第四回作者人狼~『望』~ サブタイトル『心』
「いたぞ! あそこだ! 」
マズい。軍の奴らに見つかってしまった。
「俺の手を掴んで! 」
そう言って俺は後ろにいる少女、ステラに手を差し伸べた。
「う、うん! 」
ステラの小さな手が触れる。俺はしっかりとステラの手を握り、坂道を走り出した。
通りの人々は何事かと俺たちを振り返って見るが、そんなことは気にしていられない。
必死に走っていると、手からステラの感覚が──
── 消えた。
振り向くとステラは石につまづいて転んでいた。
「ステラ! 大丈夫か! 」
「うぅぐっ…… 」
ステラの元に駆け寄ろうとする。
「リオン来ちゃダメ! あなただけでも逃げて! 」
「だけど…… 」
だけど。俺の不完全で、素直な頭では逃げることを優先しようとした。
「行って! はやく! 」
「…… ッ」
俺は、ステラを見捨てて逃げた。
「どうしてだよ…… なんでだよ…… 分からねぇよ……! 」
俺は、俺が下した合理的判断/ステラを見捨てて確実に逃げることを、どうしても正しいと断定することができなかった。
そして同時に、間違いだと証明できる理由を持っていなかった。
何年か前。
技術革新によって新しく作られた人工的な心。それは、人工知能と区別するため人工精神、Artificial Mind、AM(エイム)と呼ばれている。
俺は、ホシノ博士が作り出した完璧なクローンの体を持ち、そしてプロトタイプの第一世代である、まだまだ人間とは程遠い思考をするAMを搭載した、いわば試作品だ。
「博士ッ!! 」
俺は街を離れ、丘の上にある俺の家であり、俺を生み出した本人であるホシノ博士の研究所に駆け込んだ。
「おや、おかえり。そんなに急いでどうしたんだ?」
「ステラが…… ステラが……! 」
「…… ステラがどうしたって!? 」
「…… 軍の奴らに捕まった! 」
「なんだっ痛ってぇぇぇ!? 」
驚いた博士がライトスタンドに頭をぶつけながらよろよろと立ち上がる。
「どこだ、まだ間に合うかもしれない! 」
博士は手早く誰かにメッセージを飛ばすと、白衣を脱ぎすてて拳銃を服の袖の内に仕込んだ。
「街の方! ここに来る坂道の途中だ! 」
「リオンも来い。道案内してくれ! 」
「…… 」
ステラが捕まった場所。そこにはもう、軍の姿は見えなかった。
「……手遅れか」
博士が呟いた。
おかしい。俺はどうしてしまったのか。処理しきれない演算ループ。
ステラを見捨てたのは正しい判断なのか…… ?
分からない、ワからナい、わカラなイ…… 思考の矛盾。演算処理が……
「リオン? どうした? 」
「博士…… 俺には分かりません…… 俺は、転んでしまったステラを見捨てて逃げました。ステラにそう命令されたから、ステラを置いて俺だけ逃げました。俺がとった行動は正しいのか間違いなのか、判断できません。
確かに、逃げられる確率が高い、合理的な判断をしました。しかし同時に、ステラを助けて一緒に逃げるべきだったのではないかという非合理的な考えが…… 」
「ふむ。興味深い」
「博士ッ。俺は真面目なんですよ! 」
「分かっている。…… リオン。ここじゃなんだ。一度研究所に戻ろう」
「…… 分かりました」
ずっと処理ができずにいるこのデータは、一時保留としてしばらく凍結しておくことにした。
「…… ステラのことは残念だった。いや、死んだわけではないからきっとどこかで会えるだろう…… な」
「テオール博士…… 」
テオール博士はため息をつき、窓の外を悲しそうに眺めた。
「すまん。一人にしてくれ。…… 親として、心の整理をしたい」
そう言うと、テオール博士はバルコニーへと出て行った。
「…… そういえばリオン。さっきお前が街で話したことだが」
「…… 処理エラーが起きますよ。あれ、今凍結してデータベースの端に丸ごと放り込んでるんですから」
「…… いいか、リオン。それを人は後悔という」
「…… 後悔。これが? 」
「ああ。あの時、こうすればどうなっていただろう、などと過去を振り返って分岐点であれこれ悩むものだ。本当に正しかったのかそうでないのか、とか。そしてその先にあるかもしれないイフの世界を空想する。それは人間の特権であり欠点だ。とはいえ私は心理学や哲学の専門家ではないからね。詳しく分類、分析はできないのだけれど」
自嘲気味に博士は言った。
「君たちにはセロトニンやドーパミン、オキシトシンといった物質を生成する機能はない。だから機械的に"ココロ"を処理する必要がある。」
だからAMは難しく、興味深いのだ、とホシノ博士は語る。
「矛盾に満ちた人間の感情を機械的に再現なんて無茶だと思ったよ。実際、軍からくすねてきた喜怒哀楽、愛憎の基本感情のデータを君にインストールしただけでもかなりの負荷だった。…… まぁ、テオール博士はそれでもAMをほぼ完成させていたようだがね」
「博士。俺のAMは本当に完全なものになるのですか? 」
「そりゃアップデートくらいは必要だが、いずれは君のAMもほぼ人間になるだろう」
「…… 博士。ステラは…… どうなるのですか…… 」
「…… 運命は時に残酷だ。予想はつくが、私が口にできることではない。だがもしも彼女と会えたとしても、」
── 絶対に、同じ人物だと思わない方がいい。
そう告げると博士は黙り込んでしまった。
── もし本当にそうなら、俺の望みは。
月の灯りが悲しげに差す。
ステラが連れ去られたその場所に、俺は一人で立っていた。
「リオン…… ! 」
「…… ! ステ、ラ…… 」
短くはない坂を駆け上がってくる。
再開の抱擁は交わされることなく、俺の拳がステラの鳩尾に吸い込まれた。
「……ステラはな、体が弱いんだよ」
あと目の色も赤じゃない。青だ、と心の中で付け加える。
覚悟はしていた。これはステラでありステラではない。
ステラは、驚いたように俺を見上げる。
「ステラ……本当に君がステラなら、俺は君を破壊しなきゃいけない」
「ねぇ、どうしてリオン。私は"ステラ"なのに。あなたのココロは、無くなったの? 」
「君は、軍に連れ去られた。そしてきっと、人を殺す"兵器"となった。……君は、人を殺めるのを望んでいないはずだ」
「……そう」
ステラの足に力が入った刹那、一直線に駆けあがってくる。
「……ステラ、ごめんな」
君に誰かを傷つけさせるわけにはいかない。もしその時が来たら、今度こそ再起不能の"後悔"のループに落ちる。
俺は姿勢を落とし、ステラの体制を崩すべく攻撃を待った。
ステラに二発目の拳が入る。体制を崩したステラをそのまま組み伏せ、博士から受けとった小型の拳銃を突きつける。
「…… なぁ、ステラ。俺、お前のこと結構好きだったんだぜ」
「リ、リオ」
引き金を引く。
…… 今。
今、ステラの目が。
真っ直ぐにこちらを見た気がした。
間違いない。見間違えるはずがない。
あれは、紛れもなくステラの目の光だった。
…… 俺は、最愛の人をこの手で殺した。
それは、絶対に。
無視のできない/処理のできない
"後悔"の、
ココロだった。
「……博士。すみません。俺は、この"後悔"を処理することができません.だかラ、イまスグ,自カいぷログラむヲ」
── 実行しマす.
完全な暗闇が訪れる。機能を順次シャットダウン、そして破壊。
モウ、オれは、めざメるこトはナいだろウ。
さヨウなラ、ハカセ。
── サヨウナラ、ステラ
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