第十二回作者人狼「プレゼント」
あの子の膝の上で寝るのが大好きだった。昔、ずっと一緒だった女の子。小学生の時に転校して以来だろうか。その少女は今、私の目の前にいる。
***
── 時は少し前に遡る。私が目を覚ますと不思議な教室にいた。周りにはクラスメイトではなく、見知らぬ人たちがいる。夢かと思い、呑気に伸びをしていると、スピーカーから加工された音声が流れ始めた。そして、デスゲームの開催が宣言された。ルールは簡単だ。トーナメント戦を行い、殺せば勝ち。特殊なルールとしては各人にアルファベット1文字が配られ、その文字から始まる英単語を具現化することができる。また、殺した相手から一つだけ単語を奪うことができる、といったものだ。
私に割り当てられた文字は『P』だった。私が一回戦で『C』を破ることができたのもこの文字のお陰だろう。ありがたく《Copy》の文字を頂いたのだった。
***
「久しぶりだね、元気だった?」
「ええ、もちろん」
彼女と再会したのは、そんなデスゲームの最中だった。
「……ねぇ、『L』。あの…… 」
「それ以上喋らないで。…… これは戦いなの。余計な言葉はいらない」
『L』は親指で照準をつけるようにして、人差し指と中指をこちらへと伸ばす。
「……始めるわよ」
不意打ちで攻撃をしないあたり、彼女も私と戦うことに躊躇いを感じているのだろう。
「《Copy》」
壁に向けて《Copy》を放つ。
「《Laser》!」
「《Paste》!」
『L』が指から放つ光を、目の前に貼り付けた壁で防ぐ。
「《Leaf》!」
『L』が大量の葉を飛ばす。
「《Limb》!」
木の葉が鋭い刃となり、壁に穴を開け始める。
── このままじゃ負ける。あの子に使いたくはなかったけど──
「《Pain》!」
「痛っ……!!あぁっ……う……ぐ……っ」
『P』は、苦痛を与えるという点で最も適した文字だった。ただ一言、《Pain》── そう唱えるだけで相手が苦しみ始めるのだ。
「……《Loose》」
ぱきん、と高い音がして能力が弾かれる感覚が走った。
「……『解き放つ』……、だなんて……便利な……能力だわ……」
肩で息をしながら『L』はゆっくりと立ち上がる。
「《Paralyze》!」
「《Loose》!」
麻痺の能力を即座に弾かれる。
「どうして……どうして今ここにいるの!」
「それは私のセリフよ!!……なんでこんな状況で再会しちゃうのよ!!」
お互いに指を向けたまま止まっている。
「……貴女と争いたくなんかない!」
「私だってそうに決まってるわ!!!でも……でも仕方ないでしょ!?……殺さないと、殺される。それだけなのよ!!」
『L』は泣き叫ぶように叫んだ。
「貴女のことは覚えてる!アルファベットに名前を書き換えられたせいで本当の名前は分からないけど、貴女のことをちゃんと覚えてる!!私の膝でよく眠っていたこと、そんな貴女の髪を撫でるのが私の楽しみだったこと、いつかどこかでまた会おうって約束、名前以外全部、全部覚えてるッ!!」
『L』は拳を壁に叩きつけ、少し痛そうに顔をしかめる。
「いくら貴女のことが大好きでもっ!!私は自分から命を投げ出すなんて怖くてできないのッ!!死にたくないなら、死にたくないなら殺すしかないじゃないッ!!!」
『L』は私へと指を突き出す。
「だから……だから私は、この思い出ごと貴女を殺すのッ!!」
「『L』……」
『L』はじっと動かずにこっちの言葉を待っているようだった。
「私はね、あなたの膝の上で寝るのが好きだった。撫でてくれた手が大好きだった。あなたがいなくなるって時は寂しくてずっと泣いてたのっ。……死ぬのは怖いよ。怖いけど、あなたのいない世界で生きていくことの方が何倍も怖いのっ!だから……」
私は自分の胸に指を向ける。
「……プレゼントだよ。私の力、あなたにあげる」
「『P』!ダメッ!!!」
「……《Paralyze》」
「《Loose》!」
麻痺が弾かれる。
「どうして止めるの……?私が死ねばあなたは……生きていられるのに……」
「私だって貴女を失うのが怖いに決まってるじゃない!!いい、これは勝負よ。負けた方が死に、勝った方が生き残るの!自分から勝負を降りるなんて許さないんだから……!」
「……」
お互いに指を向け合う。
「じゃあ、いくよ」
「ええ、いつでも」
2人の呼吸が合わさる。
「《Copy》!」
「《Water》!」
私は『L』をコピーし、『L』は私に水をかける。
「《Petrol》!」
「《Lightning》……あっ」
最悪の事故だった。雷撃を封じるために振りまいたガソリンは、同じタイミングで発せられた雷撃によって爆発を起こす。
「《……e》」
***
爆発の瞬間に、微かに聞こえた『L』の声。
遠のいた意識が徐々に戻り始める。
黒く焦げた部屋に、私はただ一人残されていた。
── 《Life》。『L』は私に《命》を与えたのだ。
『おめでとう、君の勝利だ。報酬を選ぶがいい』
「……少しだけ、待ってくれますか?」
『いいだろう、次の試合までに決めるように』
私は、ついさっきの私の行動を思い出す。少し卑怯な手を取ろうとして、発した《Copy》の能力。
「《Paste》」
『L』の身体が現れる。生気はなく、空っぽの身体。ここに《Life》で生命を吹き込めば ──
「っ。《Life》を選びます!」
***
── 私は、『L』の控え室で泣きじゃくっていた。
*****
1時間ほど前。《Life》で生命を吹き込んだ身体は、確かに生命を宿して動いた。しかしそれは、決して『L』などではなかった。無機質で、温かさのない人形だった。私は気付いてしまったのだ。
── 魂の無いそれは、ただの虚像だ、と。
大好きだった『L』を、この手で殺した。罪悪感に襲われ、私は幼い子供のように泣き叫んでいた。嫌だ、嫌だと泣き叫びながら何度もリボンを首に括った。
《Life》とは、呪いだった。簡単に死ぬことを許してはくれない、苦しみながらも生かされ続ける、最低最悪の呪いだった。
「殺してよ……殺してよ殺してよ殺してよっ……!!」
机を蹴り飛ばす。机の上のノートパソコンが揺れる。
「……パソコン?」
配布されていたパソコンを開いてみる。デスクトップには辞書ソフトとブラウザと──テキストファイル。
「ファイル名は……『toAsaka.txt』?」
アサカ。それは、私の本来の──
靄がかかったかのように思い出せなくなる。
私は、無意識でテキストファイルを開いていた。
── 浅香ちゃん。もしかしたら私はここで死んでしまうかもしれません。不思議なデスゲームに参加させられて、私は既に『W』という人を殺しました。浅香ちゃんに会いたい。そのためにできる限りの抵抗をしていきたいな。いつ死ぬか分からないこの状況が怖くて、ひとりぼっちが寂しくて、パソコンに向かってこんな文章を書いてます。送信もできないのにね。……人を殺してしまった私を、浅香ちゃんは受け入れてくれるかな。許してくれるかな。浅香ちゃんのぬくもりが恋しいな。今すぐに会いたいな。
そろそろ試合が始まっちゃう。今回のメモはここまでです。大好きだよ、浅香ちゃん ──
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