秘密の花園

 翌日の放課後。

 蔵之介たちはさっそく第二部室棟の二階、『モテモテサークルを研究する会』の部室前へと来ていた。

「いやー懐かしいですね」

「つい昨日きたばかりだろ」

 昼ごはんの学食うどん(大盛り)に加え、今さっきおやつのチョコドーナツ三つを平らげた唯花は、ふにゃふにゃとゆるい顔、なんだか寝ぼけている節がある。

「あの二人、いるかな?」

 悠馬も、ぐぐ〜っと大きく伸び。あくびまじりにつぶやいた。こいつら、授業中あれだけ寝ておいてまだ眠いのか。

「さっさと行くぞ」

 気の抜けた二人とは対照的に、なんとなく緊張しながら蔵之介は重い鉄製のドアをそっとコンコン、とノックする。

「……反応がないな」

「いないんかな」

 しばらく待つが応答はない。部室内からの物音も聞こえてこない。扉が分厚いため、音がシャットダウンされているのかもしれなかった。

「お、あいてんじゃん」

「あ、おい!」

 後ろからひょい、と悠馬がドアノブに手をかけ、回す。勝手に開けるなとも思ったが、ドアノブは抵抗なくすんなりと回ったため、ついつい悠馬の後を引き継いで、蔵之介はそのままゆっくりと扉を開けてしまった。

 夕方の部室内には電気がついておらず、若干薄暗かった。目を凝らす蔵之介の耳に、ささやくような声がそっと届く。

 

「今日も疲れたよ〜。もう学校来たくない〜」

「今日もちゃんと学校来れて、凛は偉いな」

「やー♡ もっと褒めてくれなきゃ、や」

「ふふ……よしよし。いい子、いい子」

「んふー」

 …………。

 思わず、立ち尽くしてしまった。

 部室内にあるソファー。そこに二年生の二人はいた。ただし凛はソファにだらり、と寝っ転がり、その頭は咲乃の膝へ。咲乃はそんな凛の頭を愛おしそうに撫でている。

「ね、この間の新入生たち入部してくれるかなあ?」

「私は今のまま凛と二人でも良いが」

「もー咲乃ったら♡ それじゃダメでしょー」

 膝枕をされながら、凛はふにゃあ、とゆるみきった顔でとんでもない猫なで声。まだ蔵之介たち三人には気付いていない。正直もう見ていられないが、声をかけるのもはばかられる。規格外にいちゃつく先輩二人を、一生三人が棒立ちで見つめるという、非常にシュールな構図が出来上がってしまった。

 悠馬が目をパチパチ、アイコンタクトを送ってくる。「なんとかしてくれ」

 蔵之介もアイコンタクト、「なんで僕が」「お前しかいない。頼む」

 確かにこのまま棒立ちで二人のイチャラブを眺めているわけにもいかない。蔵之介は意を決し、そーっと、爆発物を扱うみたいに、なるべく刺激しないよう声をかけようと二人に近づいていき……

「こんにちは‼︎‼︎‼︎‼︎」

「にゃああああああああああああ‼︎‼︎」

 突如唯花から発せられたクソデカボイスにより、凛はこの世の終わりみたいな叫び声を上げつつ猫のように飛び跳ね、ソファーから転げ落ちた。

 蔵之介は声をかけようと腰を低くした体勢でフリーズ。血の気がスーッ。ああ、最悪だ……と顔面はオバケみたいに真っ白。

 咲乃も驚きの表情で、なにも言えないまま固まっている。

「せ、先輩……?」

 恐る恐る、床にうつ伏せで倒れてピクリとも動かない凛に、声をかける。目を凝らすと、その身体は小刻みに震えていた。悲しみで? NO。 憤怒で、である。

「あ、あんたたち……あんたたちねぇ……」

 床に落下した凛がゆらり……と立ち上がる。顔は耳まで真っ赤で、目尻には羞恥の涙が浮かんでいる。背中にはゴゴゴ……と暗黒のオーラをまとい、その突き刺すような怒りの視線は、なぜか蔵之介へ。ああ、またぼくか……。まいったね、どうも。

 蔵之介は、そっと神に祈るように目を閉じた。

 

「いたなら言いなさいよてかまずノックしてから入りなさい高校生としていや人として常識でしょここまで非常識な人と出会ったのは初だわありえないありえないありえないーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎ ※×☆♪〜∞‼︎‼︎‼︎」

 

 ちゃんとノックしてから入ったし声もかけたじゃないですか、と言う暇もないほど物凄い剣幕でまくし立てられる。その形相は、さながら鬼神の如し。後半はもうなにを言っているのかも聞き取れなかった。

 こうなってしまってはどうしようもない。ただ嵐がおさまるのを待つのみである。ああ、早く過ぎ去ってくれ嵐よ……。蔵之介は真正面から罵声を浴びせられつつ、そっと天を仰ぐと、

「お前たち……またここへ来てくれたのか?」

 救いの女神、咲乃様が救済の手を差し伸べてくださった。凛の動きがピタリと止まり、怒りで修羅のようになっていた顔が、ススス……と徐々に人間のものへと戻っていく。

「えぇ⁉︎ まじ⁉︎」

 どうやら思ったよりも早く嵐はおさまってくれたらしい。

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