3 葉桜の君に

 つぎ秋人あきひととがっつりからむことになったのは、翌年よくとしはるのことだった。

 前年ぜんねんうみでは秋人あきひとおよぎをおしえたのはわたしであったが、このはる秋人あきひとわたしの――正確せいかくには、ほか訓練生くんれんせいもいたのでわたしたちの、だが――狙撃そげき教官きょうかんとなったのだ。

 秋人あきひと狙撃そげきうで卓越たくえつしていた。組織そしき正規せいき指導者しどうしゃたちに、『組織そしき暗殺者あんさつしゃなかにも、これほどの技量ぎりょうつものはいない』とわしめるほど。

 『4000メートルさきのゴルフボールをく』というのは、神業かみわざ以外いがい何物なにものでもない。

 これは狙撃そげきうでだけではなく、彼自身かれじしんつ『固有魔法こゆうまほう』のチカラも加味かみしてのことだろう。

 ただこのあたりについては割愛かつあいする。

 わたし狙撃そげきうではというと、『1000メートルさき人間大にんげんだいまとたらない』というレベル。いや、800メートルさきまとにだってたるかどうかあやしいものだ。

 わたしは、狙撃手スナイパーにはいていないし、目指めざしているわけでもない。

 けれども、暗殺者あんさつしゃとして活動かつどうするにさいして、たか狙撃そげき能力のうりょく任務にんむ達成たっせい確率かくりつげ、任務にんむ失敗しっぱいかえちに危険きけん減少げんしょうさせる。

 暗殺あんさつのターゲットのなかにもたか戦闘せんとう能力のうりょくものや、強力きょうりょく呪文じゅもんあやつ魔法まほう少女しょうじょなどもいるわけだから。

 近付ちかづくのは、それだけ危険きけんえるのである。


 昨夏さくなつおとこおんな関係かんけいになったわたし秋人あきひとであるが、組織内そしきないにおいてはたんなる顔見知かおみしりでしかない。

 秋人あきひとわたしたいする指導しどうは、ほかものたいするのとなんらわるものでもなく。


 そのわたしさくらていた。

 組織そしき敷地内しきちないには、公園こうえんとはいえないまでも、さくらやベンチなどがそなえられている場所ばしょがあった。

 とはいえ、わたしたちが所属しょぞくするのは、組織そしき暗殺者あんさつしゃ養成機関ようせいきかんである。

 訓練くんれん過酷かこくきびしく、時間じかんがあれば部屋へやでボロ雑巾ぞうきんのようにていたいとおもうような人間にんげんばかりである。

 さくらでて季節きせつたのしむという人間にんげんはほぼ皆無かいむであった。

 私自身わたしじしん例外れいがいではなかったのだが、わたしにはなやみがあった。部屋へやじこもってかんがえていると滅入めいりそうで、気分転換きぶんてんかんていたのであった。

 なにかをかんがえるでもなく、ぼんやりとさくらながめていると。

「よう! 美冬みふゆじゃないか?」

 けられたこえかえると、秋人あきひと姿すがたがあった。なにやら両手りょうてに、パンやらものやらが大量たいりょうはいったふくろげている。

「どうしたの? これ」

「いや、今俺いまおれ教官きょうかん待遇たいぐうだろ? なんかパンもらったんだけれど、全部ぜんぶべられるほどわんぱくじゃないしな。べる?」

 そうたずねながら、ベンチに腰掛こしかける秋人あきひと

「じゃあ、お言葉ことばあまえて♡」

 パンやものはいったふくろはさんでベンチに腰掛こしかける。

 ふくろなか物色ぶっしょくし、サンドイッチをしていると。

「おっ、なんかはないてるな。これが向日葵ひまわりか🌻」

「いや、ちがうよ? さくらだからね🌸」

「ほう。これがさくら美冬みふゆ物知ものしりだな♪」

 これが冗談じょうだんなのか本気ほんきなのかはなんともえない。武器ぶきあつかいなどにかんしては、幅広はばひろ知識ちしき組織そしき訓練生くんれんせいたちだが、はなについてどれほどっているかは微妙びみょうである。

 毒草どくそう知識ちしき、たとえばトリカブトやらキンポウゲやらスズランやらについてであれば、ひと目見めみただけでそれとわかるであろうが、さくらのような無毒むどく植物しょくぶつについては、ほとんどのもの関心かんしんたないであろう。


 ふたりして黙々もくもくとパンをべ、ふたりしてぼうっとさくらながめる。

 かぜき、はな地面じめんへとりる。うつくしいはなはすぐにってしまい、わりをむかえる。

 わたしたちも、ころとしてデビューしてもすぐに、いのちとしてしまうであろう。

 ――ひところすということは、ひところされるということだから――


 日常にちじょうにない状況じょうきょうだからか、それとも秋人あきひと相手あいてということで油断ゆだんがあったのか、つい、その言葉ことばくちをついててしまった。

わたしたち、きてていのかな?」

 ひところすことをさだめられ、またすぐにえていくさくらのようにはかな存在そんざい

「そ、それは……」

 突然とつぜん質問しつもん戸惑とまどったような秋人あきひと。それはそうだ。きっと、ここにいるみなおなじようなことでなやんでいる、あるいはなやんだことがあるはずだ。

 けっして、くちにして言葉ことばではなかった。

「ごめんなさい」

 わたしはいたたまれなくなって、そのはしった。


 一週間後いっしゅうかんご狙撃そげき訓練くんれん合間あいまに、秋人あきひとからそっとみみうちされた。

「ひとろくまるまる。れい場所ばしょってる」

 『ひとろくまるまる』は『ひとろくまるまる』で、16:00じゅうろくじのこと。れい場所ばしょとは?

 わたし秋人あきひとあいだで『れい場所ばしょ』に相当そうとうするところはおもうかかばなかった。昨夏さくなつうみこうとすれば、処刑しょけいモノだ。

 なので、組織内そしきないのどこかのはずである。とするならば……。


 一週間前いっしゅうかんまえおなじ、さくらまえのベンチに腰掛こしかけてっていた。

 きっとここしかないはずだ。確信かくしんっていたが、それでも秋人あきひと姿すがたあらわれるまでは不安ふあんだった。

 さくらはなはずいぶんとってしまって、目立めだつようになっていた。

 16になる5分前ふんまえ秋人あきひとがやってきた。

 先週せんしゅう同様どうようわたしとなりに腰掛こしかける。

 秋人あきひとは、正面しょうめんさくら見上みあげながらはなはじめた。

おれたちの存在そんざいは、きっと社会的しゃかいてき意味いみではゆるされないのだろう。それは『無価値むかち』にちがいない」

わたしたちには、『存在そんざい価値かち』がないってこと?」

「いや、ちがう。ここでいう『無価値むかち』は法律ほうりつ用語ようごでいう『無価値むかち』、すなわち『マイナスの価値かち』があるということだ。ただマイナスの価値かちだって、それには存在そんざい意義いぎがあるはずだ。それに……」

 そこまでって、秋人あきひとくちつぐんだ。

「それに?」

 わたしさきうながす。

「マイナスとマイナスをければプラスになるだろ? おれはマイナスで、美冬みふゆもマイナスの存在そんざいだ。けれども、ふたりわせれば……。おれ美冬みふゆ出逢であえてかったとおもっている。世界せかいおれたちを存在そんざいあつかうとしても、おれにとって美冬みふゆは、なによりも価値かちたか至高しこう存在そんざいだっ! ……って、なにってるんだ、おれは」

「ううん。ありがと♡」

さくらはな、はなってわりじゃないんだ。て1ねんえる。そしてまたはなかすんだ。美冬みふゆきみさくらじゃなく葉桜はざくらになれ! けっしてなず、きのびるんだ。そうすれば、いつかはなくこと――おれたちがふたためぐうこと――もあるだろう。おれの……、おれだけの天使てんしに、女神めがみになってくれ!」

 秋人あきひとに、ここまでおもわれていたなんて。

 わたしなみだあふれてまらなかった。

 わたしは――ころ予備軍よびぐんとしてのわたしは――、存在そんざいしてはいけないのかもしれない。

 それでも秋人あきひとのために、あいするひとのためだけにきたい、なにがあってもきのびたい、とおもった。決心けっしんした。

 なにがなんでもきのびる。もうなやまない。

 すべては秋人このひとのためだけに。

 たとえ二度にどむすばれることはなかったとしても。

 ふたりはがり、きつくきつくたがいをめ、ほんの刹那せつなのキスをした。

 しかし、それ以上いじょうのことは禁物きんもつだ。

 ふたりはほどけてはなれ、つめったのちに、秋人あきひとあゆった。

 ふと見上みあげた葉桜はざくらは、希望きぼう象徴しょうちょうするかのようにかがやいてえた。

 ――世界せかいかたひとつでかたわる――

 そんなことをおもい、おもった。

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