二章16 『花龍と単龍』
赤門が出現してすぐ、ヒミコが独虹に言った。
「ねえ、独虹王。あの二つの役でも上がれるようにしてくださる?」
「むっ……、そうだったな」
独虹は手を掲げたまま、太い声で門に告げた。
「我想要(ウォー・シャン・ヤオ)、花龍和単龍(ファロン・フー・タンロン)」
聞き覚えのある単語が二つ。
もしやと思って柚衣に訊いた。
「なあ、この局では花龍と単龍も上がれるのか?」
「ええ。その二つの役の完成形は知ってますか?」
「ああ。花龍は1~3、4~6、7~9それぞれの順子(シュンツ)を三つの色で完成させる役だ。それを門前(メンゼン)単騎待ち、つまり雀頭(ジャントウ)を自摸(ツモ)か栄和(ロンホー)で揃(そろ)えて上がることができれば、単龍になる。だけどその雀頭が白(ハク)なら『白龍昇り』、發(ハツ)の場合は『草原走り』で無効になるって役だろう?」
「その通りです。そこまで知ってるのなら申す必要はないかもしれませんが、花龍は基本は2翻、食い下がり1翻。単龍は門前のみで6翻です」
どちらの役もローカルで、元の世界でも上がり役として公式戦では基本的に採用されていなかった。こちらの世界でもわざわざ申告しているということは、同じ扱いなのだろう。
単龍と花龍があるということは、川や鳴き牌から安牌を探すのがやや難しくなる。染めたり順子の数を偏(かたよ)らせなくても上がることができるからだ。
特に花龍が上がりやすそうだが、意外と落とし穴があったりする。
条件上必須の順子を鳴いて作る場合、二つ目までは比較的容易にそろえることができる。しかしそこまで晒(さら)してしまうと、三つ目に必要な牌を他の家が出し渋るようになる。となると必然的にカンチャンかペンチャン待ちの状態になる。スーワン、ウーワンとあっても花龍でしか上がれない手牌だとローワンを待つしかない。通常ならサンワンでも順子を作れるが、役のせいでペンチャンになってしまうのだ。
ゆえに考えなしに積極的に狙うと、厳しい状況に追い込まれかねない役である。
花龍は雀頭と必須順子が二つできていて、残り条件を鳴いて満たせて、かつ他に残り牌の多いリャンメン待ちの順子候補があるのなら、強い役になる。
単龍は七対子(チートイツ)の上位互換みたいなものだろうか。完成形に近いのならワンチャンに賭けて狙っていけるし、役の都合上多くの種類の牌を集めることができるから撤退戦にも長(た)けている。単騎待ちではあるが、立直(リーチ)をかけずとも高い打点を期待できる。ゆえに七対子の上位互換だと俺は思う。
両方とも一般的な役と比べてもかなり優秀で、公式戦が採用しないのもうなずける。ゆえにその役の愛好家がいてもさほど驚くことではない。
いつもより一層気を引き締めていかないとなと思いつつ、俺は柚衣とヒミコと合わせて「在我手里(ツー・ウ・ショウ・リー)!」と唱えた。
ひらりひらりと光る雪のように牌が舞い降りて場を作っていく。
白の状態の牌が、手牌の位置に落ちると同時にぼうっと絵や文字が浮かび上がってくる。
俺の手牌はまずまずといったそろい具合だった。点数をつけるなら五十……、四十五点ぐらいか。
萬子(マンズ)は4と、7~9の順子。筒子(ピンズ)は2~4の順子と、5、7の6の歯抜け順子。索子の6、8とこちらもカンチャン待ち状態だ。字牌(ツーパイ)は南と北。ドラはイーソウだからそれで打点を挙げるのは難しそうだ。
二向聴(リャンシャンテン)ではあるが、このまま真っ直ぐテンパイはしたくないなという形。この手牌だと索子の赤5とか来てから、ローピンが来て雀頭も作れて、スーソウ・チーソウのリャンメン待ちになってくれるのが理想形だ。南家だから重なってくれれば役牌での上がりも期待できる。
しかし忘れてはならないのが、これがただの麻雀ではなく破邪麻雀だということ。
できれば初手は筒子で守りを固めたかったが、この手牌で初手で筒子を切るのはちょっと無理な相談だ。
上家(カミチャ)は独虹、下家(シモチャ)は柚衣。対面(トイメン)にヒミコ。
親は独虹だ。
ところで懸念事項がもう一つ。
それは独虹のことだった。
ヤツのヘイトはおそらく俺に向けられている。ということは任意の攻撃できる牌を切ったら迷わずこちらを狙ってくる。
……もしもそれで他のヤツも乗じてきたら、絶望的だな。
暗澹たる思いを抱いた俺に、さらなる追い打ちが。
「ああ、忘れるところでした。九十九、|封呪の石(フォンチュー・チー・シー)を返していただけますか?」
「えっ、いっ、今か!?」
「はい、この場で今すぐ」
「で、でも……」
そうしたら、九種九牌の呪いにふたたびかかることになる。人生を左右するこの対局で大きなハンデを負うことになる。その状況下で強者に立ち向かうのは、蛮勇(ばんゆう)そのものだ。
「速(すみ)やかに、お願いします。他のお二方に待っていただいているので」
しかし元の持ち主がこうして返却を求めているのだから、断るわけにもいかない。
俺は押し寄せる不安をどうにか抑(おさ)えて、封呪の石を袖から取り出した。
思わず目を疑った。
その光る石の中に映っているのが以前見たチーソウではなく、孔雀が翼を広げたイーソウになっていたのだ。
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