一章8 『南牌の津波』
俺と親分、それに麻燐は声をそろえて参戦の宣言をする。
「在我手里(ツー・ウ・ショウ・リー)!」
我が手に牌を与えたまえ、の意味らしい。
宣言が響き渡ると同時に、門が開く。
その奥に広がる黄金の空間から、燐光を纏(まと)いて牌が降り注ぎだす。
最初は小さかった牌が、地面に近づくにつれて大きくなり、手牌や山となって地面に接す。
まるで奇跡でも起きたかのような光景だった。
最初は白かった牌に、水から浮かび上がるように揺らぎ、文字や文様が現れる。
最初、俺は自分の手牌を見てぽかんとした。
思わず頭の中でそれを数えてしまった。
イーソー3枚、チューソウ2枚。風牌(フォンパイ)は東(トン)、南(ナン)、西(シャー)が各一枚。三元牌は發(ハツ)が2枚。
么九牌(ヤオチューハイ)が6種、計10牌もあった。
おいおいマジかよ、と唖然としてしまった。
九種九牌よりかはまだマシだが、結局は么九牌だらけである。
他三枚はリャンピン、赤ウーピン、パーソウ。
せめて風牌が一枚ぐらい重なってくれてたら、索子(ソーズ)で染めやすかったんだが。
いや、染めるべきか……?
一応、刻子(コーツ)が一つあるからトイトイを狙うプランもなくはないが。
宙に表示されているドラ表示牌はチューピン。つまりイーピンがドラというわけだ。
今の俺にはあまり関係のない情報だ。せいぜいリャンピンを切るタイミングを間違えないようにしようという程度か。
荘家(チャンチャ)――つまり親は誰かと見やると、麻燐だった。東の文字が紅き焔となって揺らいでいる。俺の横には白く輝く南の文字。プレイヤーによって文字のデザインは変わるようだ。
この破邪麻雀は単なる麻雀ではなく、捨て牌や鳴くことで攻撃もできる。さっきの戦いを見る限り、数字の高い牌の方が攻撃力――あるいは殺傷力か――が高くなりそうだ。
それならできるだけ数字のデカい牌を捨てて、低い牌で手作りする方がいいのだろうか? だがそれだと手牌が読まれやすそうだし……。
と考えたところで、はたと疑問が浮かんだ。
そもそも、和了(ホーラ)したらどうなるのだろうか?
さっきの局は中途半端なところで終わってしまったせいで、誰も和了していないのだ。
「何をボーっとしているんですか! 対局が始まりますよっ!!」
柚衣の声に、俺は我に返った。
そうだ、呆けている暇はない。
通常の麻雀とて、相手の牌の切り方でなんらかの情報を得られることがある。
だが破邪麻雀は気を抜いた瞬間が死に直結する可能性とてある。いつも以上に意識を敵や盤面に集中する必要がある。
「クォオオオオオンッ!」
東家(トンチャ)の麻燐は手牌の内の一枚を己(おの)が爪で叩き切った。
その牌が砕けるように消え、直後に宙に陽炎(かげろう)のごとく揺らめいてその牌が表示される。
途端、彼女の手牌前の地面から水の壁が出現したかと思うと、こちらに押し寄せてきた。
「津波による全体攻撃です! 貴様等、ただちに防御をッ!!」
俺は慌てて黎明を振るって風を起こし、防風壁ならぬ暴風壁を張る。
しかし猛牛の群れのごとく荒れ狂う波は阻(はば)まれながらも、なお突進をやめない。
二回、三回と振るっても、勢いは一向に衰える様子はない。徐々にこちらが押され始めている。
「九十九っ、何か牌を捨てなさいッ!」
「はっ、牌を!?」
「すでにツモが来ているでしょう! それで攻撃を押さえるのです!!」
俺は黎明を振るいながらも手牌を見やった。
ツモはパーソウだ。
ますます染めやすくなったが、筒子のリャン、ウーでこの凄まじい攻撃を押さえられるかどうか……。
ここはオタ風である、西に望みを託す。
防御の手を休めるのは不安だったがこのままではジリ貧だ。
黎明を波から西牌に向け、斬撃風を放つ。
斬られた西は花が散るように崩れ、宙に再構築される。
途端、他家のヤツ等に薄い黒い霧のようなものが漂い始めた。
それと同時に波の勢いが弱まっていき、最後には消えていった。
「西牌の技の一つ、破邪食(ぐ)らい……。次に自分がツモるまでの間、他家の力を抑えることができます」
ふうと一息吐き、柚衣は額の汗を拭っていた。
「助かりました、感謝します」
「たまたま切った牌の効果がよかっただけだ」
「いやっ、麻雀は運のゲームだから、たまたまってのはすげえことでごわす!」
「そうっすよ、マジで恩に着るッス」
「……し、死ぬかと思ったッス」
場にいる全員が、今の麻燐の一撃で大なり小なり疲弊していた。
神と呼ばれていた時は大げさなという思いがなくもなかったが、その考えは一変した。
麻燐はおそらく、神に匹敵する力を持っている。
……だから彼女には絶対に、上がらせてはならない。
もしもそんなことがあれば。
きっと、誰かが死ぬ。
「次は私の番ですか」
柚衣が中国刀で一枚の牌を切る。
宙に現れたのは東だった。
途端、彼女の頭上に太陽のような光が現れる。
「それは?」
「東牌が有する技の一つ、登りし日の加護。これで次の攻撃を強化することができます」
彼女の目が俺から麻燐に移り、鋭い視線へと変ずる。
「一刻も早く、お嬢を止めますよ――なんとしてでも」
「……ああ」
「合点招致でごわす!」
俺達はうなずいて、各々(おのおの)の武器を麻燐へと構えた。
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