第七回作者人狼〜「限りなく善に近い悪」〜 サブテーマ「邪魔」
──あなたの罪を見せてもらおう。
オズワルド。悪を監視するための目を与えられた正義の監視者。私は、そう定義された存在だ。
──お前の罪を数えさせてもらおう。
オズワルド。悪を裁定するための天秤を与えられた正義の裁定者。我は、そう定義された存在だ。
──貴様の罪を──裁かせてもらおう。
オズワルド。悪を裁くための剣を与えられた正義の執行者。俺はそう定義された存在だ。
──断罪を。
──執行を。
罪人が現れし刻。人々が断罪を願いし刻。
俺の剣は、鮮血を欲す。
「あ……あぁ……やめてくれ……やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
泣き叫ぶ男。俺は剣を振り下ろす。左腕が飛んだ。
「私は見ていました。あなたが罪を犯す瞬間を」
「俺は……俺はただ……!」
俺は剣を振り下ろす。右腕が飛んだ。
「我は判決を下す。お前が有罪であると」
「う……うあぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺は剣を薙ぐ。脚が飛んだ。
「俺は執行する。正義の名のもとに」
「……」
俺は剣を突き出す。心臓を穿った。
「善なる者には生を。悪なる者には裁きを。私は/我は/俺は、正義の声を聴く監視者/裁定者/執行者、オズワルドである」
***
剣を引き摺り歩く。其処彼処に死の気配がする街。いや、何処に行ったって死の気配は憑いて来る。監視者という役目を持つ以上暗殺者には追われ、裁定者という役割を持つ以上無法者には命を狙われ、執行者という役割を持つ以上死神には監視されている。ほら、今だって。
ぎぃん、と甲高い金属音。
「……」
「……!」
「私は監視者オズワルド。我の裁定により審判は下された。俺の剣に沈め」
剣を振り抜く。しかし、斬れた感覚がなかった。
「……貴様。何者だ」
俺の剣を躱してみせた男は静かに着地すると、二本の剣を構えた。
「さぁ?俺みたいな存在を執行者様が認知したところで明日には忘れてるんだろう?」
「執行が終われば興味はない」
下段から斬り上げる。剣が弾かれた。間髪を入れず向こうから突き出される刃。俺はそれを半身で躱し、男の胸部へと肘を打ち込む。
「うぐっ……ッ!」
男は吹っ飛ばされた勢いのまま大きく飛び退き、屋根の上へと着地した。
「ヘへッ……執行者、なかなかやるじゃないか」
「我は絶対の正義だ。罪の前に必ず我が天秤は振れ、俺の剣を以って裁くのみ」
屋根の上の男は笑い始めた。
「ははっ、そりゃ結構。なら執行者様。向こうに盗みを働いた女がいるぜ?こりゃ、断罪すべきだよなぁ?」
「無論。窃盗は罪である。罪人は悪である。なれば執行しなければならない」
「罪?悪?ハッ、だからなんだ」
「貴様……」
男は剣を屋根に突き刺し、座り込んだ。
「なら問おう、執行者、いや裁定者。女が盗みを働いた理由は何だろうな?」
「その問いに何の意味がある」
「いや?裁定者様の思考を知りたくてな」
「愚問である。理由に意味などない。罪を犯した者は罪人であり、悪である」
「ははぁ、なるほど」
男はくるくると短剣を弄りながら続ける。
「なら教えてやろう。あの女が盗みを働いた理由は二つある。一つは、飢えだ。一つは愛だ」
「理由など──」
「まぁ待てよ。確かに盗みは罪だ。だがな、アイツにはまだ幼い子供がいる。そうしなければ生きられない命があった。なら、赦しがあってもいいじゃないか?」
「赦しは死によって齎されるもの。悪人風情が偽善を善のように語るでない」
「おやおや。この俺が悪人に見えるってのかい」
「監視者/裁定者/執行者に刃を向けるは正義に刃を向けるに等しい。正義に刃を向けるは則ち悪なり」
「そうかいそうかい。神に気に入られて、そんな役割を背負わされると大変だなぁ、おい。価値観のアップデートすらできやしねぇ」
「話は終わりか?」
「ああ」
俺は剣を握る力を強める。
「なら死ね」
屋根の上へ飛び出し、男の首目掛けて剣を薙ぐ。
「おっと。さすがに執行者様ともなると忙しいのかい?俺が独り占めしちゃいけないよなぁ」
男は俺の剣を躱すと、喫茶店の珈琲の意匠の看板に脚を掛けするりと路地へ降り立った。
「あばよ」
逃げる男を追う。右、左、右、右、左。
上。飛んできた剣を弾き、そのまま屋根の上へと飛ぶ。
「おっと、追いつかれちまったか」
「監視者である私から、逃げられると思わないでもらいたい」
俺は剣を下段に構え、姿勢を落とした。
「あーあー、そういうこと」
男はため息をつく。
「裁定者が俺に罰を下すことを決めたから監視者で俺の場所を探し出し、執行者が俺を殺す。なるほど、そりゃ三重人格にまでして一人にまとめた方が楽に決まってる。執行者は監視者の目を借り、そして裁定者の判断を直接受け取れるからな」
「それこそが、神が私/我/俺に与えられた正しき宿命である」
斬り上げる。上から打ち込まれる男の剣と重なる。ぎりぎりと軋む刃。
「んじゃあ教えてやるよ。お前の行動原理が正義であっても、お前の価値観は決して善じゃあない。むしろ、正義の執行者という悪意だろうな」
「貴様……神を侮辱するか」
俺は男の剣を弾き飛ばす。そのまま男は後ろへと宙返りをし、自分の剣を回収する。
「オズワルドという存在は神によって正義を定義された存在!!それを貴様は悪意の善などと!」
俺は追い打ちをかけるべく疾走する。
「なら……教えてあげた方がいいかな」
振り下ろす剣にすべての体重をかける。男は片膝をつき、二つの剣を重ねて受け止める。
「この世に……絶対的な正義など……存在しない。お前の”執行”は……悪意に……よる……偏った正義の執行……だッ!」
男の剣の刃が欠ける。ぎしっ、という耳障りな金属音を立てて男へと俺の剣が近づく。
「悪意なものか!我は正しき声を聴く裁定者!俺の剣に裁かれることは、それは悪であるということに等しい!」
「何を言っても……無駄な……ようだな!」
男は俺の剣を流す。その瞬間、男の剣が折れる音が響いた。自らの剣をもう一つの剣で叩き割ったのだ。
「愚かなこと……を!?」
折れた剣の切っ先が私の目を掠める。激痛が走る。
「う……ぐ……ぁ……」
俺はすぐに耳をすます。音は……どこへ逃げた……。
「これで監視者様はお亡くなりだろう」
背後から声がする。明らかに俺の剣は届かないだろう。
「貴様……」
「そりゃまぁ、俺だって四六時中監視されるとか勘弁してほしいしな?なら目を壊してしまえばいい。まぁ正直な話、執行者様を一番消し去りたかったけど、俺の実力じゃそんなもんだってことさ。んじゃ俺はこれで。あばよ」
男はそのままどこかへ消えていった。
「……」
俺は剣を仕舞い、夜の路地裏へと歩き出した。
***
その日、この街で初めて死者が0人の朝を迎えたという。
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