二章5 『仕切り直し』

「槍槓(チャンカン)、混老頭(ホンロウトウ)、七対子(チートイツ)で5翻25符の8000点だ!」




 槍槓とは相手のカンの牌が上がり牌だった場合に和了(ホーラ)と同様に上がることができるというものであり、かつ槍槓という一翻役も付く。

 これは役満である四暗刻とほぼ同等の確率でしか上がれない、極めて稀(まれ)な役だ。


 特に4人麻雀では誰かが自分の上がり牌で加槓(カカン)――ポンによってできる明刻子(ミンコーツ)に手牌から一枚加えて槓子(カンツ)にすること――してくれなければ成立しない。

 偶然自分の上がり牌を誰かがポンしてくれていて、さらに偶然その人が同じ牌を引いてきて、なおかつそれをカンする気になってくれて、ようやく槍槓で上がれる。

 そんな限りなく低い可能性の偶然が三つ重ならなければ、この役に辿り着けない。

 約0、05%――これが槍槓の出現割合である。


 上級者同士の対局になると、むやみやたらにカンをしてくれなくなるので槍槓はより困難になる。

 カンというのは自分の手を進めてドラを増やせるメリットがある。しかしそれは諸刃の剣であり、他家に上がられるとその相手の点数が高くなってしまう恐れがある。負けていて点数が必要な状況でもない限り、カンをすることはほぼない。


 しかし三人麻雀だと、北(ペー)がある。

 北は上がり牌に使うこと自体が珍しい。

 北は抜きドラにすればカンと違って確実に点数が高くなり、かつ手も進みやすくなる。

 ゆえに手牌に組み込むなど普通は考えない。


 だからこういった狙い撃ちもやろうと思えばできる、というわけだ。




 場がしんと静まり返っている。

 まあ、当然だろう。予期せぬ形で和了(あが)られたのだから。


 俺が鼻高々に点棒を待っていると、背後からため息が聞こえた。

「……うっかりしてたわ」

 麻燐だった。

「うっかりって、どういうことだよ?」

「ルール説明をよ。この国では北した牌は槍槓できないの」

「ま、マジで……?」

「ええ。初めにちゃんと説明しておくべきだったわ。ごめんなさい」

「い、いや。俺の方こそ、もっとしっかり確認しておくべきだった。こりゃ、チョンボだな」


「その必要、ないネ」

 天佳はパチパチと手を叩いて言った。

「北の槍槓、お見事ヨ! そんな華麗な和了されたら、完敗ネ。点棒、ちゃんと払うヨ」

「いや、いいって。だってルール違反なんだから……」


「ならば、いまの局は無効ということでどうでしょう」

 柚衣が割って入ってきて言った。

「改めてルールを確認して、再度東一局の最初から始めるんです」

「俺はそれで構わないぞ」

「天佳もネ」


 残る二並は柚衣に両手を広げて接近し、抱擁しようとするも。

「柚衣の提案だものぉ、異論なんてあるはずないわぁ」

「くっつかないでください、暑苦しい」

 ひらりと躱(かわ)されていた。ついでに中国刀を振るっていたが、その反撃を二並は見もせずに回避する。

「……なあ、アイツ等って命を介さないとスキンシップできないのか?」

「好きでやってるんでしょ。放っておきなさい」

「んなわけないでしょうがッ!」

 ブチギレていた柚衣はいつの間にか二並に捕まり、引きはがそうと悪戦苦闘していた。

 人に好かれるのも大変なんだなあと、その光景を見てしみじみと思った。




 仕切り直して、東一局。

 配牌は終わり、親は変わらず天佳。俺は西家(シャーチャ)、二並は南家(ナンチャ)だ。


 今回は九種九牌ではなく、ごく普通の手牌だ。それだけでなんかほっとする。

 チューワンが1枚、筒子(ピンズ)は1、3、6、8、9で、索子(ソーズ)は3が二枚で4、8、9が一枚ずつ、字牌(ツーパイ)は北と發。


 悪くはない、及第点といったところか。この手牌なら素直に順子(シュンツ)と雀頭(ジャントウ)をそろえてダマの平和(ピンフ)か、立直で上がるのがいいだろう。

 危なくなったらすぐ降りる。安全牌の確保もしておいた方がいいかもしれない。

 今回は北は普通に抜きドラにして手を進めた方がよさそうだ。


 親の手が動く、一手目はどう来るか。

「北ヨ!」

 またか一発目の北か。なんか運がいいヤツだ。まあ俺も前回やろうと思ったらできたわけだし、今回も手牌に北があるから人のことはとやかく言えないが。

 天佳の最初の捨て牌はイーワンだ。


 二並も北からの西。

 奇(く)しくもさっきと同じ流れになっている。

 しかし俺の手牌はまったくさっきと違う。

 試合の流れはここから大きく変わっていくだろう。


 俺の最初のツモはパーソウだった。

 何か考える前に、とりあえず北をしておく。二枚目のツモは中。

 この手牌だと、使い道のなさそうなチューワンから捨てるべきだ。


 牌を切って二人の様子を窺ってみた、彼女達はちらっと俺の捨て牌を見ただけでたいして興味を抱いている様子はない。チューワンは他所(よそ)にないのか、それともポーカーフェイスか。

 考えながらも天佳達の第二の捨て牌を眺める。

 天佳はまたもやイーワン、二並は中だ。


 俺の手牌にある中は役牌の一枚切れとなった。

 雀士達の間では取っておくかどうか意見が分かれるところだろう。

 ただ俺は一枚だけ残しておくと後々上がれそうになった時に、それが危険牌になっていて捨てるのを躊躇(ためら)ってしまうのがのがイヤなので、先に処理したい派だ。

 後半の役牌は当たる、というジンクスを持っているがゆえ。


 しかし次にツモってきたのはチューワンである。

 お前……、さっき捨てただろうが。

 内心で深々とため息を吐いてそれを切った。さすがに今回は中は残しておく。半安牌でありかつ、雀頭やあわよくば刻子(コーツ)になるかもしれないからだ。

 なかなか思い通りに行かないのが麻雀というゲームだ。よくも悪くも。

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