二章 終 『神は天に戻る』
柚衣が繰り出したるは、イーソウによる十一の刃。
通常、索子(ソーズ)の捨て牌による攻撃はチューソウによる九発までが限度だ。そこに二発分を追加できるのだから強力だ。
しかしそれはあっけなく――
「アッハッハッハッハ。ぬるいっ、ぬるいっ、ぬるぅううううういッッッ!!!!!!」
盤古の振るう斧によって防(ふせ)がれる。ただの一太刀(ひとたち)の切っ先も、彼女には届かない。
斧が刃に触れるやいなや、それはジュワッと音を立てて、蒸発していく。まるで灼熱(しゃくねつ)の焔に触れたかのように。
ただ、柚衣の狙いはそれではない。
彼女の手牌は三人麻雀で萬子(マンズ)で2~8枚入りの長い対局により、劇的な変化を遂げていた。
萬子の1、9。筒子の1、9。索子の1、1、9。東、南、西、北。發、發。
国士無双の一向聴(イーシャンテン)。待ちは白(ハク)と中(チュン)だ。
ぶっちゃけ何やってるんだと摸打の都度(つど)思っていたが、まさかこんな手に化けるとは……。
「……凄(すさ)まじいな、柚衣の麻雀は」
「ええ。あたしも何回もやられてきたわ。普段はメンゼンでしか和了(ホーラ)しないからって油断してたら、いきなり高めロンされるんだから……」
「できることなら、あまり同卓はしたくないな……」
ただ懸念事項(けねん)がないと言ったら、嘘になる。
盤古の牌は北一枚を除いてすべて白だ。
一体あの牌のどれだけが能力によって白になったのか? もしかしたら四枚ともすでに使われてしまっているのではないか……。
ただ幸(さいわ)い、この国では北(ペー)による槍槓(チャンカン)はない。たとえ引いてしまっても、北すれば振り込まずにかつ、もう一枚ツモができる。
|だからこそ(・・・・・)、胸中に不安が立ち込めているのだ。
北は実質ロンが不可能な牌だ。それを単騎の待ちに選ぶメリットがない。
だから嶺上開花(リンシャンカイホー)狙い込みで北して待ちを変えてから立直した方が、まだ建設的である。
こんなこと、ルールさえ知ってれば初心者でも思いつくことだと思うのだが……。
そんなことを考えている内に、盤古が次のツモ――岩石の巨大な人形を生み出して、その巨人によって牌を持ってこさせている、そんな異様な光景を目(ま)の当たりにしてる――を行っていた。
その牌を目にした瞬間、盤古はニヤリと笑った。
――まさか、北を自摸(つも)ってきたのか!?
緊張が俺の中を駆け抜けたが、違った。
それは白――オープン立直の最中なのでツモ牌も見ることができる――だった。
「――カン」
盤古の一声と斧の一振りで、ツモってきた牌を含めた四枚の白が、真横に吹っ飛ばされる。
「やっぱり、四暗刻単騎の待ちとしてテンパイしてたんですのね」
天地開白の効果は対子(トイツ)で白になるというものだが、白になった後は刻子(刻子)としても扱えるようだった。つくづくイヤな能力である。
さらに次の牌も、白。
「カンッ――」
四枚の牌が斧が地面をたたき割る衝撃によって跳ね飛ぶ。
さらに巨人のツモ牌はまたも。
「カンッッッ!」
三枚目の牌もまた白だった。
白が連続で出ていることも驚嘆すべきだが、それだけではない。
王牌(ワンパイ)で捲(めく)れていくドラ表示牌が、すべて中なのだ。
盤古の手牌にある白にどんどんドラによる飜上がりが付与されていく。
「どっ、どうなってるのよ!?」
「あ、あんなの、ズルヨ!」
「いいえ。もとからあった白を、能力で生み出した白でカンをしている――なにも問題はありませんわ」
暴論だと思ったが、しかし実際はヒミコの言う通りなのだ。
この破邪麻雀においての正式なルール。それはヤツ――他ならぬ盤古が作ったもの。
結局俺達は、手の平の上で踊らされていただけだったのか……?
「カンッ――!」
四回目の鳴き。つまり四枚目の白が来たということだ。
もはや驚きはなかった。
すべからく予定調和。定められた事象。俺達が抗うことはできないのだ。
巨人が最後に地面に叩き付けてきた牌は当然、北。
二枚並んだ北は、たちまち白く染まっていく。
「自摸さッ!!」
白18枚による手牌で、盤古は和了を宣言した。
天地開闢(ティエンティ・カイピー)――つまりオープン立直、門前清模和(メンゼンツモ)、白4、字一色(ツーイーソー)、四槓子(スーカンツ)、四暗刻(スーアンコー)、嶺上開花。ドラ72。
160符119飜……。
「2552澗(かん)1177溝(こう)5190穣(じょう)7038𥝱(じょ)4759垓(がい)7530京(けい)9555兆7382億6158万5920点……」
麻燐の口からぽつぽつと漏れ出る数字は、まるで現実感がなかった。
盤古の背後で控えていた岩の巨人が、突如として爆ぜた。
それは清浄なる白い光。大きさはそのままで、人型をとっている。だが大きさのせいで壁のように見える。
光の巨人は天に上り、地上を見下ろす。
ヤツは夜空に向かって、握った拳を振り上げた。それは太陽よりもデカく、眩(まばゆ)く輝いていた。
柚衣は弾かれたようにこちらを見やり。
「貴様等、逃げッ――!!」
瞬間、目の前に光が降り注いだ。
全てが白く染まっていく。視界も、音も、意識も――何もかも。
すぐに全てが、わからなくなった。
●
唐突に目が覚めた。余韻も何もない、途切れた意識が急浮上した感じだった。
真っ黒な空に、星がちりばめられたように瞬いている。
手を見やる――小さな少女のもの。女体化したままだということだ。
起き上がると、目の前にぽっかりと口を開いた穴が地面にあった。
随分深い。転落したら死んでしまうだろう、というぐらいに。
「んっ、……んん」
近くから声がした。
見やると、横たわっていた麻燐が身じろぎしていた。その傍にはヒミコや天佳、二並も倒れていた。
起き上がった麻燐はぼうとした顔で俺に問うてくる。
「……あたし、一体?」
「たぶん、盤古の和了(ホーラ)による一撃で気絶してたんだ」
「そう……。柚衣は?」
「…………」
俺は何も言えず、眼前のクレーターに目を落とした。
おそらく巨人の拳によって、できたもの。ここに柚衣は立っていたのだ……。
「……まさ、か」
麻燐から、掠れたような声が漏れた。
「嘘よ……。柚衣が、柚衣が……あり、えないわ……」
麻燐がおぼつかない足取りで穴に近づいていく。それを俺は慌てて引き止めた。
「おいっ、やめろっ!」
「放してよッ!!」
非力な彼女とは思えないほど強く、俺を振りほどこうとしてくる。だが俺はそれに屈せずつかみ続ける。
「落ち着けっ、足を滑らせでもしたら――」
「死んだっていいッ!!」
悲痛な叫びが俺の耳朶(じだ)を強(したた)かに打った。
「あたしは、もう死んだっていい……」
「そんなこと言うなよ」
「だって、あたしはお父さんをこの手で殺して……、柚衣まで見殺しにしたのよ」
「あんなヤツ、俺達じゃどうしようもなかった。仕方なかったんだ」
「でもっ、でも……!」
麻燐は何かを振り払おうとするかのように、かぶりを振り続ける。
「あたしは、この国の長なのっ。女王なのよっ……!」
「だったら自分の身を大切にしろ。そうしなきゃ、みんな不安になるだろ?」
宥(なだ)めるように言うと、麻燐は肩で息をしながらもうなずいてくれた。
周囲をぐるりと見回し、俺は言った。
「盤古のヤツ等はいないな」
「逃げたのよ、きっと」
「かもしれないな」
あの一撃は周囲を巻き込む可能性もあった。点数の割に被害が少ないのは加減をしてくれたのかもしれないが、少し間違ったら俺達も巻き込まれていただろう。
ふと、足元に何か落ちているのを見つけた。
普通のサイズの牌が三つと、正月のおみくじのように巻かれた紙が一つ。
牌を拾って表を見やった俺は、はてと首を傾いだ。
「……どうしたのよ」
覗き込んできた麻燐も目を点にする。
「…………十?」
「だなあ」
萬子、筒子、索子――それぞれの10が俺の手にあった。
数牌(シュウパイ)は9までしかない、そんなの常識だ。しかしそれを否定するものが眼前に存在する。
牌はそれぞれ穴を開けられて、一本の紐で繋がれていた。首に下げることができる。アクセサリー……なのだろうか?
紙の方を開くと、そこには読めぬ文字で何か書かれていた。
「……なんだこれ?」
「ええと」
麻燐が横から見て、文面を読んでくれた。
「『今の嬢ちゃん達じゃ、妾には勝てっこない。その三つの牌と共に修行して、最強の雀士になってから再び挑戦しに来な』……って書いてあるわ」
「なるほどな」
俺は頭に血が上るのを感じた。気が付いたら衝動的に、その紙を握りつぶしていた。
「ふざけやがって……っ。今度会ったら、絶対に叩き潰してやるッ!!」
それから穴を見やり、俺はもう一つの誓いを立てた。
「そして、柚衣と独虹のヤツを蘇らせてやるんだ」
「……待ちなさい」
いきり立つ俺の手を取り、麻燐は微笑をこちらに向けて言った。
「九十九一人じゃない。あたしも、一緒に戦うわ」
「ああ。二人でアイツをとっちめてやろう」
「ええ」
白々しい満月の下、俺と麻燐はぎゅっと手を握り合って共闘を約束した。
〈第一部・完〉
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
先日、雀魂というネット麻雀で開かれたドリブンズカップの予選に出てたのですけど。
五戦連続の成績がよかった人が決勝トーナメントに進めるというルールでして、四戦連続一位を取っていたのです。しかもほぼ全部四万点越えという好成績。
あと一戦勝てば、というところでなぜか凡ミスをやらかし、3着。
全体での結果62位。12位までが本戦出場なので、敗退です。
時間が巻き戻ればと、こんなに強く願ったこともないでしょう……多分。
それから抜け殻のようになって毎日を過ごしてました。自分の存在価値、これまでの人生と未来の意義まで考えていました。
別に賞金が出るわけでもないんですけど、逃した魚の大きさを考えると……。負けず嫌いなんですね。損な性格です。
さて。
本作の一部はとりあえず書ききりましたが(少年漫画風のラストでしたね)、二部を書くかは正直悩んでいます。
先のこともあってしばらく麻雀はいいかなあ……と思ってしまったり、でもあのラストで終わらせるのもなあ、と思ったり。
そもそも破邪麻雀のルールにも違和感を覚えていて、いっそ別の作品でまた新しい麻雀ストーリーを紡いでいこうかな、とも考えたり。
ドリブンズカップの五戦目で勝ててれば、こんなことを考えはしなかったかもしれません。
執筆とメンタルは直結しますからね、……かなり。
本作品をお読みいただきありがとうございました。
二部かあるいは新作――もしくは別の作品でまたお会いできることを期待しつつ。
ここで筆を置かせていただきます。
さようなら〆
九種九牌を連発する超絶に麻雀が弱すぎる俺が、異世界で性転換してチート級少女雀士になりました。 蝶知 アワセ @kakerachumugi
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