二章29 『人の身では敵わぬ相手』
麻燐の願うだろうこと――それはもう予想が着いていた。
彼女の望みは、自分が殺してしまった独虹を蘇らせてもう――それ以外にないだろう。
「……なあ、盤古」
俺は自身の震えを押し隠して、彼女に問うた。
「なんだい、九十九」
「お前は、死者を蘇らせることってできるのか?」
麻燐が目を見開き、ビクッと体を震わせた。予感は的中していたようだ。
盤古はちらと独虹の焼死体を見やり、「ははぁ」と何度かうなずいた。
「なるほど、そこの死体の蘇生が目的かい」
「そうだ」
「変な話だ。なんでせっかく殺したヤツをわざわざ蘇らせるんだい?」
「いいから、質問に答えろよ」
「せっかちだねえ」
肩を竦める盤古。その動作すら俺は焦(じ)れた思いで眺めていた。
「できるっちゃ、できるよ。魂が壊れてないで、宙を彷徨っている状態だからね。それを捕まえてきて、体の中に押し込み、器を修復する。この三つの作業が終われば、蘇生は完了。少しばかり手間がかかるけど」
「わかった。じゃあ、もう一つ注文をつけさせてもらう」
「あんまり無理難題を押し付けられても困るよ?」
「簡単なことだ。俺も麻燐と一緒に戦わせろってだけだ」
「なっ、何言ってんのよ九十九!?」
麻燐が叫声を上げ、続けざまに舌鋒(ぜっぽう)を向けてくる。
「あんたには関係ないじゃないッ!」
「いや、ある」
彼女は俺のきっぱりとした語調に、口を開いたまま黙した。
自身に向けられた青い瞳に、俺は思いの丈(たけ)を語り掛ける。
「一緒に戦って、共に罪を背負ったんだ。だったら最後までお前の隣に立って、全てをやり切りたい」
「破邪麻雀よ? 下手したら、死んじゃうのよ!?」
「もとより承知してる」
彼女は口元を緩めて笑ったと思ったら、瞳を潤(うる)ませた。
「バカよ、あんた」
「まさか。俺が悪いのは頭じゃなくて、要領の方だ」
「いいえ、バカなのよ。でしょう、柚衣?」
「……そうですね」
「なっ、お、お前まで!?」
柚衣は考える素振(そぶ)りもまったく見せずにうなずいた。
「大勢の兵の中に単身でなんの策も飛び込んでくるその無鉄砲さ。バカと評するのにこれほど適した者も、そういないでしょう」
「……ぐっ」
的確な突っ込みに、俺は言葉に詰まる。
「まあ、死んだ後でさえ陛下の御心を察することができていないお嬢も、同等な気がしますけどね」
「ちょっ、どっ、どういうことよ!?」
キャンキャン吠(ほ)える麻燐の訴えに軽く肩を竦め、柚衣は言った。
「そんな頭の足りないお二人であっても、雀士としての腕は一流です」
急な持ち上げに、俺と麻燐はわけがわからず顔を合わせた。
柚衣は俺達に背を向け、手に持った中国刀を肩の高さまで持ち上げ。
「だからこそ、私は望みを託すことができるのです」
切っ先を真っ直ぐに、盤古へと突きつけた。
「水青家騎士団長、筒流柚衣。貴様に対局を申し込みます――盤古様(・・・)」
名指しされた盤古は髪の間に手を通すような仕草(しぐさ)をしつつ、首を傾げる。
「あれ。じゃあ、四麻かい?」
「いいえ。まずは私と……そうですね。貴様――」
彼女はすっと伸ばした指をそのままに、しばらく沈黙した。
やがて少し少し申し訳なさそうに訊く。
「すみません、名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ひっ、ひえぇええん! や、やっぱり~!」
問われたそばかすの少女が、涙目になりながら悲鳴じみた声を上げる。
「わ、わ、ワタシィ、影薄いからぁああっ!」
「ピーピー泣いてんじゃないよ。いいからさっさと名乗りな」
「はっ、はいぃ。申し訳ないですぅっ!」
ぺこぺこ頭を下げながら彼女は名乗った。
「わ、ワタシィ、王母娘娘(ワンムゥ・ニャンニャン)といいますぅ! そのぉ、女神やってますけどぉ、やっぱり違うかもしれないですぅ!」
めっちゃ場違いな素っ頓狂な声に、今まで漂っていた緊迫した空気が一気に弛緩していくような気がした。
「そうですか。では、娘娘と盤古様の三人で対局を――」
「ちょっ、待てい待てい、待てーいッ!」
騒ぐ俺に、柚衣はうっとうし気に視線を寄こしてきた。
「なんですか?」
「なに勝手に三麻始めようとしてんだよ!? 俺達も混ぜろよッ!」
「……って、なんで勝手に混ざろうとしてんのよ!?」
「はぁ? さっき言っただろ」
「言っただろ、じゃなくてねえ!」
無表情だった柚衣は、やがて相好を崩し、彼女に似合いそうもない苦笑を浮かべた。
「……仲がいいですね、お二人共」
「「どこが!?」」
なんか知らんがハモってしまった。
柚衣のヤツは笑声(しょうせい)まで漏らしてやがる。
「雀士としての力だけでなく、息まで合っている。お嬢達ならきっと、盤古様にも勝つことができるでしょう」
「……なあ、お前。さっきから何言ってんだよ?」
「そうよ、あたし達なら勝てるって。それってまるで――」
柚衣はすっと表情を真顔に変え、麻燐の言葉を遮り言った。
「……以前、私は盤古様が行った対局の牌譜(ぱいふ)を書物で見たことがあります」
「牌譜って、破邪麻雀にそんなものあるのか?」
麻燐が教科書の内容を暗唱するように、淀(よど)みない口調で説明してくれた。
「破邪麻雀の牌譜は全て天竺(てんじく)にある、虚空年代记(シーホン・ニィダイジー)という場所に保管されているわ。そこに行けるのは僧侶と呼ばれる人だけなんだけど、彼等は覚えた記録を書物に書き写して各国に渡してくれてるの」
「へえ。それで、柚衣は盤古の麻雀を見てどう思ったんだ?」
柚衣はぐっと目をつむり、まるで熱に苦しむ患者のように何度か呼吸した後、訥々とした調子で語った。
「初めて見た時、私は目を疑いました。その部分は誤りだろうと思い、書物を渡してくれた僧侶に尋ねたほどです。しかし彼は『わたしも神に訊いたが、間違いないと申していた』と答えたそうです。それで私は察したのです」
彼女は言葉を一度切り、中国刀を握る手に震えるほど力を籠(こ)め、言った。
「――ただの人間が、神に敵(かな)うはずがないのだと」
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