二章26 『144発の火球』
カンにより発動したる牌は發(ハツ)。
字牌は各々特殊な効果を持っている、そのことは破邪麻雀の中で身をもって知ってきたことだ。
發ならば、ポンをすれば次の牌を三連続で扱うことができるという三重の發なるものを俺は使ったことがある。麻燐との一戦だ。
では、暗槓(アンカン)をすればどうなるか?
「――發を暗槓すると、『過去に使った牌の技』を再び使うことができるのよ!!」
過去とは埋没していくものであり、光は失われていく。
それゆえに、發の暗槓は過去の牌を再び発動することができる。
そして俺達が使うべき技とは何か?
無論、それは一択。
つい今しがた使った、三十六発の火球。
しかしそれに止(とど)まることはない。
カンするということは、發が四枚になるということである。
なればこそ、蘇りし技は三十六発(・・・・)だけにあらず。
空を埋め尽くすがごとく、現れる火球の群れ。
一発一発も東に強化されたままの、巨大なもの。人一人を丸焼きにするには十分すぎるサイズだ。
空を見上げた柚衣が驚愕の声を上げた。
「ひゃっ、百四十四発ですって!?」
戦場に立つ者、敵の戦力を測るべく一瞬にして数を把握(はあく)する術を身に着けているというが、それを用いたのだろう。
しかしカラクリを知っていれば数えるまでもない。
三十六×四という簡単な数式から導き出すことができる。
事前にこうなるであろうことを悟っていた独虹の顔に驚愕はない。だがその頬を冷たい汗が伝ったのを俺は見逃さなかった。
「さあ、どうする独虹? 降参するなら今の内だが」
「否――武人たる者、挑戦されたならば受けて立つのが本懐(ほんかい)というものだ」
「面白い。なら、耐えてみろ――よォオオオオオオオオオオオッッッ!!」
俺は雄叫びを上げつつ、黎明(リィー・ミィン)を振るった。
火球の雨が独虹目掛けて降り注ぐ。
否、雨なんて生易しいものではない。血の匂いを嗅ぎつけた肉食の海獣さながらにそれ等は迷いなく、真っ直ぐに独虹へと接近していく。大刀なんていう銛(もり)一本じゃ捕らえきれないだろう。
その光景を前にしては、もはや息巻いていた独虹もいかんともすることもできず。
彼は地に膝をつき、空を仰ぎ。
大刀を取り落として、両腕をぶらりと下げて。
呆けた表情でぼうとしていた。
恐怖で感情が麻痺してしまったのだろうか――?
しかし火球に飲み込まれる直前。独虹はふっ、と表情を和(やわ)らげて笑った。
空を焦がす焔の轟音の中、俺は確かに彼の呟きを聞いた。
「――見事だ、麻燐。九十九殿」
火球が独虹を周囲一帯ごと飲みこんでいく。
紅き焔が視界を覆っていく。
弾ける火の粉が拳大ほどもある大火が、眼前でごうごうと燃えていた。
風が焔をかき混ぜ、渦と化す。
やがてそれは天まで続く螺旋階段のような形を成していった。
その光景は俺達に否が応なく、一つの想像を植え付けた。
唐突に俺達の前にあった牌の存在が掻き消えていった。
破邪麻雀は定められた局数を打ち切るか、プレイヤーの誰かが対局の続行が不可能な状態になるまで終わらない。
今回は局数は満たしていない。となれば、残る可能性は……。
麻燐がよろよろとした足取りで焔の渦に近づいていこうとする。
それを俺は慌てて手を引いて止めようとした。
「おっ、おいっ、何してんだよ!?」
振り返った彼女の表情は悲哀が完全に覆い、涙がとめどなく溢れていた。
「だっ、だって……、お父さんがっ、お父さんがッ……!」
恥も外聞も何もかも、今の彼女の目には映っていない。
そこにはただ、自身にとって大切な存在――たった一人の家族の安否を憂う切(せつ)な思いしかなかった。
「……心配なのはわかるけど、今はダメだ」
「あたしのっ……あたしのお父さんがいるのよッ! あの中に、あたしのお父さんがッッッ……!!」
「わかってる。だけど生身でどうこうできる状態じゃない。見ればわかるだろ?」
「でもっ……!!」
俺は黎明を頭上に掲げ、風をそこに集めた。その影響で周囲に風の道が生まれ、俺と麻燐の長い髪や、着物をパタパタと揺らした。
「……俺が、どうにかする」
「つ、九十九が……?」
「ああ。この黎明で、全ての焔を振り払う」
十分に風が集まったところで、独虹がいるだろう大火を見やる。
本当に凄まじい燃えっぷりだ。あんなのに巻き込まれていたら、独虹のヤツはもう――。
浮かんだ考えをかぶりを振って追い出す。
いや、アイツがそう簡単に死ぬとは思えない。殺す気でやらねば気絶さえさせられないようなヤツなのだ。常人なら百回ぐらい死ねそうなこんな状況でだって生きていてしかるべきなのだ。でなきゃ、墓参りじゃなくてお礼参りに行ってやる。
黎明に収束した風を大火に向かって一気に放つ。雲を突くほどの山でさえぶっ飛びそうな異次元級のハリケーンだ。今まで風を吸収して燃え盛っていた焔といえども、子の一撃はさすがに耐えることができなかった。それは内輪に扇がれた紙屑のようにすべからく空へと舞い上げっていく。
焔は風の煽りを受けてますます燃え上がろうとしていたが、宙では巨人並みのデカさを保つ満足な燃料もなかったのだろう。それは幻影だったかのように、瞬きをしている内に姿を消していた。
「……おっ、お父……さん?」
麻燐のどこか呆然とした声がした。
荒れた呼吸と胸の動悸を整える間もなく、俺は焔の消えた空から地上へと視線を移した。
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