二章4 『九種九牌を上がれ』

「……あんな恋の病が重症化したヤツに、麻雀なんて打てるのか?」

「あららぁ、失礼な子ねぇ。この酒好 二並(チュウハオ アルビン)、そんじょそこらの雑草雀士には負けないわよぉ」

「天佳は或梨 天佳(フゥリィ ティンチャ)って言うヨ。ヨロシクアルネ!」


 柚衣は忌々(いまいま)しそうに二並を見やって言った。

「あんなふざけたヤツですけど、麻雀の腕だけは確かですよ」

「だけじゃないわよお。料理の腕だって世界一なんだからぁ」

「……訂正しましょう。麻雀と毒薬を作る腕だけは、なかなかのものです」

 どうやら相当マズイらしい。


「んもぉ、柚衣お姉さまは相変わらずイケずねえ」

「……ねえ、柚衣サン。天佳の麻雀の腕はどうなのネ? 天佳、結構自身あるアルヨ」

 尋ねられた柚衣は僅かに目線を逸らし。

「まあ、その。将来性は、あると思いますよ?」

「そうカ! 天佳は将来ユーボーネ!」

 どうやら、お察し程度の腕前らしい。


 麻燐は二人を交互に見やって言った。

「ねえ、二人共。この子……九十九が水青家の客人としてふさわしいか試験してほしいんだけど、頼めるかしら?」

「イヤヨ」

 バッサリ断られてるし。

「えっ、ちょっ、なんでよ!?」

「ウソウソ、冗談ヨ」

「んもぉ、天佳チャンったらあ」

 笑い合う二人に、疲れた表情の麻燐。なんか普段から色々と苦労してそうだな……。

「まったくもう……」

「試験はいつも通り、三麻でヨロシ?」

「ええ。本当、お願いね」

「ふふっ、コテンパンにしちゃうわよぉ」

 俺を見やり、チロリと舌で唇を舐める二並。なかなか厄介そうな相手だ……精神的に。




 雀卓の前に天佳、二並、俺――順に東家(トンチャ)、南家(ナンチャ)、西家(シャーチャ)――の三人が座る。

 いよいよ試験が始まる。




 洗牌や配牌の際にも思ったが、心なしか男の時よりも牌が手に馴染んでいる気がした。

 おそらく少女になったことで指が細く変化し、以前より小さいものを扱(あつか)いやすくなったからだろう。

 箸は持ち代(しろ)は太いが、先に行くほどに細くなっていく。それと同じ理屈だ。

 少し器用になった気分。男の時よりも、牌に触れるのが楽しい。

 もっと麻雀を好きになれそうな気がして、鼻歌さえ出てきそうになった。まあ、試験という場だから我慢したが。


 ルールは三人麻雀、東風戦。食いタンあり、赤ドラアリ、北は抜きドラ。

 東風戦とは、親が一周するだけの短めの対局である。

「東風戦一回で、相手の腕がわかんのか?」

「見えるものもありますよ」

 ぼうと柚衣の目に筒子の円が浮かぶ。

 ……この世界にいるヤツが普通じゃないことを、俺は思い出した。




 配牌が終わり、全員の前に各々(おのおの)の手牌がそろう。

 ドラはパーソウだ。


 封印の石は今も手元にある。そこに書かれているのがパーソウからチーソウに変わっていたが、まあほんのり光っている以上、効果は切れてないはずだ。

 なのに、手牌が……。

 萬子の1と9、筒子の1、索子の9に、東、南、北、中、發とぴったり九種九牌なのはいかがなものだろうか……。

 抗議の視線をこっそり背後の柚衣に送るが、彼女はさりげなく肩を竦めるだけだった。


 ただまあ、今回ばかりは九種九牌はそこまで悪くない。

 三麻には萬子の2~8がなく、四人麻雀に比べて么九牌(ヤオチューハイ)の絡んだ役を作りやすいからだ。

 残りの三枚はウーピン、パーピン、ローソウ。


 命がかかった破邪麻雀とは違って、今回はごく普通の麻雀だ。

 しかし俺の今後の人生を左右しかねる、重要な一戦である。慎重にならねばならない。

 この一局目は上がることは諦めて、オリも考えた方がいいかもしれない。


 降りる場合には、親の捨て牌を見て立直(リーチ)や副露(フーロ)をされる前に多く安全牌を確保しておくのが重要である。


 さて、親である天佳の初手は……。

「北(ペー)ヨ!」

 いきなり抜きドラが来たか……。


 三人麻雀では北を通常の川とは別に捨てることで、ドラを一翻増やすことができる。しかもまた一枚ツモることができるので、手牌を加速させられる。かてて加えて北を抜いてもダブリーがかけられなくなること以外のデメリットはない。

 北をしても立直はかけられる。牌をさらに一枚引ける。おまけにドラが増える。いいことづくめだ。


 天佳が二回目のツモをした後に捨てたのは、イーワンだった。まあ、普通は萬子の浮き牌から捨てるよな。


 二並は西を川に置いた。オタ風を最初に切るのも定石だ。


 俺がツモってきたのは南だった。

 これは……、国士いけるか?

 となれば、北は温存すべきか。役満に必要なパーツだからな。

 僅かばかりの期待を込めて、パーピンを切った。


 それから二回目のツモで東を引きローソウを捨て、三回目のツモで萬子の1を手牌に加えてウーピンを川に流した。


 ……これはチャンタか混老頭(ホンロウトウ)。それにアレも加わる可能性があるな。

 高めの手を予感した途端、心なしか牌が輝いて見えた。

 この状況で北を切るかどうかだが……まあ、まだ温存しておこう。

 もしかしたら面白い上がり方ができるかもしれない。


 さらに対局は進んでいき、俺はあの壊滅的な手牌からテンパイにこぎつけることができた。

 イーワン、チューワン、チューソウ、東、南、中の全てが二枚、そして北とリャンソウが一枚ずつ。

 北はすでに二枚切られているが、リャンソウはすでに天佳が二枚、二並が一枚捨てている。安牌で死に牌だ。いざという時のために取っておいたが、正解だったようだ。

 ここからは地獄単騎、しかも一枚きりの牌を待つことになる。

 まあ、今は誰も立直をかけてないし副露(フーロ)してないからいいが、もしそうなったら素直に北をしよう。


 俺がリャンソウを捨ててすぐ、天佳が次の牌をツモる。

 途端、彼女の目がキランと光った気がした。


 しまった、まさかダマで自摸(ツモ)ったか……!?


 俺が冷や汗を背中に感じた直後。

 天佳は牌を卓に打ち。

「北ヨ!」

 と高らかに宣言した。


 彼女はルール通りさらに一枚ツモろうとするが、その必要はなし。


 俺は鼻息荒く手牌を倒して。

「ロン!」

 天佳よりも一層高らかに、自身の和了を告げた。

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