緒いっしょらすことすら不可能ふかのうではないのだ。

 それにもかかわらず、わたし憂鬱ゆううつであった。

美冬みふゆーっ!」

 秋人あきひとわたしほうへとってきた。

 ちくり。むねいたむ。このあとのことをおもうと、はしってげたくなる。いつかのうみのように。

 けれども、それで事態じたい好転こうてんするわけではない。むしろ、貴重きちょう時間じかんいたずら浪費ろうひする羽目はめになってしまう。

 そう。わたしたちにはもう時間じかんがないのだ。


 秋人あきひとかれて、射撃しゃげき訓練場くんれんじょううらへとれていかれる。

 秋人あきひとなにいだすかは、おおよその見当けんとうがつく。

 目的もくてき場所ばしょ到着とうちゃくし、ふたりしてう。

 緊張きんちょうした面持おももちの秋人あきひとかれ勇気ゆうきしぼって、わたしをここまでれてきたのであろう。

 そうおもうと、またもや憂鬱ゆううつになる。けれどもくら表情ひょうじょうを、かれこころに、脳裏のうりけたくない。せいいっぱいの笑顔えがおつくるべく努力どりょくしてみる。

はなしってなに?」

 つとめてあかるくたずねてみる。本当ほんとう秋人あきひとなにいだすか、わかっているくせに白々しらじらしいと自分じぶんおもってしまう。

美冬みふゆ! おれ美冬みふゆきだ! あいしてる。このはるからおれ一緒いっしょらしてしい!」

「そんなの無理むりよ! 外国がいこく日本にほんでは距離きょり遠過とおすぎる」

「いや、そんなことはない。たしかにおれはスナイパーで海外かいがいまわることになるだろう。だが、おれ本拠地ほんきょち日本にほんだ。任務にんむ合間あいまには日本にほんかえってくる。だから……」

「だからよっ! わたし海外かいがいることになったの。そこに欠員けついんてその補充ほじゅうなんだって! おそらくそこからわたしほかくにくことはない。もちろん日本にほんにも。あなたはスナイパーだから、様々さまざまくにくでしょうし、わたしくにることもあるでしょう。けれども、あなたは自分じぶん意思いしわたしくにることはできない。けっして! それくらいわかるでしょう?」

「そ、そんな……」

 秋人あきひとかおゆがめ、そのにくずおれる。

 そう、秋人あきひとはスナイパーであるがゆえに、自由じゆう国家間こっかかん移動いどうができないのだ。

 秋人あきひと比較的ひかくてき自由じゆうできるのは日本にほんだけなのだ。

 あとは任務にんむわたし場所ばしょちかければ、るくらいのことはできるかもしれない。

 けれども、それだけだ。それは、せいぜい数年すうねん一度いちど下手へたすればもはや一生いっしょううことがないかもしれない。

「じゃあ、せめて美冬みふゆ日本にほんつまでのあいだだけでも……」

明日あしたなの! 明日あした日本にほんつわ。こうの欠員けついん数ヶ月前すうかげつまえからていて、一刻いっこくはや人手ひとでしいらしいのよ。だから……。ごめんなさい……」

 わたし見上みあげた秋人あきひとは、愕然がくぜんとしていた。

 秋人あきひと気持きもちはわたしにもよくわかった。

 組織そしき暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかんという地獄じごくのような環境かんきょう訓練生くんれんせい仲間なかま処刑しょけいされる様子ようす何度なんどこのたことか。

 そんななかで、秋人あきひとはたったひとつのわたし希望きぼうひかりだった。

 あのうみでのよる以降いこう秋人あきひとのことをおもわなかったは1にちたりともない。

 きっと秋人あきひとおなじような気持きもちなのだろう。

 けれども、組織そしきにはさからえない。そんなことをすればどうなるか、わたしたちはよくっている。さからえばあるのみだ。

 その例外れいがいわたしらない。


「ありがとう、秋人あきひと。あなたの気持きもちはうれしかったわ。でもこれは、どうにもならないの。あなたはわたしひかりだった。本当ほんとうにありがとう。あなたのことは一生いっしょうわすれない。さようなら」

 放心ほうしん状態じょうたい秋人あきひとに、わたし言葉ことばとどいたかどうか。

 けれども、ここにずっといるわけにもいかないし、いたたまれない。

 わたしはそっと、そのった。


 そのわたし暗殺者あんさつしゃ養成ようせい機関きかん座学ざがく教室きょうしつへとってみた。

 なんだかんだいっても、秋人あきひととのおもまった場所ばしょである。

 おそらくここにはもう、一生いっしょうることはない。

 最後さいごよるに、おもれようとおもったのだ。

 そこでわたしたのは、黒板こくばんをめいっぱいおおきく使つかった、たった五文字ごもじ言葉ことば


 ――美冬好きだ――


 しろのチョークを何本なんぼん使つかったのかというぐらいおおきな文字もじ莫迦ばかだとおもった。

 なのに何故なぜだろう。なみだあふれてまらないのは。

 秋人あきひといたくて、いたくて、たまらない。

 何故なぜ最後さいご時間とき一緒いっしょごさなかったんだろう。やんでもやみきれない。

 教室きょうしつまえに、わたしからもメッセージをのこしておいた。

 赤色あかいろのチョーク。

 文字もじサイズは普通ふつうだったけれど、気持きもちのつよさでは絶対ぜったいけていないはずだった。


 ――私も秋人のこと

     大好きだったよ❤――


  翌日よくじつわたし飛行機ひこうきった。

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