恋愛に振り切れているサークルとは?

「これは……」

 恋が峰学園は、普段授業を受けている第一校舎、各サークルが使用する複数の部室棟、体育館、食堂など、多くの建物が山を切り開いた道沿いに建ち並び、その一帯が広大な学園の敷地となっている。サークル説明会は第一校舎と各部室棟にて行われているのだが、

「すっげえ人……」

 第一校舎の校庭、さらに普段生徒達の憩いの場となる裏庭のそこかしこに、押し合うような混雑が出来ていた。

 各サークルは机と椅子を設置、中には屋台まで出しているものもあり、道行く新入生たちに手当たり次第声をかけている。新入生の数もものすごい為、人だかりが邪魔になり、なかなか前に進めない。

 四方八方からサークル勧誘の叫び声が轟く。

「硬式野球部! 白球と一緒に青春を追いかけてみない⁉︎」

「モテたいならサッカー部! サッカーボールと一緒に青春を追いかけよう!」

「吹奏楽部でーす! 音符と共に青春を……」

 勧誘文句がワンパターンすぎるだろ。

「わぁ、すごいですねぇ」

 唯花は目をキラキラ、落ち着きなくきょろきょろとあたりを見回している。

「よくそんな楽しそうにしていられるな……ゼェ……。僕はこの人混みで、ハァ……そろそろ、体力がキツくなってきた……」

「早くね……?」

 ぜぇぜぇと肩で息をする蔵之介を、悠馬は呆れた目で見る。人混みというものは肉体的にも精神的にも消耗が激しい。

「だ、大丈夫ですか? 疲れたら休みましょうね。おんぶしましょうか?」

「いよいよとなったら、頼む」

「逆じゃね……?」

 悠馬の瞳は呆れを通り越し、もはや哀れみの色。やめろ、そんな目で見るな。そもそも僕は頭脳労働担当なのだ。こんなパンパンの人混みの中をちびちび進むなど、初詣の時くらいで十分だ。………。

「……そういえば初詣も二年くらい行ってないな」

「なんの話?」

 その後、人混みにむぎゅむぎゅと揉まれつつ、三人は適当にサークルのブースを見てまわった。途中、唯花が出店の焼き鳥に釣られてふらふらといなくなったり、蔵之介が疲労で道端に座り込んだり、唯花がわたあめに釣られていなくなったり、蔵之介が道端に倒れ込んだりした。そしてその度に走り回るのは悠馬であった。


 ある程度見てまわった後、三人は第二部室棟と呼ばれる建物の、中庭にあるベンチに腰を下ろしていた。

「ハァハァ……やはり、三次元でのアプローチなどナンセンスだ……。このネット社会において、なんて非効率な……ゼェゼェ……」

「お腹いっぱいで動けません!」

「きみたちのおかげで疲れたぜ……」

 三者三様の理由で休息が必要だったため、この人気の少ない第二部室棟へと避難してきた。建物が新しく非常に巨大な第一部室棟とは違い、第二部室棟は、黒くシミのついたコンクリートにところどころヒビが入り、この学園の建物にしては、古臭くこじんまりとしていた。校舎や食堂等、他の建物からも離れた場所にぽつねんとあるため、新歓の喧騒も遠くに感じられる。

「なんか気になるサークルあったか?」

 悠馬の言葉に、蔵之介は渡された(というか、半ば強引に押し付けられた)多様なサークルのパンフレットを眺めた。

 テニス部、ボクシング部、文芸部、天文部、ラーメン研究会、和食研究会、未確認生物探索隊、人差し指を研究する会、プンチャックシラット愛好会……。

「あんまりピンとくるものはなかったな……」

「うーん……。私も、美味しいものはたくさんありましたけど、これだ! っていうところは無かったですかね」

 サークルが多いとは思っていたが、正統派からわけの分からないものまで、実際の数はその想像を優に上回っていた。しかしそのどれも実態は似たようなもので、

「結局、この学園においてはどのサークルも恋愛第一なのだろうな」

 うちにはかわいい子揃ってるよ! だの、イケメンがいっぱいいるよ! だの。

 夜のお店みたいな呼び込みが飛び交い、真剣な活動内容を売り込む硬派なサークルなど、ひとつとしてなかった。美男美女をとにかく集めて、あとは適当に楽しくやりましょう。そんな感じ。

「だったらいっそ、この学園らしい、恋愛について学べる、恋愛に振り切れているサークルのが良いんじゃね?」

 悠馬の言葉に唯花が、はて、と小首を傾げる。

「恋愛に振り切れているサークルってなんでしょう?」

「例えば……恋愛研究会みたいな」

「そのまんまだな……」

 うーんと三人が同時に唸る。どっかにそれらしいのが載ってないかと新歓案内を広げると、

「話し中にすまない」

 突然背後から声をかけられた。

 振り向いた蔵之介は、思わず息を飲んだ。すらりと白く伸びた脚は眩しく、腰まであろうかという長いブラウンベージュの髪は太陽の光を鮮やかに反射していた。高く筋の通った鼻、ほんのり紅い艶やかな唇。しかし何よりも目を奪われたのは、その陶器のように繊細な顔立ちの中でもひときわ美しい、柔和な切れ長の目であった。瞳は吸い込まれてしまいそうなほど鮮やかなブルーであり、輝きを放ちながらも、あまりにも深く、穏やか。こんな綺麗な瞳をした人を、蔵之介は見たことがなかった。

「君たちは今年の新入生か?」

 静かな声でそう尋ねる女性は、恋が峰学園の制服をきっちりと身にまとっていた。

 なんて神秘的な目をした人なのだろう、と蔵之介はしばし呆然とした。無表情な人だったが、冷たいと感じさせないのは、この壮麗で優しい瞳のおかげだろう。

「そうっすけど…お姉さんは?」

 同じくその瞳に見惚れていたであろう悠馬が、まるで夢うつつ、少々ぼんやりとした口調でそう返した。

「失礼、私は蓮水はすみ咲乃さくの。この学園の二年生だ」

 美しい目をした女性は、ちょっと頭を下げた後、さらりと額に落ちる髪をそっとかきあげる。仕草の一つ一つが優雅で、品があった。

「二年生……」

 数研や先ほどの新歓で、上級生は何人か目にしたが、その中でも圧倒的な美。これぞ恋ヶ峰学園の生徒、と突きつけられたような衝撃。

「君たち、サークルを探しているのか?」

 咲乃は蔵之介たちが手に持っているパンフレットの束をチラリとみて、

「よければ、私たちのサークルを見て行かないか?」

 少し低く、落ち着いた声。

「なんていうサークルなんですか?」

 なんとなく警戒して蔵之介が聞く。あまりの美しさにしばしほうけていたが、危機感が徐々に徐々に頭をもたげた。

 ずばり、美人のお姉さんを使って、怪しいサークルへ連れて行かれるんじゃないか、という疑念。新興宗教…美人局…。

「私たちのサークルは…」

 少し言い淀むように、咲乃の唇が震えた、ように見えた。

 暴力団…闇金…。


「『モテモテハーレムを研究する会』……だ」

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