二章2 『女体化のワケ』
「貴様はお嬢の攻撃を受け、瀕死の状態にありました」
「攻撃って、あの光線か?」
「はい。本来なら塵一つ残らぬはずでしたが、お嬢が事前に召喚していた式神が庇ったことにより威力が抑えられ、九死に一生を得ました」
本当なら今頃死んでいた。
その事実に背筋に冷や汗を感じた。
「助かったものの体はボロボロで、普通の治癒術では到底治しきれぬ状態でした」
「医療班も全力は尽くしたんだけど、延命が精いっぱいだったものね」
「……まさか振り込みミスで死を招く日が来るとは、思わなかったぞ」
「立直(リーチ)が来た時点で一枚も切れてない三元牌を安易(あんい)に捨てるのは、失策どころか問題外だと思いますけどね」
「いやでも、あんな高めだとは思わないだろ普通!?」
「ドラのイーピンが一枚も切れてないんだから、警戒はすべきだったと思うけど?」
「だっ、だけど破邪麻雀とか全然やったことなかったんだよ! なんなんだよ、捨て牌で異能力が使えるって!?」
「言い訳は雀士として見苦しいですよ」
「ぬぐぐ……」
痛いところを突かれ、俺は苦渋の思いで口をつぐんだ。
柚衣は涼しい顔で先を続ける。
「ともかく、現代の我が国の医療では救う手立てがないことが判明しました。他国に協力を仰ぐには王族の許しが必要ですし、その手続きをしている間にも貴様の命の灯火は消えてしまうかもしれない。私としてはそれでもよかったのですが……」
柚衣がちらりと麻燐を見やると、彼女は顔を赤くして。
「そっ、そんなの許されるわけないでしょっ! 恩人を殺したなんて不名誉を被(こうむ)るのはごめんよッ!!」
「とお嬢がおっしゃるので、仕方なく別の手立てを考えることにしました」
「……お前さ、歯に衣を着せる術(すべ)を身に着けた方がいいと思うぞ?」
「口先の上手さを競う趣味はありません」
「だろうなあ……」
主人っぽい麻燐にも遠慮とかなさそうだし。
俺の冷ややかな目も気にせず、柚衣は話を進めていく。
「風水や陰陽術など様々な分野を調べ尽くした結果、禁術にて瀕死の体にも利く霊薬を作れることがわかりました。素材もちょうど一人分あり、練達(れんたつ)の薬師もいる。薬の制作自体には問題はなかったのですが……」
「どうしたんだよ?」
「使用方法と副作用が、私達を躊躇(ちゅうちょ)させたのです」
「副作用ってのは、この女体化だろ?」
「はい。正しくは性転換ですので、女性の方が使ったら男性になります」
「なんでそんな副作用が……?」
「さあ」
あっさりと「どうでもいい」という感じで言ってのける柚衣。なんか無駄に長い耳を隠すような横髪を思い切り引っ張ってやろうかと思ったが、ぐっと堪(こら)える。今の俺は女子で身体的にもわけのわからない力でも劣る。勝てない相手にはケンカを売らないのが利口だというのは、現実も麻雀も同じだ。
「ともかく、副作用に関しては早々に『まあ、いいか』という結論に至りました。命を助けてやるんだから感謝こそされても恨まれる筋合いはないだろうと」
「……間違ったことは言ってないんだが、妙に腹立つな?」
「柚衣の口が悪いのはいつものことよ。早く慣れた方がいいわ」
「お前、主人なんだろ? 注意ぐらいしろよ」
俺の言葉に、柚衣は軽くかぶりを振って言った。
「誤解されているようですが、私のご主人様はお嬢ではありません」
「えっ、違うのか?」
「はい。お嬢は私の主人のご息女(そくじょ)です」
「息女……ってことは、娘か」
「はい。お嬢の父上が、私の正式なご主人様です」
「……なるほど。道理(どうり)で麻燐がいくらキレようとも動じないわけだ」
「本当。少しは素直に言うこと聞いたらいいのに」
「申し訳ありませんが、お嬢の教育もご主人様に命令されていますので」
明らかに申し訳ないと思っていないような口ぶりだった。
「まったく。どうせ、あたしが九尾の嫁に行くから将来的に縁も切れるし、どうだっていいやとか思ってるんでしょ?」
「…………さて、副作用については話しましたし、使用方法についてですね」
「ってちょっと、無視するんじゃないわよ!?」
抗議さえもスルーして、柚衣は次の話題へと移る。
「霊薬を使うには使用者とは真逆の、霊力がすさまじく高い異性が口移しで飲ませなければなりませんでした」
「……だから、麻燐が?」
「はい。この周辺で一番霊力が高いのは、お嬢でしたので」
「感謝しなさいよ、命を助けてやったんだから」
「まあ、そりゃ当然感謝はするが……。イヤじゃなかったのか?」
なぜか麻燐の顔が、特に頬の辺りが紅葉のように色づいていく。
「いっ、いっ、イヤって、何よ。あたしの、くっ、くっ、口づけが不服だったっていうの!?」
「お、俺じゃなくて、麻燐がだよっ! 男に口づけって……それに、裸にして……そういえばなんで俺、裸にされてたんだ?」
「霊薬の効果を高めるには、なるべく肌を外気にさらす必要がありましたので」
「なるほど……」
「じっ、事情説明はこれで終わりよ! つっ、九十九! これからあんたには、試験を与えるわッ!!」
「……試験って?」
麻燐はどこからか取り出した牌を――それは東だった――手に、言った。
「決まってるでしょ。麻雀よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます