第22話 前半


試合が始まると、試合前のゴタゴタがなかったかのように、

皆は普段通りのプレーをしていた。


今回の対戦相手は、春の大会の相手校と比べると実力は劣っているようだった。

試合開始からこちらがボールを持つ時間も長く、コーナーキックも前半だけで4本を獲得していた。時折カウンター気味に相手の攻撃を受ける場面もあったが、センターバックとゴールキーパーを軸に落ち着いてしっかり守り、特に危ないシーンもなかった。


そんな押し気味のムードの中、ついに得点が動いた。

それは前半終了間際だった。相手の疲れや気の緩みからか、こちらがボールを持っていても、中盤のプレッシャーが来ない。さらにマークも甘くなっていた。

その時、山口が相手のディフェンスラインの裏に飛び出た。それと同時にボールもピッタリのタイミングで供給された。相手ディフェンダーはオフサイドを主張し、横断歩道を渡る様に、手をあげながら歩いていたが、オフサイドの判定はなく笛はならない。

完全に向け出した山口は相手ゴールキーパーと1対1だ。

決して上手とは言えないトラップだったが、

山口は冷静にボールをコントロールをしてゴールキーパーのいない右隅にボールを流し込んだ。

山口のシュートで先制点が決まった。


このゴールでフィールドの部員や味方のベンチがホッとした空気になった。

「いける!」「ナイス!」など山口や部員たちは自らを鼓舞した。

相手チームの選手は審判の判定に抗議していた。

確かに判定はギリギリのところだった。

中学生の試合にVARはないため、さすがにこのゴールは覆らないだろう。


そしてそのまま前半は終了した。

フィールドからベンチに戻った部員の表情は格段に明るくなっていた。

「よし!このままいけるぞ!」と監督も興奮していた。

試合前のムードはすでに過去のものになったようで、

監督からは「相手の長身のフォワードに気をつけろ」

「まだ相手のセットプレーがないから注意しろ」など守備に対する指示が中心だった。山口は「勝っていてもビビらず点を取れるところは取ろう」と円陣の中で鼓舞していた。


一点が入ったことで、興奮しているのか、それとも安心しているのか。

それぞれの考え方が交錯する中、ハーフタイムの終了を告げる主審の笛が吹かれた。両チームの選手がピッチに戻る中、山口が声をかけてきた。

「おいあそこ。」山口が指さした方を見ると学校の制服姿の女子達の姿、

そして10m程奥に僕の家族の姿がそこにあった。

存在を確認した後、特に何もせずそのまま試合のポジションに戻った。


そして後半開始のホイッスルが吹かれた。






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