『LOVE BATTLE ARENA』②

 突然の暴言に、蔵之介は膝から崩れ落ちた。崩れ落ちてそのまま、ゴロゴロと床をのたうち回って、机の足に頭をガン! とぶつける。ついでにスリッパもすっ飛んでいった。

 あまりのショックに混乱する頭で、懸命に考える。な、なぜ? why? なぜ急にメガネdisを……?

 あわや泣きべそをかきそうなところに、ポン、と機械的なアナウンスがひとつ。


『巽蔵之介、MPに480のダメージ』


「おお」

「なんか減りましたね」

 悠馬も唯花も、変動する数値にきゃっきゃっと騒ぎ、地面にひれ伏している蔵之介には目もくれず。実に楽しそうにはしゃいでいる。

 一方蔵之介といえば、突然の罵倒にふつふつと怒りが湧き上がって目尻は上がり、こめかみからはピクピクと血管。貞子よろしく、四つん這いになりながら恨めしい目で凛を睨みあげた。なんで……? ナンデメガネヲバカニシタ……?

 そんな蔵之介の呪いにも気づかず、凛は「ふー」と妙に爽やか、すっきりと気持ち良さそうな顔をしている。こいつ……。

「MPはメンタルポイントの略。相手に心が傷つけられた際に減るポイントよ」

「メンタルポイント……?」

 まだメガネショックのダメージを引きずりながらも、よろよろと頑張って立ち上がる。

「相手にこっぴどくフラれたりしたら、心が傷つくだろう? 手酷い言葉を浴びせられれば、相手に告白する気も失せる……。それと同様に、相手に拒絶され続けるとMPが削られるんだ。そして0になると……心が折れて負けとなる」

 丁寧に、咲乃が補足した。こっちはこっぴどくフラれたり、暴言を吐かれたりすることでどんどん傷ついていく心を、数値で可視化したもの、というわけか。

「『LOVE BATTLE ARENA』というシステムを使って色んなルールのバトルが出来るけど、基本的には『HP』と『MP』、この二つを使っての闘いになるわ」

 ハートポイントとメンタルポイント。蔵之介は頭の中にそれらの用語をメモした。

「ええと……ようするにコンビニのポイントカードみたいなものですかね……?」

「話聞いてた……?」

 約一名、頭上にでっかいハテナマークが浮かんでいるアホ(真宮唯花殿)がいるが、話が進まないので一旦ほうっておこう。

「それで、その二つを使って具体的にどう闘うんですか?」

「とりあえず基本的なゲームは二つ」

 凛はピースサインをするみたいに、指を二本立ててみせた。

「一つは、お互いがお互いを口説き合って闘う『としあい』、もう一つは口説く側とフる側に分かれて戦う『攻城戦こうじょうせん』ね」

「『落とし愛』と『攻城戦』……」

 そ、と相槌を打ちながら、

「『落とし愛』は先に相手を惚れさせた方……あたしがさっきやったみたいに、相手をときめかせて、相手のHPを0にした方の勝ち。……まあ、口説く相手を徹底的に拒絶して、相手のMPを0にしても勝ちになるけど」

 そして、と続ける。

「『攻城戦』は、攻撃……口説く側は相手のHPを0にすれば勝ち。防御……フる側は相手のMPを0にするか、時間切れまで自身のHPが残っていれば勝ちよ」

「時間切れ……。制限時間はどれくらいの長さなんですか?」

「お互いの合意によって決まるわ。基本5〜10分が多いけど……。あたしが見た中では、短いもので10秒、長いもので1ヶ月なんてものもあったわね」

「1ヶ月……?」

 うへぇ、と悠馬が舌を出す。たしかに、1ヶ月に渡る口説き合いなど、考えただけで恐ろしい。

「ふーむ……」

 異なる二つの勝負方法。凛の説明で、ルール自体はなんとなく分かった。しかし……、

「実際にやってみないとあんまピンと来ないっすね」

 悠馬の言うとおりなのだ。理屈の上でなんとなくルールは理解できても、実際に自分たちが闘っている様子が想像できない。相手を口説いてダメージを与えて……? 正直、できる気がしない。というか、できるか、そんなもん。

「まあその辺は経験してみないとね……。それに、さっきも言った通りその二つのゲームはあくまで基礎中の基礎よ。学園に申請が通りさえすれば、ありとあらゆるルールの勝負が出来るわ」

「例えばどんなのがあるんですか?」

 ぽけーっとしていた唯花がようやく口を開いた。もう理解することを放棄したかと思っていたが、どうやらまだ話を聞く気はあるらしい。

「変則合コン、恋愛ババ抜き。……恋の鬼ごっこなんてものもあったわね」

「既に存在するゲームのルールをいじったものが多いな」

「ババ抜きに鬼ごっこ……」

 それらでどう恋愛能力を測れるんだ。よもや遊びたいだけじゃないだろうな。

「あと最後に大事なことをひとつ! 腕に巻いた機械のディスプレイを見てちょうだい」

 言われて再度、銀色に輝く機械に注目する。電子時計みたいに真ん中にディスプレイがあり、そこには小さく「100P」と表示されていた。

 実は蔵之介は以前からこの奇妙な数字に気付いてはいたが、なんの数字なのか分からず、ずっとモヤモヤしていた。なぜかオリエンテーションでも説明がなかったし。ただなんとなく重要そうである、ということはうっすらと分かる。

「通称『経験人数』と呼ばれるこの数字は、勝負に勝てば増えて、負けると減るポイントなの」

 なんだその通称、と思ったが、口に出すのはグッと堪えて我慢した。

「要するに自分の持ち点ね。この学園の成績評価はほとんどこの数字がすべてで、この数字が多ければ多いほど、優秀な生徒とされる」

「この数字が0になるとどうなるんです?」

「退学よ」

 キッパリと突き放すような凛の言葉に、思わずゴクリ、と喉を鳴らした。

 100。この数字が無くなってしまえば、この学園にいられなくなる。

 そう考えると、なんだかあまりにもこの数字が重い気がして、蔵之介は思わず真剣な眼差しで、デジタル表示された数字を見つめてしまう。

「この数字がなくなったら退学って……結構きびちーな」

 悠馬も軽い口調で言いながら、恐る恐る、といった風に機械の数字を覗き込んでいた。

「とりあえず大前提……基礎の基礎はこんなところかしらね」

 ふむ、と腕を組んでちょっと考える風。

「他にもいっぱい教えたいことが……。ま、まぁ、そのへんはサークルに入れば色々教えてあげるけどっ」

 凛がそわそわ、ちらちら、と一年ズを横目で見ている。どうやら無料お試し期間はここまでらしい。

「ありがとうございました。他のサークルも見て回ってから、また決めようと思います」

 気付けばここに来てからそこそこ時間が経っていた。今日は他のサークルももうちょっと見て回りたい。蔵之介が言うと凛があわあわと慌てて、

「べ、別に、入らなくても、また来て良いんだからね」

「お茶と菓子折りくらいはいつでも出す」

 続いて、咲乃も若干不安そうな眼差しを三人に向ける。

「マジっすか! そんじゃあ、また遊びにきたいっす」

「私もまた来たいですー!」

 悠馬と唯花の能天気コンビは軽率にそんなことを言っている。しかしそんな言葉でもホッとしたのか、分かりやすく安堵の表情を浮かべる二年生たちに、なんとなく蔵之介も気の利いたことを言わねばと考える。


「……まあ、また来てあげても良いかもしれません」

「お前はどういう立ち位置なの?」

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