第十四回作者人狼「魔女」

遠い遠い昔の話。

昏い昏い森の奥。そこには一人の魔女がいたとさ。

魔女に会った者は皆、館へ連れて行かれたとか。

豪華な食事や暖かな寝床が用意され魔女にもてなされた者は ──

── 終ぞ、帰ってくることはなかった。


人々は魔女を人喰い魔女だと恐れ、森に入る人間は減っていった。


***


「お主?生きておるか?おーい」

「…… 」

傷だらけで倒れている少年は、生きてはいるようだが気を失っているようだった。放っておけば森の生き物にでも食われてしまうだろう。

「……仕方ないのう」

倒れていた少年を、持ってきた箒で作った簡易担架に乗せて館へと運び込むことにした。


「空き部屋は……っと。とりあえず客間に寝かしておくかの。さて、使ってない部屋は……ここじゃな」

少年が目を覚ますまで、空き部屋を掃除して支度をすることにした。広い館を一日ですべて掃除するのは大変なので、ひと月で屋敷を一回りすることにしていたのだが、予想外の来客に掃除する場所が増えてしまった。

「まったく、メイドたちもじいやもいなくなってしまっては寂しいではないか。わしを置いて居なくなるなぞどういうことじゃ。わし一人にはこの屋敷はちと広すぎるのじゃ」

独り言もほどほどに掃除を開始する。本棚やクローゼットの埃を払い、窓を乾いた布で軽く拭き、ベッドのシーツを取り換え、真新しい絨毯を敷く。

その他隅々まで掃除を終え、夕方になっても青年は目を覚まさなかった。

「…… どれ、ベッドまで運んでやるとするか。ここに寝かせておいたわしが言うのも何じゃが風邪をひかせてはたまらん」

掃除したばかりの部屋へと運ぶ。

「…… 何年ぶりじゃろうな。こんなことをするのも」

はっと思いついたわしは、台所へと走り出す。いつもよりも大きな鍋を取り出して卵粥を作り始める。

「決して豪華な食事とは言えぬのじゃがな。くひひひひ」


温かい卵粥を用意して少年の寝ている部屋のドアを開ける。

「…… 」

「…… 」

と、少年と目が合ったのだった。

「ぴゃああっ!? 」

「えっあのま…… 」

思わずドアの陰へ隠れてしまった。

「あの!僕を助けてくれたんですよね?」

「あ、えあ、いやその…… にゃははは…… 」

こほん、と咳ばらいをして少年の前に躍り出る。

「まさにその通り!わしはこの館の主じゃ!そうじゃの、気軽に魔女ちゃまとでも呼ぶがよい!!」

「魔女…… ちゃま?」

「…… 昔の馴染みがようそうやって呼んでくれたんじゃ!」

少年は困惑したような顔をする。

「あの…… 名前は…… 」

「とうの昔に忘れたわい!なにせこの数百年、誰もこの館に寄り付かんのじゃ」

少年の顔が青ざめていく。

「何じゃ? どうしたのじゃ? どこか気分が悪いのかの? 」

「もしかして僕を食うつもりなのか…… ? 」

「む。失礼じゃな。まず第一、人間の肉なぞ食わんわ。野菜のほうが好きじゃし」

「じゃあどうして…… 」

「その前になぜそんなに怯えておるのじゃ。わしは何もしとらんぞ」

「人喰い魔女の伝説…… 」

「…… もしや、最近人が来ないと思うたら、そんな噂が流れとるんか?」

少年は震えながら首を縦に振る。

「はぁ。何をどうしたらそんな噂が流れるのじゃ」

「魔女の元へ行った人間は帰ってくることはなかったって……」

「帰らなかった者はここに残りたいと言った者だけじゃ。もっとも、来る人も少なく帰りたいと言った人間もほとんどいなかったがの」

「すみません…… 誤解してしまって…… 」

「いいんじゃよ。ところでお主、名は何という?」

「アルム。アルムといいます」

「ふむ、アルムか。お主はなぜ、あんな場所に倒れていたのか分かるかの?」

「……」

アルムが目を逸らして一瞬躊躇った。意を決したように目を閉じて袖をめくりあげる。

「ひどい傷ではないか!?」

切られた痕、殴られた跡、火傷の跡。

「……虐待、されていたんです。多分、捨てられたのかな、って」

「……」

思わず黙ってしまうほどにひどい有様であった。

「ごめんなさい、初対面なのにこんなものを見せてしまって」

「それを言うなら初対面で食われるって思われた方がショックじゃ!!!まぁよい。してアルム、どこかに行くアテはあるのか?」

「いえ……捨てられた身なので」

「……ならばこの館にしばらくいるがよい。なに、出て行きたい時は勝手に出て行けばよい。どうじゃ?」

「良いんですか?」

「言っておくが食うつもりは無いのじゃぞ!わしは人間が嫌いじゃからな!」

わしは出来る限り強く ──威嚇の意味を兼ねて、しかし通じていないようだが ──そう付け加えて、卵粥を置いて部屋を出た。


***


「なんてことがありましたよねぇ」

「う……うるさい!!お主はなぜそうもわしの恥ずかしい過去を思い出せるのじゃ!!」

「そりゃ、初めてここにいていいって言われて嬉しかったからじゃないですかね?」

「くぅぅ。体だけじゃなく態度もデカくなりおってからに!!」

「魔女ちゃまが成長しないからでしょう」

「失敬な!わしだって成長しておるのじゃよ!!料理の腕とか!」

アルムという少年を拾ってから既に15年が経過していた。人間の成長とは早いもので、アルムは立派な大人へと成長していた。

「はいはい、魔女ちゃまの料理はとても美味しいですよ。毎日食べたいくらいです」

「毎日食べておろう!」

いつでも出て行って良いと言ったにも関わらずアルムは結局この家に住み続けているのだ。人間は嫌いじゃと言っておろうに。

「魔女ちゃまの人間嫌いは相変わらずですね」

「何がじゃ!!」

「顔に出てますよ、だから人間は嫌いじゃ、って」

「〜〜〜っ!!!この大バカ者!!嫌いじゃ!!嫌いじゃ!!!」

ポカポカとアルムを叩く。

「ちょ、魔女ちゃま顔はやめてください顔は!!まったく、僕が出て行ったら魔女ちゃまは悲しむでしょう?」

「そりゃそうじゃが…… 一人は寂しいに決まっておろう!」

「大丈夫ですよ、僕はずっとここにいますから」

「ずっとじゃぞ?」

「ずっとですよ」

アルムは微笑みながら、卵粥を口に運んだ。


***


「魔女ちゃま。どこにいるのですか?」

「わしはここじゃよ」

台所からひょいと首を出す。

「もう少しじゃから待っておれ……ってのわぁ!?」

「魔女ちゃま!?大丈夫ですか!?」

アルムが椅子から立ち上がり、駆け寄ってくる。

「いててて……よい、そこに座っておれ。服が引っかかって皿が落ちただけじゃ」

「魔女ちゃま、割れた皿は危ないですよ」

「そんなことは分かっておる!アルムよ、脚が痛むのじゃろう?いいから座っておるのじゃ」

「……分かりました」

アルムが椅子へと戻っていくのを見ながらわしは皿を片付けた。

「まったく、だから人間は嫌いなのじゃ……」

「聞こえていますよ、魔女ちゃま」

「う、うるさいのじゃ!さっさと戻れ!」

ため息をつく。出来立ての卵粥の香りが辺りに広がっていた。


***


「魔女ちゃまも変わりませんね……げほっ」

「当たり前じゃ!!わしは……わしは不老不死なのじゃぞ……!ずっと、ずっとこんな幼い体のままなのじゃぞ!」

アルムはもうベッドから起き上がることができなくなっていた。

「僕も、人喰い魔女の伝説の一部になってしまいますね」

「バカ者!そんなことを言うでない!!約束したではないか!!ずっとここにいるって……約束したじゃろう!」

「本当に不老不死だとは思わないじゃないですか。ただの人間嫌いの少女かと」

「〜〜〜っ!この期に及んで冗談とな!!バカ者!どうしてそうしていなくなってしまうのじゃ!!」

「でも魔女ちゃ」

「それ以上喋るでない!!わしが……わしが寂しくなるじゃろうが…… っ」

「…… 」

アルムは口を閉じてこちらをじっと見る。

「…… なんじゃ!何か喋れ!」

「魔女ちゃまは理不尽ですね。そういうところ、だいぶ好きでしたよ」

「人間なんて嫌いじゃあ!!!」

「あ、魔女ちゃま。お願いがあります」

「…… なんじゃ、言うてみい」

「…… あの日の卵粥、もう一度食べたいです」

「……卵粥、毎日食うておらぬか?」

「知ってますよ。毎日微妙に味付けを変えていたこと。森で採れるキノコや木の実を使って。庭にいる鶏から採れたての卵で作る卵粥、大好きですよ」

「〜〜〜っ!まぁよい!あの日ってのが分からんがまぁ心当たりがないでもない。作ってきてやろう」

「ありがとうございます」


あの日といえばきっとあれだ。……どれだろう。一大イベントらしきイベントはなかった気がする。

それらしいといえば、アルムがここに来た日のことだろうか。


***


「できたぞ。答え合わせの時間…… じゃ…… 」

アルムが静かに目を閉じている。寝ているような、しかしそれにしてはあまりに静かな。そんな様子で。


── アルムはもう ──


***


昏い昏い森の奥。そこには一人の魔女がいたとさ。

魔女に会った者は皆、館へ連れて行かれたとか。

豪華な食事や暖かな寝床が用意され魔女にもてなされた者は ──

── 終ぞ、帰ってくることはなかった。

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