二章3 『身軽な少女の重い愛』
麻燐に連れてこられたのは、呆れるぐらいに雀卓が並ぶ大広間だった。
縦横を揃えて整然と並んでいるから、上空から見下ろせば掛け算を使って数を割り出せそうだ。入り口から見た感じだと、ざっと50以上はありそうだ。
誰もいないから空間の隅々まで見渡せて、より雀卓の数が多く感じる。
かてて加えてここにある雀卓はどれも隅々まで金で覆われたり複雑な龍の彫り物とかされていて、ものすごく値が張りそうだった。
「……こんなに凝った装飾の雀卓が並んでるの、初めて見たぞ」
「ここなんてまだ少ない方よ。王族の方が住まう宮殿なんか、これの十倍はあるわ」
「じゅっ、十倍!?」
頭の中で計算してみる。
一台で四人対戦できるから、4×50×10で……。
少なく見積もって、二千人もは入れるぐらい、王族は広い部屋を持っているようだ。
「うーわぁ……、住む世界違うなあ」
「本当にね。でもあたしは大勢で対局するより、少人数で静かに打つ方が好きだけど」
「へえ。俺は別にどっちでもいいかな、麻雀打てるなら」
「そう。まあ、あんたの好みこそどっちでもいいわ」
「……なら最初からお前の好みを語るなよ」
「独り言よ。拾ったあんたが悪いの」
究極的なまでの自己中心さに多少辟易(へきえき)しながらも、命の恩人だからと自分に言い聞かせて怒りを鎮(しず)める。
「それで、どうして麻雀の試験を受けさせられるんだ?」
麻燐は足を止めてくるりとこちらを振り向いて言った。
「水青家は、基本的にある程度麻雀の腕がある人しか、家に入れないのよ。客人でもね」
「……なんでだ?」
「麻雀の名家だからよ。水青家の血を継いでいる者は誰もが国の誇る雀士になるよう幼い頃から育てられ、また使用人も麻雀の強さを求められる。ゆえに弱者を入れることは恥でありそんなヤツがいるなら家から叩き出せ、ってこと」
「無茶苦茶だな……。もしかして医者を選ぶ時も医療の腕よりも、まずは麻雀が強いかどうかを見るのか?」
「さすがに命がかかわる時は、医療の技術を優先するけどね。でも我が国の医者は普通に麻雀の腕もあるわよ」
「狂った世界だなあ……」
「そうかしら? あたしは普通だと思うけど」
「そりゃお前はここで生まれ育ったからなあ」
柚衣が真面目な面持ちで話に割って入って、訊いてきた。
「……九十九、貴様はどうするのですか? 試験を受ける意思は、あるんですか?」
俺は悩むことなく即答した。
「そりゃまあ、受けるさ。麻雀が打てるなら大歓迎だ」
「ふふっ、いいわね。そういう好戦的な雀士は、その、す、すっ……」
余裕ぶった雰囲気から急にもじもじした態度になる麻燐。
「……麻燐ってもしかして、情緒不安定?」
「うっ、うっさいわね! 舌かんじゃっただけよッ!!」
ああ……、もしかしなくてもそうだった。
「とっ、とにかく試験は受けるのよね!?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、試験を始めようかしら。といっても、あたしは打っちゃダメな習わしだし、誰を判定者にしようかしら……」
「話は聞かせてもらったヨ!」
「あーんっ、柚衣お姉さま~っ!!」
二つの声が頭上から聞こえてきた。
なんぞやと見上げると、二人の女の子が落下してきていた。
一人は襦褲(じゅこ)を着た活発そうな女の子。身だしなみとかあまり気にしていなさそうで、あまりこの大広間にはそぐわなさそうだった。
もう一人はフリルがいっぱいついたチャイナドレスという民族衣装の概念を真っ向からぶち壊しにかかったような格好をした、目をハートにした少女。視線は柚衣一人を完全にロックオンしていた。
柚衣は瞬時に鞘から中国刀を引き抜き、少女目掛けて突きをかました。
血しぶきを覚悟したが、そうはならなかった。
少女は宙でくるりと回転し、シューズのつま先で難なく切っ先の上に着地した。
その後ろで女の子が地面に軽やかに降り立っていたが、関心は完全に少女の方へと向けられていた。
「か、軽業師……?」
「違います、単なる変態ですよ」
と言うやいなや柚衣はどこからか取り出したナイフを少女に向かって素早く投擲(とうてき)。しかしその攻撃も少女は後方へと跳んで回避した。
ふわりと一人無重力空間にいるかのような落下速度で地面に降り立つ。
「柚衣サンは相変わらず照屋さんネ。ラブの一つや二つ、素直に受け取るがよろしいヨ」
女の子の言葉に少女は大きくうなずいて言う。
「そうよそうよ、あちしのハートを受けてズッキューンして、二人で愛の逃避行でハネムーンしましょうよぉ」
「……すみませんお嬢、頭痛がしてきたので部屋の戻ってよろしいでしょうか」
「ダメよ。せっかく餌に魚が食いついてきたんだから、せめて試験が終わるまではここにいなさい」
「……お嬢はなかなか人使いが荒いですね」
「そんなヤツをわざわざ連れ戻したあんたは物好きよね」
互いに睨み合った後、ほぼ同時に相好を崩した。仲が悪いわけではなさそうだ。
「ちょっとちょっとー。あちしを無視して、二人でランデブーしないでよぉ」
「……なあ、もしかしてあの頭のネジが飛んだヤツが試験官だなんて言わないよな?」
「察しがいいわね」
麻燐はふふっ、と愉快そうに笑い、どこぞから取り出した扇子で指して言った。
「九十九の試験の相手は、あの二人よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます