投資の話をしろ
廊下は相変わらず人で賑わっていた。
なんとなく気まずくなってしまった三人は、しばらく沈黙しながら廊下を進む。
「ごめんなさい」
突然の謝罪は、唯花のもの。悠馬が慌てて、
「なんで唯花ちゃんが謝んの?」
「私が食べ歩き同好会に行きたがったせいで、皆さんを不快な気持ちにさせてしまいました……」
そんなことに責任を感じていたのかと、蔵之介はしょぼん、と俯いて落ち込んでいる唯花を見た。大きく愛くるしい目は伏せられ、いじらしい唇は申し訳なさげに結ばれている。
いつもにこにこしているか、ぽけーっとしている為、静かではありつつも、先輩たちに怒っている姿にはまあまあ衝撃を受けた。
今のうなだれて落ち込んでいる姿も、普段見慣れないせいか、妙に心がざわついて落ち着かない。
悠馬がなにか言いたそうな目で、蔵之介をじっ、と見つめる。ええい、そんな目で見なくても分かっているさ。
「まったくお前が気にする事じゃない。悪いのは僕の趣味が高尚すぎて、凡人には理解しがたかったということさ」
違う、こんなことが言いたかったわけではない。一言「ありがとう」と言うだけなのだが、どうしても気持ち悪くもじもじ。恥ずかしくて口に出せん。
己の不器用さに辟易するが、
「す、すごい。怒ってないんですか?」
唯花は見る見るうちに、ぱぁっ、と表情が明るくなっていく。い、いけるか……?
「ふ、凡骨になにを言われようが俺の心は揺るがない……」
やれやれ……とキザったらしく前髪をかきあげ、アンニュイな目を浮かべながらため息をひとつ。
「はぁ、賢すぎるのも罪だな……」
「ヒューッ! 一度は言ってみたいです!」
きらきらきら……と目から
いつも通りの唯花に戻ったようで、蔵之介は内心ホッと息を吐く。
「……」
悠馬がやれやれ、といった顔で蔵之介を見ていた。なんだ? とアイコンタクトを送ると、別に、とアイコンタクトを返された。なんなんだ、そのニヤケ面は。むかつく。
「まぁ運悪く変なサークルに当たっちまっただけだ! 次行こうぜメーン」
「そうですね! 行きましょう!」
「……ふん」
そうだ、たまたましょうもないサークルに当たってしまっただけ。探せばもっと良いサークルもあるだろう。悠馬の一声で再び、三人はサークル探しを開始した。
しかし、
①『テニスサークル』
「君かわいいねー」
「今年来た新入生の中でも一番じゃない?」
「……はぁ」
露骨に唯花のみチヤホヤされ、蔵之介と悠馬はほぼ放置状態。唯花の顔が見る見るうちに不機嫌になっていく。次。
②『お菓子作り部』
「うちはこれ以上男子部員は不要だから。女の子だけなら入っていいよ」
そう言った先輩は男子部員だった。ぱっと見の男女比は2:8ほど。どうやらこのハーレムを崩すなと言うことらしい。ちなみに男子部員はお菓子を作れないので食べる専門とのこと。なんだそれ。次。
③『投資研究会』
「恋愛経験がない? すまないが帰ってくれないか⁉︎」
投資の話をしろ。次。
次、次、次。
「もーなんなんですか! どこもくしくも!」
喫茶エランドールで唯花がきーっ! と甲高い声をあげた。
「どこもかしくも、だ」
そっと唯花の言い間違いを訂正する。
「どこも聞き耳たてず! って感じで……」
「聞く耳もたず、だ」
「なんつーか……想像以上だったな、この学校」
あの後も三人でいくつかサークルを見て回ったが、結局どこも似たようなものだった。サークルの名前など関係なく、全て恋愛のための場所。彼氏いるの? 好きなタイプは? 男子はいらないから……などなど。見た目の美醜で露骨に対応を変えるところも珍しくなかった。
そんなサークルばかりでうんざりしてしまった三人は、意気消沈。逃げるようにエランドールにかけこんだのである。
「どうする? 明日もサークル探しするのか?」
悠馬が尋ねるが、その声には疲弊の色が見て取れる。暗に「もう行きたくない」と言っているのだ。正直蔵之介ももう勘弁して欲しいところだった。しかし、
「……しかし、どこにも入らないというのもな…」
そこがネックだった。やはりサークルに入るのと入らないとでは、学園生活における有利不利が明確に分かたれる気がする。なにせ普通の学校とは違うのだ。右も左もわからない新入生にとって、勝手知ったる先輩という存在はとても大きい。
「明日、もう一度あそこへ行ってみませんか?」
ふと、唯花が言った。本日多くのサークルを回ったが、「あそこ」というのがどこを指しているのか、蔵之介には不思議と一発で分かった。
「モテモテハーレムを研究する会……か」
第二部室棟で出会った二人の上級生を思い出す。見て分かるほど明らかな変人であり、メンバーはたった二人。しかも学校に認められていない非公認サークルで、勝手に空き部室を占拠している。ついでにガン泣きもする。
普通に考えれば論外である。しかし、なぜか今日のサークル巡りで心に残ったのは、あの古ぼけた部室と変人二人組なのだった。
「賛成! 俺、あそこが一番良かったかも」
「ですよねー。私もあの人たちが一番好きです」
「もうあそこに入るのでOKじゃね」
単純二人組が盛り上がっている。待て待て。
「もう少しよく考えろ。メンバーがたった二人でしかも非公認サークルだ。軽率に入部を決意するには問題が多すぎる」
「お前はいつも考えすぎなんだよ」
「お前が考えなさすぎなんだ」
真反対の二人をオロオロと交互に見た後、唯花はしゅんとうなだれる。
「ダメですかねぇ…」
「べ、別に明日もう一度行くのには賛成だ。そこで改めて入部するかどうかを決めよう」
そんな唯花を見て、なんとなく慌てて弁明。なぜかこの能天気娘が暗くなっているところを見ると、落ち着かない。
「いいですね!」
あっという間に元気になったようで、蔵之介はホッとする。まったく、コロコロと表情が変わる、忙しいやつだ。
そこで本日二度目の、蔵之介を見つめる悠馬の視線。
「なんだ? お前はどうなんだよ」
「俺も賛成。明日の放課後にまた集合だな」
特に異論はないらしい。不思議と嬉しそうだったが、面倒くさいのでいちいちツッコむのはやめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます