二章25 『国の長たる者の義務』

 麻燐は髪を振り乱し、己が情を際限なく発して訴え続ける。

「でも仕方ないじゃないっ!! あたしは女王になるのよ、国民を守る義務があるのッ!! だから九尾に従うしかないのよッ!!!!!!」

 頭が急激に熱を発し始めた。

 気が付けば俺は、麻燐の華奢な肩を己が小さな手でつかんでいた。

「……ふっっっざけんなよ。女王ってのは、国の長ってのは――自分の身を犠牲にしちゃダメだろうがッ!!」

 心中に溜まりに溜まった思いが奔流となり、言葉に変じて溢れてくる。

「国の長は、みんなに頼りにされる存在だろ? なら、自分の身ぐらい、自分で守れよ。でなきゃ、国民が安心して暮らせねえだろ」

 怒気をはらんだそれは理性を彼方へと押し流していき、埋もれていた別な思いも浮かんでくる。それは俺の目からぽろぽろと漏れ出してきた。

「それ、に……。お前がいなくなったら、悲しむヤツだって……いるん、だよ」


 まだまだ、伝えたいことがいっぱいあるはずなのに。

 もう言葉が出てこなかった。

 つまった思いは胸を苦しめる――漏れ出たそれはただ涙となって頬を伝っていく。

 気が付けば俺は、麻燐の胸に顔を埋めて泣いていた。

「うぅっ、ううっ……」

 嗚咽(おえつ)は止まらず、情けなく涙を流し続ける。

 そんな俺の頭に、ぽんと手が置かれた。

「そうよね。あたしがこんなんじゃ、民のみんながあんたみたいになっちゃうわ」

「……なんだよ、あんたみたいって……」

「誰かを悲しませたり、不安にさせるのは……長として失格よねってこと」

 肩に手をかけられ、ゆっくり離される。

 彼女は懐から取り出したハンカチに似た布で、俺の目元をそっと押さえた。

「……もう、そんな顔して。本当に女の子になっちゃったのね」

「性別は……関係ないだろ」

「それって、元から泣き虫ってこと?」

「うるせえよ……」

 俺は麻燐の手を振り払って腕で涙を拭い、立ち上がった。


「……引ける、引いてやるよ、あの一枚を……!」

「あんた一人じゃないわ。あたしも一緒よ」

 黎明(リィー・ミィン)を握る俺と、手を重ねてきた麻燐とで。

 一陣の空を裂く強風を起こした。

 それは山から一枚の牌を引きはがし、宙に浮かせる。

 弧を描いて飛んできたそれは、手に加わった瞬間にぼやけを生み、やがてその正体を表す。

 しかし俺はそれを待たずに――盲牌したわけでもなく、ただ確信に従って――叫んだ。

「カンッ!」

 振るった黎明はその牌を風でもって真横へとやる。

 すぐさま次の牌が山から送られてくる。対局が進行しているということは、チョンボではないということだ。


 その間にカンした牌、東(トン)の効果が発動していた。

 頭上に現れた眩き四つの太陽が、力をもたらしてくれる。

 九尾の麻燐と戦った時にも発動した効果、次の牌の効果を倍増させるというものだ。

 そして次のツモが来ると同時に、またもその牌を確認せず俺は鳴く。

「カンだッ!!」


 四枚の牌――チューワンが黎明の風により浮き上がって暗槓(アンカン)となって端に置かれる。

 途端、巨大な火球が9、牌四枚につき三十六発、さらに明槓(ミンカン)した東の効果により威力倍増して七十二発分の威力を持ったそれが、独虹に向かって斉射(せいしゃ)される。

 通常より火力を持った火球は燃え方からしてすさまじく、空気を焦がすノイズに似た音が常に響いている。揺らめきも激しく、無数の龍が群れとなって踊っているかのよう。それが一発ではなく、同時に三十六発も撃たれたのだ。

 さすがの独虹もこれは防ぎようが――


「……ふっ、フハハハハハッ、フゥウウウウウハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!」

 腹からの笑い声が、辺り一帯に木霊する。

 その響きは空間を駆け回り、最後には耳朶(じだ)をしつこく揺るがした。

 ようやく笑いが治まったらしい独虹は、多少息苦しそうに呼吸しながら言った。

「バカめ! 国の長たるこの我が――この程度の攻撃、止められぬと思ったか!?」

 大刀が唸りを上げて連続で宙を裂く。

 途端、無数の白翼之刃(はくよくのじん)が現出し、火球を迎え撃つかのごとく突進をかましていく。

 刃はぶち当たった火球を真っ二つに切り裂き、さらに別の刃がとどめの一刀を決めていく。

 その光景はさながらシューティングゲームのようだった。火球はエネミーであり、刃が来たいの放つ弾(たま)である。


 一振りごとに独虹は汗をまき散らしており、ヤツも必死なのは窺(うかが)えるが、それでも火球は最後の一球まで破壊しつくされてしまった。


 息を荒げながら、ヤツは問うてくる。

「フンッ……。これで仕舞(しまい)か、九十九殿?」

「そうだな、これでおしまいだ」


 俺と麻燐は顔を見合わせ、そして――

「「カンッッッ――!!」」

 最後の一声を同時に放った。


「なにっ――!?」

 独虹の顔が、驚愕に歪む。

 第三のカンはそれだけで役になるが――もはやそれはどうでもいい。


 重要なのは、カンされた牌の方である。

 暗槓の形に置かれたその牌は――

「破邪麻雀を俺より知ってるお前なら、この効果がわかるだろ?」

 俺は左手の指頭を突きつけ、ヤツに言った。

「決着の時だ、独虹。この攻撃をお前は耐えることができない!」


 独虹は顔に脂汗を浮かべ、全身を揺らし呼吸している今もなお、目の中に燃ゆる闘志を衰えさせることなく、大刀を構えた。

「否っ、吾輩の敗北はまだ決しとらんッ!! 必ずや、耐え抜いてみせようぞッッッ!!」


 俺達が火花を散らしている間にも、暗槓された牌が効果を発揮していた。

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