第十一回作者人狼〜「愛」

「本当にいいのか?ディア」

「……ええ。わたしはもう決めましたから」

そっと目を伏せる。

「何も、無理に僕に付き合わなくてもいいんだ」

「わたしはわたしの意志でここにいます。記憶を失ったわたしを保護していただいたのですから、わたしもレストさんの支えになりたいのです」

「……そっか、ありがとう」

レストが魔力を集めてレイピアを生成した。

「さて、そろそろ準備をした方がいい。奴らが来るよ」

「はい!」

わたしも魔導書を開く。

「さぁ、行くぞ」

レストの目の色が変わる。通路の陰から人影が現れた。

「calbr-ce-gad …… 『ガル・クリスタ』!!」

レストが単詠唱の呪文を唱える。氷柱が勢いよく飛び出し、人影に迫る。

甲高い音が響く。おそらく弾かれたのだろう。砕け散る氷の結晶がキラキラと輝いていた。

「……王国騎士、レミル・ベルガルド。禁忌指定第一級魔術師、レスト。貴様を始末しに来た」

「まったく、しつこい奴だ。俺はただ静かに暮らしたいだけなんだよ。言ってる意味が分かるか?」

レストがレイピアを向ける。

「貴様に静かな暮らしなどない。貴様はあまりに危険すぎる」

「レストさん……」

わたしは静かにレストを見つめた。

「大丈夫だよ、ディア。僕を信じて」

「はい、レストさん」

わたしは笑顔で頷いた。

「…… そこの少女。巻き込まれたくないのなら下がるがいい」

「…… いいえ。私はレストさんと共に戦うと決めたのです」

レミルの姿がブレる。

「では覚悟!」

「『ディフェンスゲイン』!」

魔導書に魔力を注ぐ。瞬時に魔力の壁が生成される。

「calbr-enfi-encr-enbt-enfe-enwd-el …… 『フィフス・ブラスト』!」

レストのレイピアから火炎、氷柱、雷撃、岩石、疾風の五つの属性の魔法が同時に飛び出す。レストが禁忌指定魔術師と呼ばれる所以、連詠唱複魔法だ。


通常、魔法は単魔法と複魔法に分類される。

単魔法は一つの属性、複魔法は複数の属性を組み合わせた魔法のことだ。

複魔法は難しく、ある程度詠唱の長さがあり、魔力の消費が大きいため戦闘時の詠唱としては不向きなのである反面、成功すれば絶大な破壊力を生み出すことができる。中でも反魔法と呼ばれる魔法は、複魔法の中でも相反する二つの属性を組み合わせることで、絶大な威力を誇る反面、制御が難しい。

レストは膨大な魔力を持ち詠唱も完璧なため、正確に複魔法や反魔法を唱えることができるのだった。


「舐めるな……!」

レミルは氷柱と岩石を盾で弾き、雷撃と火炎、疾風を躱し、そのまま剣を叩きつける。

「calen-sid-fe …… 『フェル・ディフェンド』!」

レストが岩の盾をとっさに生成して攻撃を受け、レイピアを突き出す。

「calbr-enay-ensh-gad …… 『ガル・アビシュトラ』!!」

光と闇の単詠唱複魔法。二つの反属性魔力が反発を起こし、爆発が起きる。

「貰った!」

矢がわたしの頬を掠める。

「きゃぁっ」

「ディア!大丈夫か!?」

レストが心配そうにこちらに視線を向ける。

「ええ、大丈夫です!」

土煙の中、現れたもう一つの人影。

「……王国騎士、グレイ・ベルガルド」

「っと。二人もいたか。面倒だ……」

レストはレイピアを突き出し、詠唱を始める。

「calbr-enbt-enbt-enws-enws-algad……『オルガ・ブーステッドフラッド』!!!」

大量の雷撃が降り注ぎ、爆散する様に大きな水柱が上がる。

「グレイ!」

「ああ!」

グレイが4本の矢を真上に放つ。その矢が光をまとい地面へと翔ぶ。

「calen-sid-ensh-ensh ……『セイクリッドウォール』!!」

光が4本の矢を繋ぎ、壁を作り出す。

「アビスシュート!」

私は魔導書のページをめくり、反属性である闇魔法を撃ち込んだ。

「何っ!?」

「くっ!」

騎士の二人は大きく後ろへ吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「「……calen-hl-algad…… 『キュアオール』!!」」

二人の声が重なって聞こえる。騎士達の傷がみるみるうちに癒えていった。

「さぁ、我々は魔力も体力もある。貴様ら魔力だけの戦いで我々を倒せるのか?」

「結構。今ので死なないのなら、もっと威力を上げるだけだ。calbr……」

レイピアを掲げ、詠唱を開始するレスト。

「させん!」

レスト目掛けて矢が飛ぶ。怯むことなく詠唱をするレストの目の前で矢が弾かれた。さっきの防御魔法のおかげだ。私は魔導書を開き……

「はぁっ!!!」

突如、重い衝撃に襲われる。どうやらレミルは私に盾を投げてきたようだった。

「ディア!!」

レストの詠唱が途切れる。その瞬間を狙ってグレイがレストに向けて大量の矢を降らせた。

「バカな、その速度で弓を連射するなど……」

防御魔法を張りながらレストはグレイの弓を見る。途端、驚きの表情をあらわにした。弓が光っていたのだ。

「ウェポンエンハンス……!その秘術をどこで!!」

「武器に魔力を纏わせることは本来不可能とされていた。魔力を留めておくことが困難であり、そのうえ武器が魔力に侵食され壊れてしまうからだ。だが何年前だっただろうか。とある禁忌指定第一級魔術師の生み出した魔法、ウェポンエンハンス。貴様も誰が生み出したか知っているだろう、レスト」

「……やめろ」

「知らないのかい?君のレイピアだってその魔法で作られているのだろう?」

「黙れ」

「おや、じゃあ教えてあげよう。その名は──」

「黙れって言ってんだろ!!!!!」

レストは無詠唱で刃を生成し、グレイへと撃ちこんだ。

── こんなに怒っているレストさんなんて、初めて。

わたしはぼーっと、そんなことを思っていた。

「calbr-cr-cr-cr-cr-cr-cr-cr-cr-cr-cr-gad !!『アブソリュート・ゼロ』!!」

数百、数千、という氷柱がグレイに向く。

「死ねッ!!」

「っ……ぐはぁぁぁっ……!」

グレイは全身を氷柱に貫かれ、氷漬けにされた。

「グレイ!貴様……!」

レミルはレストの方へ突っ込み。レストはそれを迎え撃ち。それをそのまま躱して。わたしへと飛びかかり。剣を突き出した。

「きゃっ!」

「死ねぇぇっ!!」

「テレポート!」


── それは一瞬の出来事だった。

レストへと突進したレミル。迎撃しようとしたレスト。それを躱して私へと突進するレミル。そして、とっさのテレポートで私とレミルの間に滑り込んだレスト。

「がぁっ……はぁっ……」

レストの胸元からは大量の赤い液体。そしてレミルの剣。

「いや……いやっ……いやぁっ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「……がはっ 」

レミルはレストから剣を引き抜き、わたしへと向けた。

「こ……来ないで……」

一歩一歩、レストが歩み寄ってくる。

「さぁ、お前にはレスト共々消えてもらう」

「『バインド』……」

レストの弱々しい詠唱が聞こえる。レミルの手足が魔法の鎖で固定された。

「にげ……ろ……」

「いやっ……レストさんを置いて逃げるだなんて……!」

「いいから早く!」

その声に反して、私は無意識に魔導書を開いていた。

「……ごめんね、レストさん」

「…… ! ディア…… その魔法は……!」

魔導書に火をつけ、魔力を回収する。自分でも何をやっているのかは分からない。頭の中に浮かんできた、知らないはずの、知っている詠唱を始める。

「ancalbr-enay-enay-enay-enay-enay-enay-enay-enay-enay……」

レミルの顔が青ざめていく。

「嘘……だろ……おい、レスト、貴様!!、離せ!こいつを止めろ!!」

「……嫌だね。ディアの選んだことだ」

「どういうことか分かってるのか!?」

「分かってるさ。分かってるけど、僕は止めない」

「クソッ……動け……動けよ……!」

「ディア。最期に僕の魔力を貸そう」

あたたかな魔力を感じる。レストが魔力をすべて送っているのだろう。

「なぁディア。気づいてるかい?……僕と君の名前、合わせてディアレスト……魔法語で『最愛の人』だってさ。僕が君を助けたのは、ずっと、ずっと、君が封印される前からずっと。大好きだったからさ。……愛してるよ、ディア」

「…… enay-enay-enay-enay-angad…… 『ヴォイド・エクスプロージョン』」

目から、温かい雫が流れた。


闇が世界を覆う。昏く、昏く、昏く。死の気配がすべてを覆いつくす。闇に飲み込まれた生命体は活動を止め、眠るように消えていった。

耳に残った最後の言葉を、私はずっと繰り返していた。

── 愛してるよ、ディア。


──── ええ。私も大好きです、レストさん ──。

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