二章6 『栄光の剣』
対局は進み、十巡目。
俺の手牌は形になりつつあったが、かなり遅れがちだった。
筒子(ピンズ)は6、7が一枚ずつ、8が二枚。索子(ソーズ)は3、8が二枚ずつで4、6、9が一枚ずつ、發が二枚。
二向聴(リャンシャンテン)だ。
北は二枚抜いている。上がればドラ2が確定するが……。
やっぱり無理しないで降りの準備を進めておけばよかったと後悔が押し寄せてくる。
幸い、親の天佳への安全牌はパーソウが二枚あるが、二並にはローソウしかない。ただ捨て牌は中しか被っていないから、どうしようもなかったといえばそうだが……。
もうダマテンすら警戒する頃合いだ。俺は引いたばかりのイーワンを捨てた。
上がれる気配もないし、ここからは防衛線だ。なんとしても直撃は避けねば……。
天佳はチューピンを切った。川には筒子が並んでいる。索子はイーソウだけだ。おそらく染めているのだろう。俺の川にも筒子が並んでいるから、もしかしたら他の二人に同じことを思われているかもしれない。
ただ彼女は白を鳴いている。どんな形でも強引に上がれるし、注意が必要だ。
一方の二並の川にも筒子が並んでいる。こちらも索子はイーソウだけだ。やはり索子染めだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
彼女は手牌の一枚を振り上げ、川の最後尾に真横に勢いよく牌を打ち付け。
「立直(リーチ)!」
テンパイを公言してきた。
それすなわち、『絶対に上がってやるからな』と鞘の刀の柄に手をかけているに等しい。
たとえ手牌がなまくらだったとしても、裏ドラ次第では名刀に化ける可能性がある。その真価は立直をかけた者にすらわからない。
緊張に間隔を失っていく手を握り開きしながら気持ちを落ち着ける。
切られた牌はサンピン。安全牌ではない。
他の捨て牌は南が二枚、西、中、イーソウが一枚ずつ、筒子の5~7が一枚ずつだ。
「ふふっ、柚衣ちゃんの前だものぉ。いいところを見せないとねぇん」
「……天佳、九十九。絶対に振り込んではなりませんよ」
なんか別のところからもプレッシャーが……。まあ、それは無視しよう。
索子染めを警戒しつつ、筒子の切られていない牌を警戒していくべきか。
方針を決めて、次の牌を引いた。
チューソウ……。
言わずもがな、危険牌だ。これを今切るのは奈落の底に自ら飛び込むに等しい。
俺は安牌(アンパイ)のローピンを川に打った。
天佳は続けてリャンピン切り。もしも彼女が本当に索子で手作りしているのなら、安牌を捨てつつ手を進められるのだから、羨ましい。
二並はウーピンを切ってきた。できれば索子の安牌を知りたかったんだが……。
次にツモってきたのはチューワン。即切りだ。やっぱり最初、チューワンを確保しておくべきだったなと後悔。どんな状況でも、どんなに悪い手牌でも上がりを目指してしまうのが俺の悪いクセかもしれない。
天佳は中をツモ切る。
二並の川に二枚目のローピンが並ぶ。今回の雀卓を支配する運命は、安易に安全牌を教える気はないらしい。
が、勝利の女神は俺を見放さなかったらしい。
ここで俺はチーピンを引いてきた。
七対子、テンパイ。
余ったのは危険牌の、スーソウとローソウ。
……普通なら、ここは降りだ。
索子染めの疑惑がある相手が二人いる中で、危険牌を捨てるのは無謀が過ぎる。
でも。
せっかく来たチャンスを捨てることは――俺にはできない。
この一戦は、俺の人生を大きく左右する。
そこで与えられた選択肢が戦うか、逃げるかだ。
分が悪かったとして俺は、逃げない。
同じ後悔をするなら、戦ってくたばる方を選ぶ!
千点棒を取り出す。それを放り投げ。
「立直だッ!」
挑戦状――ローソウを二人に叩き付ける。
点棒は机上で何度か跳ねた後、ぱたりと横に倒れた。
場が十二月の湖のように凍りつく。
驚きに目を見開いていた二並の目はきゅっと細められる。
「へぇ、索子を……」
どうやら、彼女に対しては通ったらしい。
後は天佳だが――
「それ、もらいヨ」
クソッ、やっぱり当たったか――?
彼女の手がローソウに伸び、かっさらい。
自分の牌を二枚倒し。
「ポンヨ!」
どうやら一命はとりとめたようだった。
ほっと胸を撫で下ろす。とりあえず前哨戦は突破できた。
あとはスーソウを鳴けるかどうかだが――。
場には一枚も切られていない。
この筒子が川に氾濫(はんらん)している状況下だ。他家をアテにすることはできないだろう。
となれば、自分で引くしかない。
立直をかけた以上、手代わりはもうできない。後は天運頼みだ。
抜きドラは全員がしており、点棒は二本出されている。
天佳は二副露。
かなりの荒れ模様だ。
誰が上がってもおかしくなく、高めの気配が全員から発されている。
緊迫した空気が場を占めていた。
天佳は悩む様子を見せずに西を捨てた。
おそらく彼女がテンパイしていたら、もうこの状況下で降りることは許されない。手牌は
十中八九、危険牌の索子で染まっているからだ。
二並は言わずもがな立直している。危険牌が来ようとも、切るしかない。
それは俺も同じだ。
リャンピンが捨てられる。俺と天佳はちらりと見ただけで目を逸らす。
どちらも筒子には興味なし、といった感じだ。
破邪麻雀においては、索子は剣。筒子は光円、あらゆる攻撃を受け止める盾だ。
なるほど、決戦の場にはふさわしい組み合わせだ。
俺達は淡々と山を崩し牌を切り捨てる。
――栄光の剣を求めて。
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