第27話 わがまま

また何か不思議な提案を受けるのかと構えていたが、

受験生らしい質問に内心ほっとしていた。


「受験について勉強始める。」

「どっか行きたい高校あるの?」

「特にない。お金のかからない公立でいい。」

「公立でもいろいろあるんだよ。」

「そうなの?じゃあ家から遠すぎないとこ。」

「そうじゃなくて、英語とかの学科や部活に力入れてるとか、

学校によって違うんだよ。」

「それはなんとなくわかる。でも特にやりたいこともない。」

「勉強よりまずそこを決めたら?私立でも大学の付属高校なら内部進学もあるよ。あとはその卒業生の進路先とか。」

「詳しいね。」

「いや、そっちが疎いんだよ。」高森はあきれ顔で言った。


「じゃあもう学校決めてるの?」

「まぁね。」

「どこいくの?」

「それは内緒。」

「聞いといて内緒って。」

「まだ絞り切れてないの。でもある程度決まってる。」

「そうか。もう将来のこと考えてるなんて、なんかすごいな。僕にはまだ見えないよ。」

「私も見えてないよ。ただイメージしてるだけ。」

「イメージ?」

「小さい頃のケーキ屋さんになりたいとか、花屋さんになりたいとか。そんな感じ。」

「そんなんでいいの?」

「正解か間違ってるかなんてわからないよ。でもまずイメージしないと何もできないよ。そこから何かを見たり聞いたり、いろんな場所に行きたいって思えるの。」

「そうなの?」

「大人になって何か仕事をしてるとして、周囲の流れに任せて決めることもあるかもしれない。仕事を決めるときに偶然出会ったことをするのもいいと思う。

でもまだ何かを選べる立場なら選びたい。つまりただの私のわがままだよ。」

「それはわがままって言わないと思うよ。」

「ううん。背中を押してくれる人もいれば、心配になってもう一度考え直せっていう人もいる。どちらも私を思ってくれているんだけど、最後は私のわがままで決めるしかないのよ。」

「…そっか。」


僕の返事のあと、一瞬の沈黙が流れると高森は言った。

「受験のために勉強するの?」

「考えてみるよ。」


今、僕と高森の間には未来への可能性に対する捉え方に大きさ差がある。

その事実は自分の将来の可能性を自ら大事にするのか、それとも捨て去っていくのかを考えろと僕に突きつけてきた。


そのあとも進路の話が続いたが、夕食までの時間も迫ってきたところで店を出た。

「やっぱり、君も完璧じゃないんだね。」

高森はたまによくわからないことを言う。

「なにそれ?」

「ううん。なんか人間らしいなと思って。」

「僕は人間だよ。」僕は真面目に答えた。

「言っとくけど生物的な話じゃないよ。ちゃんと悩みごともあるんだなって。」

「悩みというより、逃げてるだけかもね。」

「それも十分人間らしいよ。」


外の空気にはまだまだ熱気が残り、夏の夕暮れに包まれた空は明るかった。


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