第7話 図書室



春のポカポカ陽気はあっという間に過ぎ去り、

5月に入ると日差しも強くなってきた。昼過ぎにはエアコンがないと、

じわじわ汗ばむような気温と湿度が教室を襲っていた。


生徒のシャツも長袖から半そでに切り替わっていったが、

学校はまだ基準温度に達していないと、エアコンをつけてくれなかった。

その分、シャツがズボンから出ていることや、スカートの丈が短いなど、

生徒の身だしなみへの指導が多くなった。昨今の熱中症対策の世論の厳しい目を考えれば、おそらく6月になれば、エアコンを入れてくれるだろう。

だが、それまでこの暑さをどう過ごすかが、生徒たちにとって重大な問題になっていた。


そんな中で三者面談は始まった。

面談はもちろん、この時期に雨が重なるともっと憂鬱になる。

三者面談が行われる期間は、授業がお昼で終わりなので、

その分放課後が長くなる。つまり部活動に長い時間が確保できる。


はずなのだが、雨になると決まって部活は休みになった。

無理に雨の中でサッカーをしようものなら、

風邪をひくだろうという、簡単な考えからだった。

他の部員たちも、室内での筋トレやランニングなど、

キツイ基礎メニューになるくらいなら、帰って遊びたいという気持ちもあり、

すんなりそのように決まった。


よって今日は部活の休みが確定したわけだが、家に帰れず、図書室にいた。

というのも昔から三者面談はその日の「最初」か「最後」にするのが、母の希望だった。

僕もそれには半分賛成してきた。

「最初」なら部活の途中で抜けたりすることがなく、面談をサッと終わらせて部活に行けるので、気楽なのだ。

それに部活途中に面談を行う教室までを往復すると、部活のウェアで校内を歩くことになり、他の生徒に見られる可能性も考えるとムズムズする。

「最後」であれば部活の途中で抜けることになるが、面談が終わってしまえば、そのまま帰ることができる。


ただ「部活が休み」かつ「最後」になると、今日のように待ちぼうけをくらってしまうのだ。

お弁当と給食を食べ終えホームルームが終わると、

授業は13:00には終わる。

家に帰る選択肢もないわけではないが、

帰宅してもおそらく家には母も帰ってくる。

部活もない日は、家でのんびりきままにするのが一番いいのは疑いようもない。

ただ面談前に同じ空間にいることも、学校に母と向かうことになることは避けたい。


そんな僕の希望を叶えてくれたのが図書室だった。

今日のホームルームで担任の中山が図書室が解放されていることを、

教室で周知していた。その周知を聞いて来てみたが、図書委員の生徒が受付に座っている以外、誰もいない。利用者は僕だけだった。


いつも立ち寄る大型書店ではほとんど気にならない本の匂いも、

図書室特有の時代を重ねてきたであろう紙と、

閉じ込められた空間のじめっとした臭いが僕を包んだ。

初めてこの空間に踏み込んだ僕が抱いた印象は、

とても良いものとは言えなかった。

しかし、母のいるであろう家と学校を雨の中往復することを天秤にかけた結果、

図書室に留まることにした。

とりあえず、受付の図書委員が座っているカウンターから対角にある、

窓側の席に腰をかけた。


いつもいない場所にようやく居場所として安心感を見つけることができた、唯一の場所だった。


そこからやっと落ち着いて図書室をゆっくり見渡すことができた。





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