趣味についてのお話

 静まりかえる第二部室棟を後にした三人は、うってかわって人で賑わう第一部室棟へと足を運んだ。

「どっか説明聞きたいとこある?」

「はい! よろしければ食べ歩き同好会に行ってみたいです!」

 唯花が勢いよく挙手しながらついでに、ぐぅ〜、とお腹もシンクロ。本当に食べ物のことしか考えていないやつである。

「お、行ってみっかー」

 特に行きたいところもなかった為、悠馬の言葉に黙ってうなずく。パンフレットを見ながら、食べ歩き同好会の部室である五階建てからなる第一部室棟の、三階を目指した。

 

「ようこそ食べ歩き同好会へ」

 第一部室棟は第二部室棟とは違い、広々として内装も新しかった。三人は数人の上級生に迎えられ、向かい合って席につく。

 部室内のそこかしこで同じように、新入生らしき生徒が先輩に囲まれている。なかなかに盛況なようだ。モテモテハーレムを研究する会(略してモテ研)とかいう謎サークルとは雲泥の差である。

「君たちはなにが趣味なの?」

 原田と名乗った上級生の一人が、部活の説明もそこそこに尋ねてきた。ワックスでツンツンに立てられた茶髪を手でしきりにいじっている。

「食べることが大好きです! あと筋トレ!」

 唯花が元気よく答える。

 いや、筋トレ趣味だったの……? 思わずにこにこ笑う唯花の横顔をまじまじと見つめてしまう。なんとなく、衝撃。

 それを受けて上級生たちは、露骨にチヤホヤ。嬉しそうににやけて、

「よく食べる女の子はかわいいねー。ポイント高いよ」

「逆に筋トレはな〜。筋肉質すぎる子はあんまりモテないからやめた方がいいよ」

「へ? ……はぁ」

 好き勝手いう上級生たちに、唯花は眉根を寄せて、微妙な表情。なんとなく居心地わるそうに身を縮めた。

 たしかにこの言い草は若干腹が立つ。いちいち人の趣味にあーだこーだ、と口出しをするのもおかしな話だ。

「それじゃそっちのメガネくんは?」

 原田がニヤニヤしながら蔵之介を指さした。なんとなくその態度にもイラッとしたが、こんなことでいちいち目くじらを立てても仕方がない。なんでもない風を装って、メガネをクイッ、と上げつつ、

「僕は勉強ですかね。特に数学が好きです」

 答えると、一瞬の静寂。あれだけやかましかった先輩たちはぽかん、とフリーズしている。なんとなく、既視感。嫌な予感が胸をよぎった。

 「ぷっ」と最初に吹き出したのは原田。

「趣味が数学てなに⁉︎ 超ウケんだけど!」

「マジモテないやつの趣味じゃん!」

「ギャグで言ってんの?」

 案の定、大爆笑を始める上級生たちを、蔵之介は呆然と眺めていた。思い起こされるのは、一人の女性の言葉。


『巽くん、ここは恋愛を学ぶ学校よ』

 

 フラッシュバックする、記憶。

 ああ、やめてくれ。蔵之介は耳を塞いでその場にうずくまりたくなる。

 思い出したくない記憶は、しかしどうやらこの学園にいる限り、忘れさせてはくれないらしい。影のようにべったりまとわりついて、いつも蔵之介の背後にいるのだ。

 あの時のショックが、ヘドロみたいなおりとなって、蔵之介の心を覆いながら陰をつくる。

「おい」

 いつもヘラヘラとしている悠馬が、ピリッ……とひりつく声で立ち上がる。そのまま先輩たちへと歩み寄ろうとするが、しかしそれよりも先に動いたのは唯花だった。

「行きましょう」

 蔵之介と悠馬の手を掴む。そのまま踵を返して、部室の出口へ。

「え? ちょっ」

「他人の好きなことを笑うような人間と、一緒にいたくありませんから」

 戸惑う上級生を尻目に冷たく言いはなつと、蹴破るような勢いで開けたドアから、さっさと出て行ってしまう。

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