二章14 『破邪麻雀、再び』

「ところで二並、お主はこやつの試験を行(おこな)っておったのだろう?」

 独虹の黒い毛が見える人差し指が俺を刺した。

「はぁい、おっしゃる通りですわぁん」

「それで、結果はどうだった?」

 なんかこう、鼻で笑う準備が整ったような訊き方だった。結果が結果だったら今頃ブチギレていたかもしれない。


 二並は彼女なりにかしこまった様子で言った。

「九十九さまのトップでございますわぁん」

「……なんだと?」

 瞠目に丸く開いた瞳がこちらを見やった。明らかにラス、よくて二位を予想してたって感じだ。


「間違いではないのか?」

「はぁい。まだ東風戦一回を打ったですけどぉ、それでもなかなか堂に入った打ち筋だったかとぉ」

「むむぅ……」


 独虹の目が矯(た)めつ眇(すが)めつ俺のことを見てくる。

 本来麻雀は東風戦一回きりでは実力を測(はか)るのが難しいから、てっきり『運だけの勝利だろう』と決めつけてくるかと思ったがそんな様子はない。どうやら二並は独虹からかなり信頼されているらしい。


 ヤツのさながら鑑定士のごとき様子を女性がくすくすと笑った。

「そんな眺め回したところで、麻雀の実力はわかりませんわよ。一度牌を交えてはいかがかかしら?」

「それもそうだな。よし、皆の者。表に出い」

 歩き出そうとする独虹を慌てて麻燐が呼び止める。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。麻雀ならここで打てるじゃない」

「誰が普通の麻雀を打つと言った?」


 独虹が振り向き、俺を見やってくる。

「お主、我が家に伝わる家宝(チャーポー)――黎明(リィー・ミィン)を使うことができるのだろう?」


 俺は帯に挟んでいた扇子を取り出した。

 確か地紙(じがみ)に富士山の描かれたこれのことだったはずだ。


「……ああ。使えるが?」

「ならば、問題なかろう」

「でっ、でも九十九はまだ破邪麻雀を最後まで打ち通したこともないのよ?」

「実力なき者は、水青家の客人としてふさわしくない。それに――」

 独虹は一層目つきを険しくして、麻燐の顔を見据(みす)えた。


「吾輩はまだお主の犯した罪(・)を許した覚えはないぞ」

 ビクッと体を震わせる麻燐。彼女の顔から一瞬で血の気が引いていく。

「だ、だって、よくわかんないヤツの、嫁になんて……」

「九尾様の嫁になることは、光栄なことなのだ。それを理解できん者の言うことなどに吾輩は耳を傾けるつもりはない」

 取り付く島もないって感じだ。麻燐は唇をぎゅっと噛んで俯いてしまう。


 ふつふつと、胸の内で何か熱いものが込み上げてきていた。

「なあ、独虹」

「……なんだ?」

 いかにも怒髪天寸前という強面(こわもて)に俺は問うた。

「もしも俺が破邪麻雀でお前に勝ったら、一つ頼みを聞いちゃくれないか?」

「……なんだ、その頼みというのは?」

 怪訝(けげん)そうに問う独虹に、固い意志を込めた声で。

「麻燐をその九尾の花嫁とやらから――解放しやがれ」

 命令(・・)してやった。


 いよいよ独虹の顔が真っ赤になり。

「……無礼者めっ、この国のことを何もわかっていないよそ者風情がッ!」

「わかってねえのはお前の方だよっ、この盲目オヤジがッ!!」

 ヤツが僅かに身じろぎし、たじろいだ。

 すかさず俺は畳みかける。

「麻燐がどんな思いをしているか――何に苦しんでるのか、そんなこともわかってねえくせに何が王だ、何が父だッ!! お前は民どころか、自分の娘一人すら幸せにできてねえじゃねえかッ!!」

 人差し指を突きつけ、最後に言い放った。

「お前は――父親失格だッッッ!!!!!!」


 独虹の握りしめた拳がぷるぷると震える。

「おのれ……許さん、許さんぞ」

「へ、陛下……?」

 恐る恐る問いかける柚衣の声も聞こえていないようで、ヤツは憤怒に萌えた眼(まなこ)を一直線に俺に向けていた。


「数々の愚弄(ぐろう)、必ずや後悔させてくれるわ」

「面白い。やれるもんならやってみろよ」


 バチバチとぶつかった視線が火花を散らす。

 周囲の誰もがおろおろしている中。ただ一人、のんびりと事態を見守っていた女性がふいに手を上げて言った。

「その対局、わたくしも混ぜていただけませんか?」

「……お主がか?」

 独虹の問いにゆるりと女性はうなずく。

「ええ。こんな面白そうな対局、傍から見ているだけなどもったいないじゃないですか」

「吾輩は構わんが」

 じろっと独虹の目を受けた俺も、すぐに答えた。

「俺もいいぞ。倒す相手が一人から二人に増えただけだ」

「まあ、血気盛んですこと。お手柔らかにお願いしますわ」


 こうして俺と独虹の対決は、女性も交えて三麻となった。


 さらに独虹は。

「団長、お主も参戦しろ」

「はっ……、陛下の命令とあらばこの柚衣、対局の一席を承(うけたまわ)ります」

 深々と頭を下げた後、柚衣は念を入れるように独虹に訊いた。

「しかし私は本気の対局とあらば、たとえ陛下が相手でも手を抜けないと思われますが」

「構わん。吾輩をも倒す覚悟でかかってこい」

「御意(ぎょい)に」

 柚衣の顔が獲物を前にした時の肉食獣のそれになる。アイツは確か破邪麻雀の魔法っぽいのも強かった記憶がある。なかなか厄介なことになりそうだ。


 かくして俺にとって三度目の破邪麻雀が行われることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る