二章13 『王と女王』
対局が終わってすぐ、広間の扉が開かれた。
見やると麻燐に柚衣、それに見覚えのない二人の人物がこちらへやってきていた。
どちらも大層豪奢な身なりで、権力者なのだろうなと一目で察しがついた。
一人は厳格そうな老夫。髪をオールバックにして鼻の下と唇の下、顎の三ヶ所に整えた形の髭をたくわえている。ギョロっとした目つきで、視線を向けられるとそこが痛みを訴(うった)えてきそうだ。そこには何かしら質量が込められている気がする。
いかにも王族といった格好をしている。着物はずっしりと重そうな着物。相当着込んでいるのか、服装だけでシルエットが一回りも二回りも大きくなっていそうだ。
もう一人は背がすらっとした美しい女性。二十代ぐらいだろうか。
薄く軽そうな生地の上着と気持ち袴に似せたロングスカートを穿いている。かなり動きやすそうだし着心地も悪くなさそうだ。
老夫は俺を見やった途端、表情をより一層険しいものに変えた。超怖い。
近づいてきた彼は、重々しく口を開いた。
「お主が九十九殿か?」
「あ、ああ」
ぴきりと地割れのような形の青筋が老夫の額に浮かぶ。くすくすと女性が笑った。
額に手を当てた麻燐がため息混じりに言う。
「……九十九、頼むから敬語を使いなさいよ」
「それ、命令にも聞こえるんだが」
「どっちだっていいわよ。っていうか、見れば偉い人だってことぐらいわかったでしょうに。大体――」
「よい」
老夫が言い募ろうとする麻燐を手で制す。
表情は『よい』どころか噴火五秒前って感じだが……。
「吾輩(わがはい)の身分を察することができなかったのだろう。身なりだけは整えてもやはり庶民ということか」
この世界にも皮肉はあるようだ。
カッチーンと頭に来たが、相手は権力者だ。逆らって得することはないだろう。
「……あはは、申し訳ありません。何分(なにぶん)、無知なものでして」
そう言って頬を掻いた。頭に手が伸びかけたが、そっちはさすがにはしたないかなというのと、頭を掻いたら髪を痛めないかなと心配になって思い留まった。頬を掻くのだって肌を傷つけないかとちょっと不安だった。女の子の体は繊細(せんさい)なのだという思い込みがあるせいか。当分は少し窮屈かもしれないな。
「自覚があるのはよいことであるな」
尊大と極太の文字で書きたくなる態度でヤツは言った。
「今後は気を付けることだ」
「ええ、そりゃもちろん」
頬が引きつってそうだが、大丈夫だろうか。まあ、ひとまずはあのおっさんの溜飲(りゅういん)は下がったようだしよしとする。
「……九十九。この人はあたしの父上よ」
「うむ。水青 独虹(シューチィ・ドゥホン)と申す」
いかにも『頭(ず)が高い』と言いたげな目で見てきて落ち着かない。口を開けばさらにその空気感は増して、息苦しささえ感じた。
俺はとりあえずは名乗られた以上は自分も応(こた)えねばと愛想(あいそ)笑いを浮かべて自己紹介した。
「あ、わたしは……」
「よい。全ては聞いた」
名乗る前に遮られ、俺は中途半端に口を開いた間抜けな格好で一瞬静止した。
――事情はどうあれ、相手が名乗ろうとしたらひとまずは最後まで聞くのが礼儀ではなかろうか?
そう目で麻燐に訴えると、彼女は軽く鼻息を吐いて独虹に見られていないのを確認してからかぶりを振って肩を竦めた。我慢しろということらしい。
麻燐もあまり性格のいい方じゃないが、このおっさんはそれに輪をかけたような酷さだ。
まあ、この際おっさんの横暴さには目をつむろう。
それよりもだ。
俺は美しい女性の方を見やった。
彼女は俺の視線に気付くと微笑を湛(たた)えて小首を傾げた。長い栗色のポニーテールがさらりと揺れる。
可愛い、キレイ、ステキ。
その三字の賛辞を反射的に口にしてしまいそうになる。
「……お主、女王に失礼であるぞ」
「えっ、じょっ、女王!?」
俺はビックリして女性をまじまじと観察してしまった。
麻燐よりかは年上に見えるが、独虹とは祖父と孫ぐらいには年が離れていそうだ。
「……失礼ですが、ええと、陛下?」
「なんだ?」
「お年はその、いくつぐらいでしょうか?」
「それを知ってどうする?」
いちいち面倒なヤツだな……。
「何か言ったか?」
「いっ、いえ。その、純粋な知的好奇心といいますか、なんといいますか」
「……まあ、よい」
口癖なんだろうなあ、と薄々理解してきた二字を口にする独虹。ただきっと、言葉通りの感情は抱いてないだろうけど。
「今年で65だ」
「数えだから、64ね」
「へえ。見た目よりもずいぶんお若いですね」
マジかよ。40近く離れてそうなのに……。
こういうのもロリコンの一種なのだろうか?
いやまあ、文化が違えばこういうのも普通のことなのかもしれないが……。
じっと俺のことを凝視していた独虹が不機嫌そうな口調で言った。
「どうやらお主は、思い違いをしているようだ」
「な、なんのことでしょう!?」
さっきからコイツ、人の心を読んできてないか?
柚衣みたいに特殊な能力を使っている気配もないのに。
「この方はヒノモトの女王であり、吾輩の妻ではない」
「あ、なんだ、そうだったんですか」
少しほっとして思わずぽろっと言葉が出てしまった。
途端に独虹からギロッと睨まれる。
口を慌てて押さえたが、もう後の祭りである。
冗談が通じず、侮辱や屈辱は決して許さず、いかなる方法でもそれ等を与えてきた者には自身の思う相応の仕返しをする。
独虹は多分、そんなヤツだ。
機嫌を損ねぬよう、一瞬たりとも気が抜けない。
あー……、早くバイバイしたい。
女王は俺の方を見やり、口元に緩やかな曲線を描き
「本当に面白い殿方ですこと。それに」
ちらと雀卓を見やって。
「――あなた様の雀風も」
くすりと、上品ながらもそれ以上の意味合いが潜んでいるような笑みを零した。
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