第12話 乾杯


「それは単純に面白そうと思ったから。」

「好きな人に告白して付き合えばいいじゃないか。」

「単純に好きな人がいないの。というか、そもそも好きっていうのがあんまりわからないのよ。」

「なんだそれっ。」

「逆に聞くけど、わかるの?」

「……いや。ごめん。わからない。」

「でしょ!?だから今日呼んだのよ。」

「う~ん。」

「なにが不満?」

「いや、正直面白そうだと思う。」

「でしょ!?」

「でもなんか罪悪感があるんだよ。」

「誰に迷惑をかけるの?」

「う~ん。遊びだと思えばどうってことないけど、なんか周囲を騙してるみたいで。」

「それは否定しないわ。でも誰にだって誰にも言えないことや、友達や家族同士での秘密はあるでしょ。私はその中の一つだと思うの。」

「それをあえて抱えるメリットって何?」

「だから面白そうってだけ。」

「…なんで相手に僕を誘ったんだ。」

「私はこの話は決定事項として話してるけど、あなたがこの話を蹴って、

私からおかしな話を持ち掛けられたって学校で話す可能性も考えたわ」

「確かに。」

「でもそれはあなたの立場ではたぶん起こらない。起こさない。」

「……」

「だからその可能性はない。」

「なんで卒業式までなんだ?」

「週単位、月単位での期限も考えたけど、結果として別れたっていう事実はお互いの学校生活に影響が出るはずでしょ。でもその影響は卒業まで付き合い続けることで最小限に抑えられる。卒業してから別れたって結果を聞いても、深追いする友人も限られるし、何とかできるでしょ。」

「そこはやっつけなのか。」

「そっちは今のところその可能性はゼロに近いでしょ。さっきの話と一緒よ。」

「……」


矢継ぎ早に質問を重ねた結果、自分の学校でのポジションを、

現実として突き付けられていた。


「とにかく、これは決定事項なので。」

「じゃあもうすでに、お決まりの告白とかは無しで、

世間体としては付き合ってるってことなのか。」

「そんな曖昧でドライなスタートなわけないでしょ。」

「じゃあいつからスタート?」

「この後、乾杯してからよ」

「乾杯?」

「私はホットコーヒー、あなたはホットカフェオレ頼んだでしょ。」

「あぁ。そういうこと。」


程なくして、テーブルにはチーズケーキとホットコーヒー、

ホットサンドとホットカフェオレが運ばれてきた。

いつの間にかドリンクは食事と一緒に提供されることになっており、

これで乾杯の準備は整った。


「それじゃあ、乾杯。」

「……」

「どうしたの?ここは節目だからしっかりしてよね。」

「決定事項なのに?」

「……」

「野暮なこと言ってごめん。」

「よろしい。じゃあ。。」


乾杯。


乾杯は厳かに行われた。

お互いのカップをソーサーから数cm程持ち上げただけで、

ほんの数秒だったから厳かとは言えないかもしれない。

世の中に溢れる告白ほどの緊張感はなかったのかもしれない。

でも確かにあの乾杯には緊張感があった。


カフェオレを一口飲み終えると、カップをソーサーに戻し、

テーブルに視線を落とした。

目の前に配膳されたホットサンドは格子状の焦げ目がついており、

具材はハム、チーズ、トマト、レタスと色鮮やかで食欲をそそる見た目と香りで、テレビで見た通りのホットサンドだった。

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