一章7 『赤き門』
柚衣に攻撃を防がれた麻燐は、後ろに大きく跳んで距離を取る。
その身のこなしは人間離れしており、さながら野獣のようだった。
息の詰まるような睨み合い、間の取り合い。
その最中に柚衣は構えを解かぬままこちらを肩越しに見やり、問うてきた。
「今からお嬢に破邪麻雀を仕掛けます。手を貸そうという意志のある者は、私とお嬢の間辺りの左右のどちらかに行ってください」
「麻雀って……今のアイツとかっ!?」
「無論です」
「……あんな錯乱してる状態じゃ、無理だろ?」
「いいえ。むしろ超人離れした身体能力をある程度抑えられる、破邪麻雀に持ち込む以外に私達に勝ち目はありません」
「でも……」
「九尾の花嫁とは、破邪麻雀があるゆえの存在とすら言えます。神と人を繋ぐ唯一の天門。それでしか、あの者等と渡り合う術はないのです」
俺は目の周囲の皮膚を強引に上下に引かれるように瞠目して、麻燐を見やった。
人外と混じり合ったかのような姿。
まさかそれは動物や化け物出なく……。
「九尾の妖狐――この国を統べる主神。お嬢は今、その力の一端を身に宿しています」
淡々(たんたん)とした口調で柚衣は語る。
「いわば半人半神。幸(さいわ)い今のお嬢はまだ神の力に呑まれ切っていません。それほどの力を有していないからです。ただ放っておけば暴れ狂って人死にが出るでしょう」
「……つまり、足止めをする必要があるってことか」
「ご明察お見事です」
再び、麻燐の目にも止まらぬ速さの接近。
今度も柚衣は完璧に攻撃を防いだかのように見えたが、彼女の頬から鮮血が散った。
柚衣からの反撃を躱し、麻燐はバックステップで距離を取る。
「おっ、おい、大丈夫か?」
「この程度、かすり傷です」
頬から流れる血を手の甲で拭い、柚衣はやや張り詰めた声で言った。
「ですので、できれば対局が長く続き、攻撃を分散できる四麻だと助かりますが」
「……ああ、わかった。協力しよう」
「すみません、助かります」
俺がうなずき、駆けだそうとした時。
「ゲッヘッヘッヘ、オラ達も協力するでごわす」
この声はと振り返って見やると、にやにやと笑った親分に、怯え顔の子分四人の山賊集団がいた。
「お、親分、逃げた方がいいっすよ」
「そうっすよ、麻眼の女騎士ですら単独じゃあ敵わない相手なんすよ!」
「俺っち、まだ死にたくないっすよぉ!」
子分は口々に弱音を吐くも、親分はドスンと足踏みで黙らせ。
「ええいっ、あの水青家に恩を売る好機でごわすぞ! 大金が目の前にぶら下がってるのに逃げられるわけねえだろでごわすッ!!」
「金より命の方が大事っすよぉ」
「金がなきゃ命を守れねえでごわそう! いいから黙ってオラについてくるでごわすッ!!」
親分の威勢のいい一声に子分達は半泣きになりながらも「い、イエッサー!」と口々に了解の返事をした。
そんな彼に、柚衣は鼻で一笑して語り掛ける。
「大した人望ですね」
「へへっ、ずっと一緒に過ごしてきたでごわすからな」
「しかし頼んだ私が言うのもなんですが、今の選択はかなり愚かですね。貴様、親が立直をかけているのに平気で危険牌を切るようなタチじゃないですか?」
「そういうオメエこそ、どうして嬢ちゃんがああなる前に止めなかったんでごわす? 部下に散々言われてたのにでごわす」
柚衣は薄く笑みを広げて静かな声で言った。
「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」
「……ええと?」
「なんでもありませんよ。さあ、左右に散ってください。ああ、それと」
柚衣は俺の方を見やって付け加えた。
「貴様は破邪麻雀を――」
言葉の途中で、俺は手で制した。
「待てよ。俺は貴様じゃない」
「……というと?」
自身を親指で差し、昂然(こうぜん)たる様を装(よそお)い己が名を告げた。
「俺の名は灰夢。九十九灰夢だ」
名乗りを聞いた柚衣はふっと頬を緩めた。
「なるほど、九十九……ですか。なかなかよい響きの名をお持ちで」
「まあ、小さい頃は散々『きゅうじゅうきゅう』ってバカにされたけどな」
「身の上話は後にしましょう。九十九、破邪麻雀の経験は?」
「さっき麻燐の代わりにちょろっと打った程度だ」
「では、開戦の宣言もご存知ではないということですね」
「なんだ、その宣言ってのは?」
柚衣は一拍間を置いた後、それを告げた。
●
俺は左に、山賊は右に散る。
位置的には麻燐が上家(カミチャ)、柚衣が下家(シモチャ)、山賊共が(トイメン)となる。
麻燐に攻撃されないかと少しひやひやしていたが、逆に恐ろしいぐらいに彼女はじっとしており瞬きすらしない。その紅い目は皆既月食のようなぼうっとした光を放ち、虚空を眺めている。
柚衣は俺と山賊共が所定の位置についたことを確認し、手に持った中国刀を空に掲げ。
高らかな声で唱えた。
「开门(カイメン)!」
途端、宙に門が出現した。
それは真っ赤に塗られ、黒い屋根が突き、その下部に竜が舞う様を表した装飾が成されていた。門にはよくわからない――狐のような、龍のような――生物の顔を模した閂(かんぬき)が取り付けられている。かなりおっかない形相で、付いている輪をそのまま噛(か)み千切(ちぎ)ってしまいそうだ。
門を前にして、今更緊張がきゅっと心臓を締め付けてきた。
いよいよ始まる、この世界での初めての一局が――。
俺は手に持った黎明、ポケットに入れた封呪の石を強く握りしめた。
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