二章29 『神々の武器』
柚衣はその一切を語らなかった。
盤古の何がヤバいのか。ただの人間がなぜ神に敵わないのか。何より、その牌譜がいかなるものだったのか――。
しかし俺はうなずき、言った。
「わかった。柚衣、お前に盤古との対局を任せる」
「ちょっ、九十九!?」
「……ご理解いただき感謝「――ただし」
柚衣が全てを言い切る前に俺は遮り。
彼女の鼻っ柱の先に指を突きつけ、命じた。
「勝つつもりで打て。噛ませ犬なんかに成り下がるな。それが条件だ」
呆けた顔の柚衣は、やがてふっと表情を和(やわ)らげた。
「……わかりました。騎士団長として恥じぬ戦いを、貴様等にご覧に入れましょう」
「ああ。信じてるぞ」
俺が拳を持ち上げると、彼女も握り拳を作り。
「――その言葉、ありがたく受け取っておきましょう」
こつんとぶつけ合った後、盤古の方を見やり中国刀をゆっくり持ち上げ。
「さあ、始めましょう」
夕焼けの茜(あかね)色の光を湛えた、鋭き切っ先を向けた。
「私達の一局を」
盤古は獲物を前にしたかのようにちろりと唇を舐め、天へと腕を突き上げた。
「いいねえ、いいねえ。きた、きた、きたよぉ、燃えてきたッ!」
何かをつかもうとしているかのように開かれた手から、ぐにゃりぐにゃりと空間が歪んでいく。さながら蛇が半透過して這い出してきているかのように。
「このよに生まれて幾星霜。だけど人間からこんなに熱意のこもった対局を申し込まれたのは初めてさッ! 腕が鳴るねえッッッ!!」
歪んだ空間は一つのものを作り上げた。それは湖で正直さを試す際に用(もち)いられた|アレ(・・)によく似ていた。
やがて色づき実体化していく内に、己(おの)が予想が正しかったことを知った。
それは棒状のものの先に平べったく広い鋼の刃がついたもの。
「……斧(おの)、か?」
「ハッハッハ! 正解だよ、嬢ちゃん」
「いや、俺は元は男だが……」
訂正するも聞いちゃいない。
その斧は恐ろしいぐらいにデカかった。刃なんかギロチンに使えそうなぐらいだ。
しかも趣味が悪いぐらいに金ぴかに光っており、そういう意味でも恐ろしさが二乗されている。盤古のヤツが素振りすると、何千本の糸でも張ったのかという風切り音が辺り一帯に響いた。もしも間近にいたら、気が付けば腕の一本首の一個がなくなってるなんてことも冗談抜きにあるだろう。下手したら胴体が縁を切ってしまうかもしれない。
「さあて。娘娘、準備はできてるかい?」
「は、は、はい! 万全でございます!!」
気が付けば娘娘も武器を持っていた。
「……あれ、なんだ?」
細長い鎖の両端に、鉄球のようなものがついてるっぽいが……。
「あれはおそらく流星錘(りゅうせいすい)ヨ」
いつの間にか近くに来ていた天佳が言った。
その後を二並が継ぐ。
「鎖をぐるぐる振り回して、あの重石(おもし)を当てて攻撃するのねぇん」
「なかなか扱(あつか)いの難しそうな武器ですわね。さながら1、9牌みたいですわ」
「でも達人が相手だと攻撃範囲が途轍(とてつ)もなく広い恐ろしい武器に化けるわ。ただ武器の性質上、味方に誤(あやま)って当たる危険性もあるから、集団戦ではあまり好まれない武器だけどね」
「やっぱり1、9牌か……」
盤古が娘娘と柚衣とを――おそらく武器を手にしているか確認したのだろう――見やった後に、天に向かって斧の刃を向け。
「开门(カイメン)ッ!」
天を突くような開戦の宣言を放った。それはさながら雷鳴のごとく空気を震わせ、空間に紅き門を出現させる。
場に緊張が走る。
いよいよ始まる、神と人間の一局が。
見慣れつつある破邪麻雀の配牌――光玉と共に牌が門より出でて、各々の前に防壁を築くかのように並び手牌になっていき、また王牌として積み上がっていく様――も今回ばかりは戦場に兵器が並ぶかのような物々しい印象を受けてしまう。
親は盤古で、南家が柚衣、西家が娘娘だ。
三人麻雀では実際の方角と違い、南家と西家が向かい合った形になる。ツモの順番は東家から南家、西家と回っていく。
俺達の側からは柚衣の手牌だけが見える。
萬子(マンズ)の2、5、9に筒子(ピンズ)の4~6、索子(ソーズ)の1、2、4、9字牌(ツーパイ)の西と東、發。
「……よくもなく、悪くもなくって感じネ」
「順子(シュンツ)が一つにカンチャンとはいえ順子候補がもう一つあるんだから、まずまずの手牌じゃないか?」
么九牌(ヤオチューハイ)連発していた俺にとってはちょっと悪い手牌でもマシに見えてしまう。
「サンソウが入るか、もう一つ両面(リャンメン)待ちができれば希望が見えてきますわね」
「タンヤオを狙っていくか、東か發が重なってくれて役牌和了(あが)りを目指すか、ベタ下りの三択ね」
「ツモ次第では立直やメンゼン以外に役をつけるのが難しくなりそうねぇん」
ただし、これは普通の麻雀ではなく破邪麻雀である。
数牌(シュウパイ)はできるだけ大きな数を捨てたいし、タイミングを見計(みはか)らって字牌を切っていきたい。
何より盾となる筒子が重要だ。柚衣の手牌は不要牌の筒子がなく、それが大きな懸念(けねん)事項である。
だからといって和了(ホーラ)を無視して牌を切っていけば、神による強力な和了による一撃を食らってしまうかもしれない。
いくらなんでも神相手に捨て牌による攻撃で押し切れないだろうし、勝利に和了は必須条件だろう。
拭いきれない不安要素を残しつつも、対局が始まった。
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