かくして第二部室棟へ

示し合わせたかのように蔵之介たち三人の時間が停止した。長い長い沈黙。

 やがてそっと顔を見合わせ、

「どうします? ちょうどおあつらえ向きなのがきましたよ……」

「俺は恋愛研究会と言ったんであって、こんなぶっちぎりでやべーサークル名第一位を口にした覚えはない……」

「かなり危ない匂いがするぞ、これは……」

 小声でひそひそ作戦会議。喜んで! と付いて行くにはあまりにも名前がアナーキーすぎる。なんだ、モテモテハーレムて。

「ここはIQ1000の僕の頭脳を使って、さっさと逃げるぞ」

「ど、どうやってです⁉︎」

「僕が急に腹痛を訴えて転げ回るから、唯花は僕を担ぎ上げて保健室へ連れて行くふりをして、この場から離れてくれ」

「俺が取り残されてんだけど……」

 やいのやいの、といかに穏便かつ迅速にこの場から逃走するか作戦を練っていたところ、

「お願いだっ……!」

 蔵之介の眼前に、いきなり咲乃の端正な顔が、ずい、と近づけられた。

「ちょっ⁉︎」

 じっと、その芸術的な碧眼へきがんで見つめられる。

 眩い輝きと、深い紺碧こんぺきが同居する奇跡。一瞬で蔵之介はその神秘的な世界に引き込まれてしまった。まるで海のようだ、と思った。

「無理に入ってくれとは言わない。話を聞いてくれるだけで良いんだ。……頼む」

 すがるような声。その目に魅入られた途端に、なんだか頭がボーッとして、咲乃の話はあまり入ってこなかった。気付けば、

「まあ、話を聞くだけなら……」

 自分でもよく分からぬうちに、なぜだが了承してしまった。

「おい! 大丈夫なのかよ。まんまと乗っちまって」

「……ハッ!」

 耳元の悠馬の声でようやく蔵之介は我に返った。咲乃の瞳を見つめている内に、丸で眠りに落ちる寸前のように、いつの間にか意識が朦朧もうろうとしていた。

 今のは一体……?

「まぁ話を聞くくらいなら良いんじゃないですか? 先輩、困ってるみたいですし……」

 かわいそうですよう、という唯花の言葉に、悠馬もちょいと考え込み、

「……まあ、皆が良いなら良いか。行ってみるべ」

 あっさりと言う。基本的にあまりなにも考えていない男である。

 それを聞いた咲乃は安堵の表情を浮かべると、分かりやすく胸に手を当て、ほっと一息。

「ありがとう」

 今まで真一文字だった口元が、初めて嬉しそうにほころんだ。薄く整った唇が、優しい笑みを作る。

 なんて綺麗に笑う人なのだろう、と蔵之介は思わず見惚れてしまう。顔にほんのりと熱が灯るのが分かり、胸も思わず鼓動を早くする。

 決して、この咲乃の美貌に惚れ込んで、ホイホイとついて行くわけではない。彼女の少し浮世離れした雰囲気。特に、他者とは一線を画す、その瞳。

 なんとなく、それに興味を引かれた。彼女について行けば、なにか面白いものが見れるかもという、予感があった。

「それで、部室はどちらにあるんですか?」

 一方、おそらくなにも考えてないであろう唯花が、弾んだ声で尋ねる。

「ああ、部室は…ここだ」

 咲乃が、すっ、と指差したのは、目の前の建物。

 黒くシミのついたコンクリートにところどころヒビが入り、古臭くこじんまりとしている、第二部室棟。

「第二部室棟に、私たちの部室がある」 

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