三度目の正直

「遠慮せず食べて食べて!」

 昨日と同じく、ゆったりとソファーに腰を下ろした三人は、咲乃と凛がたらふく用意してくれた紅茶とお菓子をいただいていた。並べられたお菓子は、しっとり上品なクッキーや、甘すぎない絶妙な味の色のチョコレート。お菓子に明るくない蔵之介でも「なんか高そう」と感じるものだった。唯花は「美味しいです、美味しいです」と涙を流しながら食べている。

「いやぁ、すんません。突然お邪魔しちゃって」

 熱々の紅茶をすすりながら、悠馬が笑って頭を下げる。

「まさかお取り込み中だったとは……もがっ!」

 しかし途中でその口をガッ、と凛に掴まれ、

「あんたたちは、なにも、見なかった。……良いわね?」

 にこぉ……と背筋が凍るような笑顔。背後に見えるは仁王か羅刹か。青ざめた表情でコクコクとうなずく悠馬に、蔵之介はどんまい……と黙祷。恐ろしくてうつむいた顔を上げることも出来なかった。怖いよ、この人……。

「それで、今日はどんな用事で来たんだ?」

 咲乃の助け舟をうけて、悠馬は涙目になりながらフガフガと必死の弁解、

「いや、またおふたりと話したかったんでお邪魔しにきたんでしゅ」

 それを聞いた凛は悠馬の口からパッと手を離すと、途端に機嫌良さそうにそわそわ、

「も、もう! それならそうと早く言いなさいよね!」

 口調こそツンツンしていたが、口元がにやけてしまって、嬉しい気持ちが隠せていない。

「私たちはいつでも大歓迎だ」

 咲乃も静かに笑った。細められたその瞳は、今日も優しく美しい。

「改めてお互いのことを知るために、ゆっくりと話でもしよう」

「それもそうね」

 咲乃の提案にうきうき、楽しそうに凛が目尻を下げて笑う。うーんと考えた後、

「まずは無難に趣味とか特技でも教えてちょうだい。はい、あんたから」

 蔵之介を指して、なにげない話題ふり。

 しかし、一年生の間にはちょっとした緊張が走った。昨日の食べ歩き同好会での出来事が頭をよぎる。

 この二人は彼らとは違う……と思いたかったが、今まで見てきたこの学園の人々を思い起こせば、不安な気持ちになるための状況証拠は十分だ。ここでも笑い者にされるようなものなら、蔵之介は二度と立ち直れなくなるような気さえする。

「僕は……勉強です。特に数学が」

 とはいえ、ダンマリを決め込むわけにもいくまい。恐る恐る、探るようにそう言った。誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。おそらく唯花だろうか。それとも自分自身のものだったのかもしれない。

 今にも二人が笑い出すかもしれない、と不安な妄想が膨らみ、思わず身構えたが、


「へぇ、あんた勉強得意なの? すごいじゃない」

 

 ……肩透かしをくらうほど、あっけらかんと凛は言った。

「この学園の生徒は恋愛の勉強ばかりしているから、普通の勉強は出来ない者が多い」

「ほとんどマジメに授業聞いてるやつすらいないわよね」

 二人とも、腹を抱えて笑い転げながら……ということはなく、むしろ少し感心するような目で蔵之介を見ていた。

「かなり貴重な趣味ね、大切にしなさい。……って、どうしたのよ」

「あ、ああ。……いえ。なんでもありません」

 無言でぼんやりしている蔵之介に、凛が眉をひそめる。思わず無言になってしまうほどの感動だったのだ。それはもう、本当に。

 ずっと心にわだかまっていた、焦燥感か劣等感か、そういったモヤモヤがほんの少し、軽くなった気がした。

「はい! 私は食べる事が大好きです! あと筋トレも!」

 突如、唯花がビシッと手を挙げる。その顔は、なぜだか無性に嬉しそうにニッコニコ。

「あら、どっちも健康的で良いわね!」

「この近くだと……この店が安くて美味しいぞ」

「美味しいお店……! じゅるり」

 咲乃にスマホでおすすめ店を見せられながら、よだれをたらして「ぬへへ……」と危ない笑み。相変わらずの食い意地を発揮している。

 かしましくはしゃぐ女子三人。蔵之介はこの学園に来て初めての、得も言われぬ感情に包まれながら、ぼーっとそんな三人を眺めていた。

 そしてそんな蔵之介を横目で見て、悠馬もそっと安堵の笑みを浮かべる。

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