第10話 面談


まだ面談までは30分近くあり、図書室を出て、

そのまま教室に向かうには早い時間だった。

かといって今の学校内には行き場所もなく、トイレに足が向いていた。


洗面台の鏡に映った自分の顔は平然としていたが、

髪の毛には寝ぐせができており、内心も図書室での驚きがまだ治まっておらず、

頭が混乱していた。


メモの内容は理解できた。

ただその意図が全く読めなかった。

一般的に女の子と出かけることは、ポジティブに考えればデートだろう。

ただし、待ち合わせ場所に、相手が一人で来るとも限らない。

でも僕は誰かに同行を願うことは気もちが乗らなかった。

良くも悪くも何事も一人で片づけたい。

誰かに誤解されたり、干渉されることのほうが僕には面倒だった。


このままスッぽかすこともできなくはない。

でもそれは人として良くない気もする。

断りのメッセージを送ることも考えたが、それすら面倒だ。

そんな堂々巡りを繰り返していると、あっという間に15分が過ぎた。

面談前にこんな顔ではいけないと思い、一度顔を洗って気持ちを切り替えようとした。

寝ぐせはなんとかなったが、鏡にはトイレに来た時と変わらない顔があった。


トイレを後にして教室に向かうとそこには母の姿があった。

母は教室から廊下に出された椅子に腰かけていたが、

隣の小学生時代からの同級生の母親と談笑していた。

軽く会釈を済まし、並んだ椅子の3席分離れた椅子に腰を下ろした。

会話の端々から受験や進路、両家の兄姉時代のことを話していることが聞き取れた。

椅子に5分ほど身を預けていると、教室から田中と田中の母親と思しき女性が出てきた。その女性は廊下で談笑していた女性2人に比べると、5歳から10歳前後若く見えた。

田中の家族を目の前にして、学校だけでは知ることなどできない、田中の家での立ち居振る舞いも学校と同じなのだろうかと、素朴な疑問がふと頭によぎった。


田中と目が合ったため、軽く会釈をした。すると田中は言葉は持たず、僕よりも丁寧に、そして微笑みを持って会釈を返してきた。

田中の母親もお辞儀をして2人は教室から遠ざかっていった。

すると教室から担任の中山がやってきた。

「本日はお越しいただきありがとうございます。少し早いですが、よろしければ始めましょうか。」母はそれに応じ、それまで談笑していた女性に会釈をして、教室に入っていった。

僕はそれをなぞる様に、椅子から立ち上がり会釈をして教室に入った。


面談は社交辞令や挨拶に始まり、学校やクラスの話が中心だった。

進路については面談の中では2割くらいしか話題にならなかった。

優等生でも問題児でもない今の僕の内申点や成績だと、

地元で有名な進学校だとまだ頑張りが必要だが、世間一般の高校には入れるらしい。

それは安心感を与えるために話しているのか、情報や経験値から話しているのかと二人の様子を見ていたが、おそらく後者のようだった。

時折、学校生活について発言を求められることもあったが、

終始当たり障りのない会話が繰り広げられ、あっという間に面談は終了した。


担任と母親が挨拶を交わし、教室を出ると、ちょうど下校を告げるチャイムがなった。学校から出るまで誰にも会わず、一人ほっとしていると、

突然「あなたはどうしたいの?」と母が聞いてきた。

「えっ?」

「あなたは将来何がしたいの?」

「ん~。わからない。一般的な生活を送れる人。」

「まぁ生活に困らないってことならそれもいいけど。

まずはあなたが決めなさい。周りがどうこう言うのはそれからだから。」

「今何を決めるのかがわからないよ。でもまぁ考えておくよ。」


僕は【進路希望用紙】を白紙のまま提出した。

厳密には「考え中です」と書いた。だから面談でも具体的な話にはならなかった。

担任や母は不安というよりも、まず僕に決めてほしいのだ。

学校名や将来の夢という具体的なゴールや目的があれば、それを逆算してアドバイスやサポートしてくれるという気持ちは面談中も感じていた。

でも僕にはそれがないのだ。適当に有名な進学校でも書くこともできたが、僕も周囲も誰も望んでいない。


進路も土曜日をどうしようかと考えながら、

5mばかり母の前を歩きながら家に帰った。





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