二章27 『降臨せし神』

 焦土(しょうど)と化した地面に、一人の男が横たわっていた。

 巨躯(きょく)からは黒き煙が上がり、体はピクリとも動かない。


 俺達は全力で攻撃をした――独虹が攻撃を防いでくると思ったからだ。

 しかし最後の最後、全力の一撃を彼は防(ふせ)ごうとしなかった。

 結果、144発の火球は全弾彼に命中し、その身を容赦なく焼き尽くしたのだ。


 頭が事実を解すると共に、途方に暮れるような気持ちが湧いてきた。

 目の前で黒焦げになり、原形すら崩れかけている焼死体。

 麻燐の父である独虹、彼をこんな姿にしてしまったのは……。


「いっ、いやっ……、お父さんっ、お父さんッ……!」

 ぎこちなく一歩一歩を踏み出す麻燐。

 俺は頭から意識が抜けてしまったみたいに、動くことができない。

「どうしてっ……、どうしてよっ、お父さん……」

 麻燐が今、どんな顔をしているのか。

 背中から見ている俺にはわからない。

 けれどもきっと、今俺が抱いているような悔恨(かいこん)、虚無感、悲しみ――こんなものとは比べ物にならない心痛に苛(さいな)まれているはずだ。


「あたし……、こんなつもりじゃ……。こんなつもりじゃ、なかったのに」

 独虹の下(もと)に辿り着く前に、麻燐は地面に膝をついてしまう。

 実の父を、自らの手で……。

 その心中はとてもでないが、俺には推し量ることができなかった。

「……これは陛下(へいか)自らのの望みだったのです」

 いつの間にか俺の傍に来ていた柚衣が、感情を押し殺したような淡々とした声で言った。

「望みって、……死ぬことが?」

「はい。国の長(おさ)である以上、陛下には国民の願いを叶える義務があります。その中の一つに、九尾を大人しくさせておくこと――国に多大な被害を出さないこと、というものがあります」

 彼女は声と同じく、表情も淡白なものだった。しかしその目に映る、一瞬の揺らぎを俺は見てしまった。

「ゆえに陛下は、このままではお嬢を九尾の嫁にするしかなかった。自身の娘を化け物に嫁(とつ)がせるしかなかった。けれどもそんな自分を、許すことができなかったのです」

「だから……麻燐に自分を?」

 柚衣はぎゅっと唇をかんでうなずく。

「はい。お嬢に自身を討ち取らせることで、名実ともに九の国の王妃とし、束縛から解放したかったのではないでしょうか」

 口ぶりから察するに、直接本人から聞いたわけではないのだろう。

 しかし最後の一瞬、遺言とも取れる一言を聞いた俺は……。


 ――見事だ、麻燐。九十九殿。


 柚衣の推測が真実味を帯びている気がしてならなかった。

 場が時間が止まったかのような静寂に包まれる。

 俺は悲しみに打ちひしがれる麻燐を見ていられず、空を仰いだ。


 その時、ひらりと光る一枚の跳ねが宙を舞っているのを見た。


 ……鳥?

 否、どこにも鳥の影はない。

 代わりに白い光玉が一つ、ぽつんと中空に浮いていた。

 さくらんぼのような大きさだったそれはまるで空気を吹き込まれた風船のように、徐々に大きさを増していく。

 羽はその光玉から一枚、また一枚と出てきて、風に乗って舞う。

 光玉が大きくなるにつれ、羽の枚数も増えていく。

 やがて人間一人が治まるほに膨(ふく)れた途端、それはガラスの割れるような音を立てて弾(はじ)けた。


 そこには黄金に光る漢服を身に纏(まと)い、背から白い羽を生やした女性がいた。

 目が大きく鼻が高く、笑みに凄味のある、存在感をこれでもかと発する美人だった。

 黒き髪は燃えるようにウェーブし、手足はすらっと長い。胸は五人の成人男性の手でようやく収まるぐらいの大きさあり、それを強調するように服のその部分は上側が大きく開いている。

 花がある、という言葉が存在するが、この女性の場合数える単位は一輪ではなく一本がふさわしいだろう。花は花でも野に咲くものではなく、きっとそれを見下ろすぐらいに伸びに伸び、枝を広げてそこにいっぱい咲かす。そんな印象を受けた。


 その女性に続いても一球光玉が現れたが、それはさっきよりも慌ただしく大きくなってすぐに弾けた。

 現れたのはいかにも幸薄そうな雰囲気の漂う、そばかすの目立つ女性だった。

 天女(てんにょ)を思わせるきれいな衣(ころも)を着ているが、いかんせん素材が地味なせいであまり印象に残らない。

 まるで道端に咲くイヌフグリのようだ。


 羽の生えた女性は優雅に地に降り立ち、そばかすの女性は尻から墜落していた。涙目でお尻を擦る姿はちょっと可愛かった。


 羽の生えた女性は両翼を折り畳み、俺達をぐるりと見回した。

 彼女は紅い唇を笑みの形にし、ゆっくり切れ込みを入れるように開いた。

「ここに異なる世界から来たヤツがいると思うんだけど、どいつだい?」

 異なる世界――つまり異世界転移のことを言っているのだろう。

 俺はおずおずと手を上げた。

「……多分、俺のことじゃないか?」

 視線が一瞬の間に俺に集中したのを感じた。

「確かにどこか変わっていると思いましたが……」

「ふぅん。異なる世界から……、興味深いですわね」

「うふふぅ。面白そうな話よねぇ」

「どこヨ、どこから来たアルヨ?」

 みんなが各々驚きのリアクションをする中、ただ一人麻燐だけは俯いたままだった。


「へえ、嬢ちゃんが。転生者は波長から男だと思ってたけどねえ」

「元は男だったんだよ」

「ふうん? まあ、どうだっていいけどね」

「だったら訊くなよ……。ってか、お前誰だよ?」

「妾か? まあそうだね、嬢ちゃん達にわかりやすく言えば、神ってことになるのかね」

「かっ、神!?」

 常識離れの登場をしたから大層なヤツだと薄々思っていたが、まさかそんなぶっ飛んだヤツだとは思っていなかった。


「そうさ。まあでも、神格(しんかく)も低いし、大した存在じゃあない」

 それから彼女はにっと笑い、翼を広げ、羽を風に吹かれた粉雪のように舞わせて言った。

「ただ麻雀を司(つかさど)ってるだけの神さね」

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