第八回作者人狼〜「猫」〜 サブテーマ「別離」

「…… クソ親父ッ!」

月明かりの差す広場に佇む男。

「…… 剣を取れ、ルディア。なすべきことは分かっているじゃろう」

「……」

「剣を取らねば斬り捨てるまで」

そう告げると男は剣に手を掛けた。仕方なく、アタシも手を掛ける。

「そうじゃ、儂に旅の成果を見せてみよ!」


*****


── アタシはとある山の麓にある村に生まれた、猫のような耳をもつ猫耳族ケット・ヤーと呼ばれる、妖猫族ケット・シー新人類族ニューマンのハーフだ。

この世界には、大きく分けて二つの人類がいる。遥か昔から存在する『旧人類』と、創世神の加護を受けた『新人類』。細かく分けるとキリがないのだが、伝説の生物『猫』の特徴を持った妖猫族や、長い耳が特徴の森人族エルフ、白い羽が生えている天使翼族セレスティアなど、長命で魔力に対する理解や技能が飛びぬけている旧人類。それに対し、今や世界の人口の6割を占める新人類族や、子供でも新人類族の大人が三人分はあろうかという巨体を持つ巨人族ギガントなど、短命だが高い身体能力を有する新人類と分類されている。


昔の話をしよう。

アタシには、新人類族の少年アレクス、天使翼族の少女ロジーという二人の幼馴染がいた。アレクスはとても器用で、狩りに使う道具の扱いをすぐに覚えて、大人たちの手伝いをしていた。ロジーは魔法を使う才能があり、村の人たちの手伝いをして小遣い稼ぎをしていた。しかしアタシには何もなかった。旧人類と新人類の混血では、魔力を扱うにも中途半端な素質であり、体を動かすにも中途半端な体力であった。


…… ある日のことだった。アタシたち三人は、いつものように村の広場で集まり遊んでいたのだった。突然、白い閃光が視界を覆った。爆音が響く。アタシたちは、気が付くと地面に投げ出されていた。アレクスが血を流して倒れている。ロジーが必死に治癒魔法で傷を癒す。遠くから足音が聞こえてくる。

「アレクス、ロジー、誰か来るよ…… 隠れよう?」

「うん…… アレクス、立てる?」

「問題…… ないさ…… ありがとう、ロジー…… 」

元は噴水だった瓦礫の陰に隠れる。白い鎧を着た兵士たちが歩いてくる。何かを話しているようだ。

「これが大魔法、『フレアバースト』の力か…… 」

「やっぱりすげぇよ、魔術帝国レイアールってのは。 帝国最高! 」

改めて周りを見回してみる。火。容赦のない炎。前も見えないくらいの煙。まるで地獄だった。

「アレクス…… ルディア……どうしよう…… 」

「静かに。見つかっちゃうよ」

アレクスがそうつぶやいた瞬間だった。焼けた木がこちらに倒れてくる。

「きゃぁっ! 」

「ロジー! 危ない! 」

アタシはとっさにロジーを突き飛ばし、そのままアレクスの手を引く。

「誰だ!」

木が折れ、爆ぜる音がする。帝国兵が振り向く。そして──

目が、合った。


そのあとのことはあまり覚えていない。気が付くとアタシたちは帝国の奴隷市場に売られていた。そして運がいいのか悪いのか、アタシたちは同じ人にまとめて買われた。出荷用の馬車に詰められ、山道に揺られる。

「なんだ貴様ら!?」

外から奴隷商人の声がする。それと…… 金属音。

「さぁて、邪魔者もいなくなったし荷物を…… 」

みすぼらしい恰好の妖猫族の男が入ってくる。

「おっとォ?こりゃ奴隷運びの車だったか。えい、おまいら!このままアジトに連れてけ!」

「うぃーす」

子分たちだろうか、複数の声が聞こえた。その瞬間のこと。

「待ちたまえ」

外をのぞくと、一人の新人類族の男が歩いてきた。

「なんだァ?邪魔するならやっちまえ!」

山賊の子分が一斉に剣を振りかぶる。その瞬間。

「雪の閃『融雪』」

風が吹いた。思わず目を瞑る。

目を開けたときには、目の前に山賊たちの死体が転がっていた。

「おい、ロジー、ルディア、今のうちに逃げようぜ」

「うん」

「わかった」

そっと荷台からおりる。

「おォッと。逃がしませんよォ? 」

「ッ!」

足音に気づいて飛び退いたアタシ以外が捕まってしまった。

「ロジー!アレクス!」

「ルディア…… クソッ……!」

「やめてよ!離して!いやっ…… ルディアちゃん!ルディアちゃーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」

男たちに担ぎ上げられた幼馴染たちの姿が見えなくなる。突然顔に衝撃が走り、アタシは地面に叩きつけられた。口の中が切れたのだろうか。血の味がした。

「フヒヒ…… さァ、逃がさないぜェ」

一歩、また一歩と山賊の親分が近づいてくる。

「ッ……! 」

思わず目を閉じる。

「背後には気を付けるのじゃな」

その声に驚いて目を開けると、親分の首に、とても鋭利な刃がかけられていた。

飛び散る血飛沫。それはとても。

とても、美しかった。


「そこのお主」

男は持っていた剣を振り払い鞘に納めるとアタシを真っ直ぐに見て言った。

「…… お主、先ほどの二人はどうした?一緒にいたはずではなかったのか?」

「……連れ去られたよ。さっきのやつらに」

「ふむ。なら待っておれ」

男が踵を返す。

「待って!」

男が足を止める。

「アタシも連れて行って」

「…… 」

男は何も言わずに歩き始めた。アタシはそれを肯定と受け取って後を追った。


「…… 逃がしたか」

辺りを探索したものの、アレクスとロジーはすでにいなくなっていた。

「…… 」

「お主。名は何という」

男は遠くを眺めたまま尋ねる。

「ルディア」

「ルディア。お主はあの村の生き残りか? 」

男が指さす方には、跡形もなくなったアタシの故郷があった。

「…… うん」

「その様子では親も家も失ったようじゃな。…… どうじゃ、儂の家に来るか? …… 剣を教えよう」

「本当か!?だったら…… 」

「ただし。修業は厳しいぞ」

そういわれても、アタシにはもう道がなかった。それに、ロジーやアレクスの方がもっと苦しい目に遭っているはずなのだ。アタシが…… アタシが力をつけなきゃ……

「…… 行く。それでもアタシは、あいつらを……ロジーとアレクスを助けたいんだ!」

アタシは、誕生日にアレクスとロジーからもらった髪留めを握りしめた。

「…… ついていこい。儂の名はメイヘムじゃ」


***


「帰ったぞ、リディア」

「あら、お父様。今日は早かったのですね」

メイヘムの家に入ると、質素なベッドの上に金髪の少女が座っていた。

「レイアール帝国の魔法砲撃の被害者を回収したのでな。リディア、挨拶せい」

「あら。綺麗な青い髪ね。わたしはリディア。よろしくね。あなたのお名前は?」

「…… アタシはルディア。その…… よろしく……な? 」

村の外の子と話すのは初めてだった。慣れない自己紹介をすると、リディアはにこりと笑った。

「面白いね。わたしたちの名前、まるで双子みたい」

リディアもまた猫耳族ケット・ヤーなのだろう。ぴくぴくと耳を動かしてみせた。

「リディアは昔から病弱でな。ルディアよ、助けになってやってくれ」

「分かった」

「儂は道場へ行く。二人とも、仲良くするのじゃぞ」

「ええ、お父様」


メイヘムが出て行った後の部屋。アタシはリディアと話をしていた。アレクスやロジーのこと、レイアール帝国によって故郷が火の海になったこと、二人が連れ去られてしまったこと。そして、アタシがここに来た理由。それを静かに聞いていたリディアは、アタシが話し終えると、涙を零した。そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。とても、とても暖かかった。

ロジーの柔らかな羽が恋しくなる。アレクスの豪快な笑い声が恋しくなる。アタシも、気づくと涙を流していた。


***


数年後。アタシは毎日メイヘムのもとで厳しい修業をした。毎日リディアに修業のことを話した。できるようになったこと、覚えた技術。時々、メイヘムの課題に対する愚痴など。リディアも楽しそうに聞いていた。だけど……

リディアの命は、もう長くはなかった。


「……お父様。ルディアと…… 二人にして…… くださる…… ? 」

「……分かった。儂は道場にいる。ルディア、何かあったら呼ぶのじゃぞ」

「リディア姉…… 」

「ふふっ…… ねぇ、ルディア。わたし、ちょっとね…… 思いついたの」

「なに?」

「お父様には…… 内緒ね…… 絶対…… 怒られちゃう」

そう言うと、リディアは耳元でこうささやいた。

「お父様の…… 剣術にね…… あなたの使える魔法を…… 合わせるの。絶対、強いはず…… よ」

「だけど親父は…… !」

「そう。魔法が嫌い…… でもね、あなたは幼馴染を…… ロジーさんとアレクスさんを……助けに行かないといけないでしょう…… ? 強く……ならないといけないでしょう…… ? 」

「……」

「ねぇ…… ルディア……わたしのお願い…… 聞いて…… ? 」

「うん。なに? 」

「…… 幸せになって。お父様のことは…… 気にせず…… ちゃんと二人を…… 助けに行ってあげて…… 」

「…… 当たり前だろ。リディア姉。アタシは…… そのためにここに来たんだよ」

「よかった…… えへへ、安心した…… ら…… 眠く…… なっちゃった…… ルディア…… もう一つ……頼んでも…… いい…… かな?」

「なんでも言ってよ」

リディアは無言で両手を広げる。

「……うん。分かった」

ぎゅっと。優しくリディアを抱きしめる。

「ふふっ…… 暖かい…… ねぇ…… ルディア…… 」

── おやすみなさい。

ゆっくりと、リディアの体から力が抜けていった。


***


「本当に、行くのじゃな」

「ああ。アレクスとロジーを助けなきゃいけないんだ」

「ならば行け。もうここにお主の居場所はない」

「ったく、世話になったぜ、クソ親父」

「これを持っていけ」

「なんだ?」

「リディアの使ってたリボンじゃ。お主の髪は長くて剣を振るには邪魔なのじゃ。まとめておくがよい」

「…… リディア姉の墓参りには来るよ」

アタシは、リディアがそうしていたように高い位置で髪をまとめた。

「行ってきます、リディア姉」


***



里から遠く離れたある村の、月明かりが差す広場。一人の男が佇んでいた。

「ルディアよ。黙っていてすまなかったな。すべて儂の仕組んだものじゃよ」

「……親父!?」

「なぁに、ロジーとアレクスに危害は加えていない。儂が欲しかったのは有能な弟子じゃ」

「どういうことだよ、クソ親父ッ!」

「誰か一人を儂の手元に置き、育て、そして残りの二人を手配していた遠くの地に送る。そうすれば、お主はこの二人を助けるために強くなるじゃろうて」

「…… クソ親父ッ!」

「…… 剣を取れ、ルディア。なすべきことは分かっているじゃろう」

「……」

「剣を取らねば斬り捨てるまで」

そう告げると男は剣に手を掛けた。仕方なく、アタシも手を掛ける。

「そうじゃ、儂に旅の成果を見せてみよ!」

「……魔空の閃!『裂空』!」

アタシは剣を振り抜いた。風を纏った刃が高速で親父の方へと飛んでいく。

「月の閃『弧月』」

親父の振り抜いた剣が風の刃と重なる。アタシの放った風刃は、親父に届くことなく消え去った。

「クソ親父なんか……大嫌いだッ!!!!」

「お主、魔法剣を使ったな? …… 教えていないはずじゃが」

「思いついたんだよ…… 強くなるために!魔月の閃!『月光』!」

光の刃が分裂し、メイヘムに襲い掛かる。

「花の閃『桜華』」

メイヘムの剣が光の刃を受け止める。

「その程度か。ならばこちらから行くぞ!雪の閃『融雪』!」

白い一閃。アタシが受けるべき構えは……

「魔花の閃!『緋桜扇』!」

剣を振ると、丸い魔力の壁が正面に現れる。

「ルディアよ。…… お主の全力を見せよ。次の技で儂はすべての力を使う」

「望むところだ。行くぜ…… 」

アタシの全力。リディアに教えてもらった、アタシだけの秘技。

「魔星の閃!『凶ツ星』!」

「星の閃!『一条星』!」

真っ直ぐに駆け抜けるメイヘムとアタシの剣が重なり、斬り抜ける。

「…… 」

「…… 」

「返す刃は『禍ツ星』」

刹那。メイヘムの体から、傷が開く。魔力の刃がメイヘムを切り裂く。

「…… あぁ、嫌いじゃ。魔法剣はやはり嫌いじゃ。じゃが…… それもまたお主の剣なのじゃろう。確かにお主の剣が届いたのを感じた。儂の負けじゃ。…… ああ、儂は愚かだったようじゃの。わざわざ奴隷車を襲うようなことをせずとも、儂がお主たちを引き取ればよかっただけじゃのう…… 」

「親父…… 」

「強うなったの。…… ロジーとアレクスはこの奥の屋敷にいる。早く行くがいい。儂は…… 罪を重ねすぎた。潔くここで死ぬわい」

「…… 」

「行け。儂はもう助からぬ」

「でも……ッ 」

「行け!お主の居場所は…… ここではない!!」

「…… ッ! 」


アタシは、何かを振り切るように屋敷へと向かって走り出した。

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