二章28 『神の求めに応じる交換条件』

「麻雀を……司る神?」

「ああ、そうさ。まあ、それ以外にも何でもできるが」

「あ、あの……。自己紹介をお、おなさるのでしたら、お名前をお名乗りにおなられた方がよろしいと思いますが」

 そばかすの女性に促され、「ああ、それもそうだね」とヤツは答え、やにわに地面を強く踏み鳴らした。

「なっ……!?」

 眼前の光景に、俺達は言葉を失った。

 翼の女性が踏み鳴らすなり、背後の地面が割れてそこから溶岩が噴出した。それはまるで幾匹の大蛇(たいじゃ)が戯(たわむ)れるがごとく宙を散々舞い踊った後に、下方からピキピキと岩となりて固まっていく。

 その岩はある二字を成していた。

「ばん……ふる?」


「違います。……あの者は、麻雀の神などという器では収まりません」

 柚衣がらしくない深刻な顔で神を名乗る女性を睨(にら)んでいた。

「その正体は、天地開闢の神。名は――」

 途端、再び震鳴(ふみなり)の荒々しい音が響き、一瞬後には鋭き岩の突端が柚衣の喉元に突きつけられていた。地より剣山のごとき岩が突出してきて、彼女の皮一枚のところで静止したのだ。

 命の刈り取られる寸でを見せられた俺はもとより、柚衣は顔を青ざめさせ絶句していた。それでもなおたじろいだりしないのは、彼女の最後の意地か、そもそも身動きすらできないのか……。


「勝手に人の名前を明かすんじゃないよ。神ってのは、そういうのを一番嫌うんだよ」

 神たる女性は口角を持ち上げて笑い、自身の正体を明かした。

「妾は盤古(ばんこ)。まあ、ただ天地開闢(てんちかいびゃく)というか……。天と地を創造しただけの存在さ」

 世界創世の神……。

「格の違いみたいなもんをさっきから感じていたが、まさかそんなとんでもないヤツだったとはな」

「そこまで持ち上げられると、ちょっと小っ恥ずかしいね。でも本当、天地を作るぐらいならなんてことないんだ。神の中にはヤバいヤツなんてもう腐るぐらいいるからね」

 ケラケラと笑う盤古が地面に踵を打ち付けると、名前を成した岩と柚衣の喉に突きつけていたものとが同時にガラガラと音を立てて崩れた。


 盤古が汚れてないだろう手をぱんぱんと払った後に、俺の方を見やって言った。

「ねえ、嬢ちゃん……じゃなくて、坊ちゃんかい?」

「九十九だ」

「そうかい、九十九……ね。なかなか面白い名前をしているじゃないか」

「そりゃどうも」

「つれない態度だね」

「なんの目的を持ってるかもわからない、チート能力な神様と相対してるんだ。ニコニコゼロ円スマイルを浮かべてる余裕なんざこっちにはねえっての」

「そういう時は愛想よくして敵意がないことを示すのが、普通だと思うんだけどねえ」

「悪いな。この世界の常識にまだ慣れてないんだ」

 俺だけなら盤古の言うようにしていただろう。

 しかしこの場には麻燐がいるのだ。

 もしも彼女に危害が及ぶようなら、守らなきゃいけない。隙を見せている余裕などまるきりないのだ。


 俺の視線の動きからこちらの意図を汲み取ったのだろう。盤古はきゅっと口角を持ち上げて八重歯(やえば)を見せた。

「ハハハハハッ。やっぱり九十九、そなたは面白いよ。妾が太鼓判を押してやるさ」

「んなもんいらんが。というか結局、お前は何をしに来たんだよ?」

「最初に言ったと思うけどねえ」

「……ええと。俺に会いに来た?」

「そうさ。まあでも、それだけで帰るのも面白くないねえ。どうだい? 誰か一局、妾と破邪麻雀を打ってくれるヤツはいないかい?」

 そう問うて盤古はぐるりと周囲を見やった。しかし目を合わせる者はいない。

 当然だ、ただの麻雀ならともかく、こんな化け物みたいなヤツと命を懸けて戦り合うなど命がいくつあったって足りやしない。

 そう思っていたが――。


「――いいわよ」

 ただ一人、求めに応じる者がいた。

 誰もが瞠目し、その人物へと視線を向ける。

 俺は震える声でソイツに問いかけた。


「なっ、何言ってんだよ……麻燐?」

 彼女は感情が抜けて曇天の夜空みたいになった瞳を向けてきて、淡々とした声で言った。

「言った通りよ。あたし、やるわ。破邪麻雀を――」

「へえ……」

 盤古は目を細め、検分するように麻燐の脳天からつま先まで見やった。

「嬢ちゃんが?」

「ええ。次期――いえ。九の国が長、水青麻燐があんたの相手をしてあげる」

「ふうん。麻雀は打てるのかい?」

「ええ。ついさっき、破邪麻雀で実の父を|殺した(・・・)ばかりだもの」

 その言い方があまりにもさらっとしていたため、かえってゾッとさせられた。背骨が氷に置き換わったみたいになり、驚きから半ば覚めた後はそれが溶けだしてしみ出したかのように背中が汗でびしょびしょになっていた。


「そりゃまあ、大層なことをしたね」

「大したことないわ――そうでしょ?」

「妾に確認を求められてもねえ」

 苦笑する盤古に、麻燐は変わらず冷え切った目を向けたまま言う。

「破邪麻雀を打つのは構わないわ。でもただ対局するだけじゃ面白くないと思わない?」

「まあ、確かにそうだねえ」

「だから、こうしない?」

 麻燐は(すす)で汚れたかのような、黒ずんだ人差し指を一本突き立てて言った。

「敗者は勝者の言うことを、なんでも一つ聞くの。どう?」

「……面白いねえ」

 両眼(りょうまなこ)に怪しい輝きを宿した盤古は、低い笑い声を漏らしながら蛇が頭をもたげるようにうなずいた。

「いいよ。その話、乗ってやろうじゃないか」

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