二章15 『異世界ではロボットが人気?』

 独虹に連れてこられたのは、広い円形の建物だった。

 外壁は眩しいぐらいに真っ赤で、上部に紺色の瓦屋根が取り付けられている。中心にぽっかり空いた空間があり、そこをぐうるりと囲うように手すりがつけられていて、まるで客席のようなものが三階分ある。

 広場は素っ気ない白い石畳。客席の凝ったデザインとはまるで対照的だ。


「なんかすごいところだな」

「貴族の有する闘技場だもの。これぐらい普通よ」

 麻燐の言葉に俺は度肝(どぎも)を抜かれた。

「この世界の貴族ってのは、闘技場を持ってるのか!?」

「まあ、上流になるとね」

 さらっと言ってのける麻燐。


「ゴールデンレトリバー感覚で所有するものなのか、闘技場ってのは……」

「何よその、ゴールデンレトリバーっていうのは?」

「そりゃ、い――」

 犬と言いかけた俺の口がピタッと止まる。

 いたずら心がにやっとほくそ笑(え)んだ。

「ゴールデンレトリバーっていうのは、立派な建物なんだ」

「へえ。どんな建造物なの?」

「超歩行型巨大戦闘兵器なんだ。普段は建造物の役割を果たしているんだが有事の際には変形して、敵と戦う。いわゆるロボットってヤツの一種だな」

「……お城とは違うの?」

「ああ、違う。城は人が住むために作られた住居的な役割を基本的に持つが、ロボットはあくまでも戦うために作られる。そういう意味では砦(とりで)の方が近いな」

「なるほど、ロボットは砦と同義なのね」


 ぶっちゃけ途中で嘘が露見すると思ったが、麻燐はすっかり信じ込んでいる。それどころか柚衣や二並達、女性に独虹まで真剣な表情で俺の話に耳を傾けていた。


「のう、その砦とロボットは何が違うのだ?」

「砦は拠点だが、ロボットは移動することもできるんだ」

「移動する建造物……だとっ!?」

 驚愕に目を見開く独虹。この世界には少なくともラピュ●は存在しないのだろうな。あれが存在すれば、ロボットがここまで衝撃を与えることもなかっただろう。

「ロボットは移動するが、その手段も豊富だ。歩行、飛行、水上を船のように――いや魚が泳ぐがごとく、水上でも水中でも自在に泳ぎ回れる機体だってある」

「……恐ろしい平気だな、ロボットというのは」

 ごくりと唾を飲み、額の汗を拭う独虹。

 やっぱりこの世界でも、戦場での勝敗が国を大きく左右するのだろう。


 ただ作り話を聞かせていたつもりが、意外にも情報収集として機能し始めている。嘘から出た誠に、新たな意味を付け加えてもいいかもしれない。


「そのロボットは、麻雀は打てますの?」

「ああ、打てるぞ。えっと……」

 ヒノモトの女王の質問に答えようとして、言葉に詰まった。

 きょとんとしていた彼女はやがて思い至ったのか、自身の胸に手を置いて言った。


「ああ、申し遅れました。わたくしの名はヤマトヒミコ。ヒノモトの女王をしております」

「……ヤマト、ヒミコ」

 めっちゃ聞き覚えのある名前だ。

「もしかして治めてる土地って、邪馬台国って名前だったりするか?」

「ちょっと違いますわ。ヒノモトの首都はヤマエドタイコクと言いますの」

「……やま、江戸……」

 混ざってるなあ、という感想を抱いた。


「それで、質問の答えはどうなんですの?」

「質問……ってああ、ロボットは麻雀を打てるのかってやつか」

「ええ。ぜひ、教えてください」

 目に知的好奇心の輝きを宿してぐいぐい迫ってくるヒミコ。……なんか距離が縮まるといい匂いがして、胸が高鳴ってくる。女の体になっても俺は変わらず、女の子に興奮してしまうタチらしい。百合っ子というわけか……。

「どうしたんですの、顔を真っ赤にされて」

「あ、いや。え、えっと、ロボットも麻雀は打てるんだ」

「まあ、本当ですの!?」

 ヒミコの声が弾む弾む。やっぱりこの世界の麻雀の位置づけは高そうだ。


「ああ。特に高性能な人工知能っていうのを積んだら強いな。いや、人工知能単体で麻雀に関しての知識は完結しているとも言える。確か最近だと、大手麻雀サイト――まあ、麻雀を打つ人が集まる場所だって考えてくれればいい――では、約六百万人中の八位まで上り詰めたぐらいだ」

「えっ、ええっ!? 人間を凌(しの)いでッ!?」

 麻燐が盛大に素っ頓狂な声を上げていた。相当ビックリしたらしい。


「人工知能ってのは、とにかくすごいんだ。まあ、この世界じゃ存在しないだろうけどな」

「そんなのがあったらぁん、世界のバランスが崩れちゃいそうねぇん」

「だろうな。ぶっちゃけ人間が転生するより、人工知能を一つ異世界に送った方がよっぽど役に立つまである」


「……ええとどういうことヨ?」

「あ、いや、なんでもない。それよりそろそろ、破邪麻雀を始めないか?」

「むっ、そうだな」

 独虹はそう言いながらも、チラチラと俺の方へ視線を向けてきていた。どうやらロボットの話をもっと聞きたいらしい。この世界のロボット人気は、なかなか目覚ましいものがあるようだ。


「……二並、お主が審判をやれ」

「はぁい、わかりましたぁ」

 独虹の命令をすんなりと受け入れる二並。あんな傲慢な言い方をされたら俺だったら反抗心を抱いてしまいそうだが、彼女はそう言うことはあまり気にしないタチなのだろう。


「お嬢サマはこっちで観戦ヨ」

「え、ええ……」


 客席には麻燐と天佳。麻燐は未だに心配げな視線を寄こしてきている。俺は心配するなという意を込めて胸をぽんと叩いた。膨らみが気になってあまり強くは叩けなかった。


「ふふふ、たのしみですわ。ねえ、柚衣?」

「……全力で行かせていただきますよ、女王様」

「ええ。わたくしも手加減しませんよ」

 ほどよく戦意を燃やしている二人。


 独虹はさすがに落ち着きを取り戻し、精神統一をするように目を閉じてじっとしていた。


「……陛下。そろそろ、開戦の宣言を」

「うむ」

 柚衣に進言され、彼は天に手を掲(かか)げ。


「开门(カイメン)ッ!」

 高らかに開幕の宣言をした。

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