マジ泣き(高校二年生)

 ……時間が止まったかと思うほど、長い長い静寂が流れた。

 やがて、パチパチパチ……と乾いた咲乃の拍手だけがどこか虚しく部室内に響き渡る。

「よいしょ……」

 女生徒は恐る恐る椅子から降りると、

「どうだった咲乃⁉︎」

 ぱぁっ、と愛らしい顔を崩して笑顔。傍らに立つ咲乃へと走り寄ると、

「バッチリだ。可愛かったぞ、りん

「えへへ」

 二人できゃっきゃっとたわむれ始めた。

「…………」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 回れ右をし、そっと部室を出ようとしていた蔵之介に、凛と呼ばれた女生徒のタックルが入る。くそっ、バレた。

「な・ん・で・逃げようとするのよ〜!」

「離せ! 危ないサークルかもと思ってはいたが、こんな斜め上の危なさだとは思わなかったんだ!」

「絶対に逃さないわよ! ようやくきた新入生なんだから……!」

「HA⭐︎NA⭐︎SE⭐︎」

 腰にまとわりつく凛を引き剥がそうとするが、万力のような力で蔵之介を掴んで離さない。ええい、この子泣きじじいめ! チクショーッ!

 もみくちゃになっているところを他の三人が「まあまあ」と止めに入る。ぜぇぜぇと肩で息をしながら、同じくはぁはぁと息を切らす凛を指差し、

「こんな変人がいるサークルなんて入れるか!」

 思わず叫ぶ。

「だれが変人よ! 一言も話聞かないで帰ろうとするなんて、失礼なやつ!」

「一言なら聞きましたよ! とびっきりのやばいやつをな!」

「うるさいうるさい! このメガネ! メガネー!」

 小学生みたいな悪口(?)をわめきながら顔を真っ赤にして暴れている。とんでもない先輩に捕まっちまった……。さっさと退散しようとちらり、再度出口へと目をむける。今度は捕まらないよう、光の速さで部室を飛び出てやる。

 蔵之介が逃走経路を確認し、クラウチングスタートからのダッシュで駆けだそうと決心した時。突然、荒ぶっていた凛の動きが時間停止でもしたみたいにピタリと止まった。

「………でしょ」

「へ?」

 なにやら小声でボソボソと呟いているが、聞き取れない。思わず沈黙し、よく耳を凝らしてみると、

「どうせあたしが可愛くないからでしょ……! だから話も聞きたくないんでしょ!」

 、蔵之介はギョッと飛びのく。慌てて咲乃が凛のそばへと駆け寄ると、肩を抱き寄せ、頭を撫でなから懸命になだめ始めた。

「そんなことないぞ。凛は可愛い」

「嘘よ! 皆あたしが可愛くないからサークルに入ってくれないんだ!」

 びえーん! と子供のように泣きじゃくる先輩を、しばし呆然と眺める。年上のガチなきである。

 マジかよ……。

 久しぶりに自分と近い年齢の女子が号泣するのを見て、途方に暮れてしまう。中一の時、合唱コンクールの練習でマジメに歌わない男子を見て「ちょっと男子! ちゃんと歌ってよぉ〜」と泣き出したクラスメイトのえっちゃん(本名・中川悦子。とうもろこしが好き)以来である。

「蔵之介くん……。ちょっと可哀想じゃないです?」

「話ぐらい聞いてっても良いんじゃね?」

 唯花と悠馬が心なしか責めるような目を向けてくる。え……? 僕のせい……?

 しん……と静まり返った部室に、ひっく、ひっく、と先輩が泣きじゃくる声だけが響く。あまりにもいたたまれない空気。これをスルーして平然と部室を後にするほど、蔵之介も肝が座ってはいなかった。

 わかった、わかったよ。

 蔵之介は大きくため息をつきながら、

「……話を聞くだけですよ」

 ポツリと一言。

 泣きじゃくっていた凛は、その一言に目をパチクリ、驚いた表情で蔵之介を見た。

「本当に……?」

「入部するとは言ってませんよ。話を聞くだけです」

 慌てて目を擦り、先程のマジ泣きから一転、まだ赤く充血した目を細め、得意げに満面の笑みを浮かべると、ちょっと顎を上げながら腰に手を当て、不遜ふそんに仁王立ち。

「そこまで言うなら仕方ないわね〜! まぁ、あんたたちが入ろうが入らまいが、あたしはどっちでも良いけど? そこまで! 言うなら! 話してあげるからありがたく拝聴しなさい!」

「……」

「嘘ですごめんなさい! 話を聞いてください!」

 再度回れ右をした蔵之介に、凛がしがみつく。もう面倒だから普通にやってくれ。

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