非公認サークル?

 咲乃が年季の入った木製の椅子を勧めてくれたので、1年ズの三人はようやく腰を落ち着けた。座るとわずかに椅子の軋む音が鳴った。

 長机を挟んで向かい側に二人の上級生が腰を下ろす。

「まず私は二年の宇佐美うさみりん。このサークルの代表よ」

 だいぶインパクトのあるファーストコンタクトをかましてくれた先輩(ガチ泣き済)が、えっへん、となぜか自慢げに自己紹介をした。彼女がサークルの代表であることが、蔵之介にはとてつもない衝撃である。というか、ある意味恐怖だ。

「改めて、蓮水咲乃だ。サークルの副代表を務めている」

 咲乃も改めて自己紹介をする。次いで、

「1年B組の嘉神悠馬っす」

「同じく、真宮唯花です‼︎」

「……巽蔵之介です」

 1年ズが自己紹介を終えた。

 ふんふん、と凛は嬉しそうに三人の名前をメモすると、

「我々『モテモテハーレムを研究する会』は、日々『どうやったらハーレムを作れるくらいモテるか』を研究しているわ」

 サークルの活動内容を話し始めた。恐らく何回も練習していたのだろう。スラスラと流れるように言葉が出てくる。

「恋愛心理、デートプラン、男性にモテる女性の仕草……。あなたたちが入ってくれたら、逆に女性にモテる男性の仕草も研究できるわね。あとは……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 凛の話に蔵之介が待ったをかける。凛は良いところなのに……と不満げな顔をしたが、どうしても聞かねばならない事があった。

「なによ、急に」

 そう、それは薄々「もしや……?」と思っていたが、怖くて聞けなかったことである。ずっと魚の小骨のように、喉の奥に引っかかっていた、危惧。

「……もしかしてこのサークルに、男性はいないんですか?」

 違う、そうじゃない。もっとハッキリ、直接的に。



 凛の表情が固まり、咲乃の視線は斜め下、自身のつま先に向かっていた。

 悠馬がなんとも言えない視線を蔵之介に送ってくる。恐らく悠馬も察していたのだろう。唯花だけが状況を飲み込めず「へ?」と間抜けづらをしている。

「あ〜、他のメンバーね。他のメンバー……」

 凛の目は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり……分かりやすく泳いでいた。

「いたかな〜……? どうだったけかな〜……? 最近物忘れが激しくて〜……」

「若年性痴呆症か‼︎」

 やはり思った通り。このサークルにはこの二人以外にメンバーがいないのである。いや、それどころか……。

「この学園は何人からサークルを作れるんですか?」

 蔵之介の質問に、再び固まる上級生たち。

「扉にサークル名の張り紙が貼られていましたが、下にもう一つなにか貼ってありました。ここは、本当にあなたたちの部室なんですか?」

 ほとんど死刑宣告をしている気分だった。

 凛は「あう、あう」と分かりやすく狼狽し、咲乃に至っては、遠い目をしてどこか宙を見ていた。決まりである。

「行くぞ」

 席を立つ蔵之介に、状況の理解ができていない唯花は混乱した。

「ほえ? どういうことです?」

「このサークルは学園に認められていない非公認サークルで、この部室は空いてる部室を勝手に不法占拠して使ってるだけだっていうことだね」

 悠馬が分かりやすく説明を入れる。よくよく考えれば、人で賑わう第一校舎や第一部室棟の前でなく、隠れるように第二部室棟の前でサークル勧誘を行っている時点で怪しかったのだ。非公認サークルだった為、あまり表立って堂々と勧誘を行えなかったのだろう。

「ちょ、ちょっと待って!」

 もう何度目になるだろう、立ち去ろうとする蔵之介を、凛が慌ててしがみついて止める。目はうるうると、また泣き出しそうな勢い。

「確かに私たちは非公認だけど、そんなのこの学園にはたっくさんあるわ! 普通よ普通!」

「普通に公認サークルに入ります」

 ああ無情。冷たく言い放つ蔵之介に、凛はあー、とか、うー、とか唸った後、

「そうだ! あなたたちまだこの学園のこと全然分からないでしょうから、お姉さんが教えてあげるわ!」

「む……」

 苦し紛れの言葉に、ちょっと蔵之介の食指が動いた。ずりずり……と、凛を引きずりながら扉に向かいかけていた身体を止める。

 その瞬間、しめた! とばかりに凛の目がギラリと光った。

「オリエンテーションで簡単な説明を受けたでしょうけど、あれじゃ全然分からないでしょ? この学園の制度も、『LOVE BATTLE ARENA』のことも……。他の生徒の情報とかも含めて、サークルに入ると自分の知らない情報が得られるっていうメリットもあるのよ」

 急に早口でまくし立てる。せっかく来た新入生を逃すまいと、必死の抵抗。ただし、まあ、あながち間違いでもなかった。

 新入生は皆、学園についてのオリエンテーションを受けたが、正直あれだけではなにがなにやら分からない。この学園で一年間、ないしは二年間過ごした上級生からのアドバイスというのは、一年生にとって必須だと言えるだろう。というか、正直そのためにサークルを探していると言っても過言ではない。しかし……。

「だったらなおなら、人数の多いサークルに入ったほうが得なんじゃないですか?」

「そ、それは……」

 うぐぅ、と言い淀み、崩れ落ちる凛。どうやら図星のようである。

 今度こそさらばだ、しつこい先輩……。あなたのことは忘れません……いろんな意味で。

 凛に黙祷を捧げ、今度こそ部室を去ろうとした蔵之介に、

「人数の多いサークルは良いことばかりではない」

 それまで黙って成り行きを見守っていた咲乃が、口を開いた。

「人数が多い分、明確に後輩への扱いの差が生まれるぞ」

「そう、その通り! ナイスよ咲乃!」

 凛が天啓を得たとばかりに、ぴょん、と飛び起きて、再び元気を取り戻した。

「人数が多いところは一部の優秀な新入生にはちやほやするけど、他の生徒には露骨に冷たい態度を取るわ。散々こき使われたり、無視されたり……。ひどい時には自主的にサークルを辞めるよう皆で圧をかけるのよ! 人でなしの集団よ! ああ怖い!」

 ひえ〜、と自分の肩を抱きしめるようにしながら、わざとらしい声を出す。そんな凛の言葉に、

「私、そんなサークル嫌です……」

 唯花が不安げに表情を曇らせた。正直、どう考えても唯花はチヤホヤされる側だろうと思ったが、

「そうでしょう⁉︎」

 凛が畳み掛けるように、ガバッ、唯花の手を握りしめる。

「でも安心して! 私たちはそんなことしない! あなたみたいな生徒にも、優秀な生徒にも、平等に優しく接するわ」

 『あなたみたいな生徒』のところではっきり蔵之介を見た。それは一体どういう意味だ、どういう。

「聞きましたか蔵之介くん! 良いサークルみたいですよ!」

「そうよ! 良いサークルよ!」

 唯花と凛がピュア度100%、キラキラとした目で蔵之介を見つめてくる。……なんだかもう、バカらしくなってきた。

「うーん。そんじゃ、とりま……学園のことをもっと色々教えて欲しいっすね。入部するかどうかは、追々決めちゃうマンって感じで……どうすか?」

「そ、そうね! そうしましょう!」

 悠馬のとりあえず……といった提案に、雲の糸を垂らされた亡者のごとく、凛が飛びつく。

「蔵っちもそれで良いだろ?」

「……もういいよ、それで」

 蔵之介も悠馬の妥協案に乗る。どうやらこの二年生二人組が悪い人達ではないっぽいということは分かった。学園について知りたいという気持ちもあったし、何よりこのままではらちがあかない。夜になるまで凛のタックルをくらい続けるのも勘弁だった。大人しく、話を聞こう。

 改めて席についた一年ズを見て、凛はホッと一息。

「それじゃあ、心優しい上に超美少女の凛ちゃんが、迷える仔羊たちにこの学園のことを教えてあげるわね」

 そういうのはもういいって言ってるだろ。

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