第20回
何も無い道を歩く。舗装された道も、生茂る木も、湧き出す水も。遠く広い空の色も、自分自身の立つべき地面も、呼吸をするための空気も。
飛ぶための翼も、前を照らす星も、目指す場所もないこの道。
私は、何を求めているのだろう。
「和ちゃん?」
「ん。ごめんぼーっとしてた」
「珍しいね。今日は早めに帰る?」
「大丈夫。次の部誌に載せる作品考えてただけだし」
「お、新作!楽しみにしてる!んじゃ私は帰るよ」
「ん。……んー」
いつも元気な部長を見送り伸びをする。私は青木和。文芸部所属の高校2年生だ。月に1回、作品を集めて部誌を作成、配布している。先月3年生が引退し、新副部長を任されてしまっている。新世代組で作り上げる初めての部誌なので、新作を書こうとしているのだが……。
「……思い浮かばない」
はぁぁ、と不安と自分への失望を込めた特大のため息を一つ。
プロットを書いては二重線を引き、消しては書き足す。紙はぐちゃぐちゃになり、ゴミ箱へと溜まっていく。
「みーちゃん先輩、お悩み中ですねぇ。恋煩い?」
「こら、香織。そんなんじゃないよ。ただなんかこう……からっぽだなぁって」
「からっぽ?」
「ん。からっぽ。手癖で書いてもいいんだけれど、なんかそんな気分じゃなくて。だから新しい雰囲気に挑戦しようと思ったんだけど浮かばなくて」
初めて作品を書いたのは小学生の頃。当時はまぁ、とても読めるような内容じゃなかったけれど。漫画のような恋とか、カッコいい王子様とか。そんな空想ばかりして、その空想を吐き出して ──
── ただ、笑われて。
悔しかった。恥ずかしかった。「普通の人」はそんなことしないって。本を読むのに作ろうとは思わないって。それを聞いた私はというと。
そっと、私はペンを置いた。
── そっと、私はペンを置いていた。
「……みーちゃん先輩?」
「ねぇ、香織ちゃん。ちょっとあなたの作品見てもいい?」
「えっ…… まぁいいですけど…… みーちゃん先輩には全然及ばないっていうか…… 恥ずかしい…… ですね……えへへ……」
香織の作品を受け取る。
タイトルは『いつまでも変わらない夢』。
ファンタジー恋愛モノです、と恥ずかしげに香織は言う。
国境付近の小さな村に少年と少女がいた。
村人たちは日々を穏やかに過ごしていた。
平和な日々は突然壊される。
二つの国が戦争を始めた。村は瞬く間に戦火にのまれた。
少年少女はこっそり逃げる。だけれど暗い森の中で少女が怪我をする。
少年が少女を背負って逃げる。
しかし結局追手に捕まり離れ離れになる2人。
捕まる前に2人はそっと約束をする。
『いつかきっと、迎えに行くから』
「あぅ。先輩、そんな読み込むような内容ですか……?」
「いい作品だなって思って。昔を思い出しちゃう」
「……みーちゃん先輩!?先輩ってファンタジー系読まないと思っていたんですけど!?」
意外、と小声で付け加えられる。
「本当は大好きなんだけどね。まぁ色々あって」
「な、なるほど……。深くは触れないでおきますね」
「別にたいしたことではないんだけどね。ところで香織ちゃん、この続きって……」
「あ、来月の部誌で書こうと思ってます。もしかして……ファンになっちゃいました?」
にこにこと香織が微笑む。
「そうかも。とっても先が気になっちゃった」
「やったぁ!じゃあ、みーちゃん先輩のために執筆ペース上げますね!」
香織がプロット帳を引っ張り出してノートパソコンを開く。
「ありがとう。さて、私も頑張らなきゃね」
再びペンを手に取る。
── ペンを再び手に取った。
確かそれは、中学2年生の時だったか。演劇部の友達に頼まれて劇の脚本を書いた。題は『月の夜の恋』。満月の夜に出会った2人が恋をする。だけれど会うことができるのは満月の夜だけ。不思議な恋模様を描き上げたその作品は、文化祭の演目として採用され、校内で大好評だったのだ。
ああ、これでいいんだ。私の表現は、これでいいんだ。真っ白なノートに、新しいシャープペンを走らせた。
── 使い古したノート。ネタ帳として数々の思いつきを書き込んだそれを眺める。ルーズリーフのプロット帳をめくる。さらさらとペンを走らせる。
「みーちゃん先輩、どんな話書くんですか?」
「内緒、と言いたいところだけどね。香織ちゃんの作品見せてもらったからちょっとくらいはいいかな。私ね、小学校の時に書きたかったお話があるの」
「みーちゃん先輩、小学校の時からペン握ってたんですか!?」
目をキラキラと輝かせながら香織が迫って来る。
「う……近い近い。まぁ、あの時は全然自信なくて結局あんまり書かなかったかな。ちゃんと書き始めたのは中学校からだよ」
「それでもすごいです。自分の中に浮かんだ感情を出力しよう、だなんて、普通の人にはできないことですよ」
香織が少し目を伏せる。
「私は、小学校の頃は本を書くなんて恥ずかしい、なんて思っていました。けど、先輩が中学の時に書いたシナリオの演劇を見て、こうやって興味を持てたんです」
にこっと香織が笑う。
「だから、こうやって先輩の後を追ってきましたし、私に自分を表現をするきっかけをくれた先輩が大好きです。……あ、別に変な意味じゃないですよ!!」
「ふふふっ、大丈夫大丈夫。分かってるよ」
「えっとそれで……って、私の話はどうでもいいんです!!先輩の新作を聞きに来たんです!」
「そうだったね。はい、どうぞ。まだプロット段階だけれども」
『(仮)運命の星』と書かれたルーズリーフを手渡す。
ありがとうございます、と香織は受け取りルーズリーフをめくる。
窓の外を見る。街路樹は風に揺れている。昼過ぎまで降っていた雨は未だ地面を湿らせていた。空は少し曇っているが、夕焼け色に染まっている。深呼吸をした。雲間に見つける一番星。
香織がわぁ、と声を漏らす。
「みーちゃん先輩……これ、読んでみたいです。心が温かくて、切なくてきゅっとなるけど、まとまりがあってわくわくして。先輩の書いたこの作品が読みたいです!」
「そっか。ありがとう。じゃあ、今年の部誌はこの話を連載しようかな」
「やったぁ!」
私はノートパソコンを開き、深呼吸をしてキーボードを打ち始めた。
何も無い道を歩く。舗装された道も、生茂る木も、湧き出す水も。遠く広い空の色も、自分自身の立つべき地面も、呼吸をするための空気も。
飛ぶための翼も、前を照らす星も、目指す場所もないこの道。
それは、今から私が描いていくものだ。
作者人狼 蒼恋華 @Blue_LoveLotus
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