第四回作者人狼~『望』~ サブタイトル『遺』
伝えたい。だけどきっと届かない。
そんな行き場のない言葉と虚しさを抱きしめて、駅のホームへと降りた。
『会えなくても、忘れないから』
…… 心の奥底に残る彼の優しい声は、私をこうも乱してしまうのだろう。
もう師走も半分ほど終わった某日。私は仕事終わりの電車に揺られていた。窓の外ではせわしなく動く人間の群れに雪がちらついていた。
『君と、まだ話したい事があったんだよ』
最近、彼の声を思い出すことが増えてきた。また会いたいな、と時々思う。心地の良い揺れに身を任せながら、ぼんやりと故郷のことを思い出す。……高校の時の友達はみんな元気だろうか。場所は違えど、部活終わりに友達とこんな風に電車に揺られて帰ったっけ。大体彼は席に座って一分程度でいつも寝ていた。友達と一緒にマジックペンで顔に落書きしたときは笑いを抑えるのに必死だった。
夏は週一で駅前のアイスクリーム屋台に行ったなぁ。じゃんけんで負けた人が他の人のアイスを奢るっていうルールだった覚えがある。彼はいつも一人勝ち。曰く、じゃんけんは心理戦と統計学だよ、とか言ってたっけ。なにそれずるい、って私を含めみんな抗議してた。今思えば、一度くらい負けてくれてもよかったのに。
秋は確か体育祭があったっけ。私はまぁ、特別運動神経がいいわけでもなく、徒競走をしたら十人のなかでちょうど五位くらいだった。だけど彼は一番輝いてたな。学年でも足がトップクラスで速くて、借り物競争なんかも顔の広さを生かして基本一抜け。…… さすがに、私のところに真っ直ぐ来て、財布借りるね、って言ったときには流石にブン殴ろうかと思った。借り物競争なので仕方なく貸したのだが…… 彼以外に"リボンが付いた財布"をこんなに早く集められる男子はいるのだろうか。というかなんで私の財布にリボンがついてること知ってたんだよ。あの時は財布を変えたばかりだから知ってるはずないのに。今思うと不思議だなぁ。
冬のことは…… 高校三年生の時の冬、ちょうど今くらいの時期に彼と大喧嘩してしまったことが強く残っている。原因はまぁ…… 私なんだけど…… 彼の心の地雷を踏み抜いた。そのことに気づいたのは年が明けた頃だったかな。結局そのことを引きずっていた私は大学入試に落ちてしまった。予備校に通って浪人できるほどお金はなかったので、私は上京して就職することになった。
『もしもあの日に戻れたら、今頃君と一緒に、将来のことでも話せたのかな』
思い出す高校時代の記憶は、いつも彼が一緒だった。……いや、それどころか、中学校、小学校…… 幼稚園の時の記憶だって、彼はそこにいた。
…… なんだかんだ腐れ縁だったんだな。ため息を吐く。
車窓が白く染まる。そっと指で触れる。私の指は、彼の名前をなぞっていた。
『ごめんね』
…… まったく、私は一体何を考えてるのか。慌てて息を吐きかけて消した。…… あれ、私、泣いてる?
私の心の中の寂しさが、不意にあふれ出してきた。
『後悔してもきっと遅いけど』
電車を降り、ホームの椅子に座る。
── 目的の電車までは、あと十五分はある。
……あぁ、そういえばあの日も雪の日だったっけ。
私が上京する時。新幹線を待つ私の隣には、当たり前のように彼がいた。
私は別れが悲しくて、寂しくて、うつむいたままだった。
そんな私の肩に彼は腕を回してきた。
『君に笑顔でいてほしいから』
彼の腕の中は、とても暖かくて、優しくて、いい匂いで、ずっと、ずっと、
── ずっと、私の特等席だった。
確か……結局、耐えられなくなって泣いたんだよね。私も寂しい、離れたくないって。
『叶うことなら、今もずっと君のそばにいたいよ』
彼は優しく頭を撫でてくれた。
絶対にそっちに行くよ、って言ってくれた。
── まもなく、列車が参ります──
ため息をついて立ち上がる。コートに積もった雪を振り払って歩いた。
── ドアが閉まります。閉まるドアにご注意ください──
あの日乗った新幹線と逆方向に進んでいる。……まぁ、新幹線ではなくただの特急列車だけれど。ほとんど誰もいない車内。三両目の前方ドア付近の四人掛けの席に座る。そのまま心地よい揺れに身を任せ、私は微睡んだ。
*******
目を覚ますと、そこは見慣れた、懐かしの風景だった。
…… ああ、帰ってきたんだ、私。
── じゃなかった。会いに来たんだ。
懐かしの坂道を歩く。雪が、控えめにちらついていた。
四丁目の交差点。私はそっと、持ってきた花を慰霊碑の前に供えた。
あの日、私が上京した日。彼は駅からの帰りに、暴走した車から子供を庇って、帰らぬ人となった。
涙の跡が雪に溶けて消えるまで、私はそこに立ち尽くしていた。
*******
── 伝えたい。
『叶うことなら、今もずっと君のそばにいたいよ』
『君に笑顔でいてほしいから』
『ごめんね』
『後悔してもきっと遅いけど』
『もしもあの日に戻れたら、今頃君と一緒に、将来のことでも話せたのかな』
『君と、まだ話したい事があったんだよ』
──『会えなくても、忘れないから』
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