第39話 ダイアリー

【クラス名簿】

0. 川島 栄一 クラス担任。

1. 内田 梓 明るく活発。

2. 円藤 まどか 車いす少女。

3. 岡崎 葉月 オシャレ。

4. 柏木 香住 クラスのリーダー格。

5. 酒井 宏美 交友関係が広い。

6. 田中 夏見 スポーツ万能。

7. 永友 祐子 容姿を気にしている。

8. 長谷部 眞子 少し根暗。

9. 前田 麻奈 お人よし。クラスでは少し浮いてる。

10.柳沢 亜由美 誰にでも優しい。クラス委員長。


☆☆☆


 長谷部眞子は逮捕された。私は長谷部の逮捕後、目覚めた岡崎と長谷部自身の証言により、すべての真実を知った。

 柳沢亜由美とクラスメイト。そしてこのクラスにかけられた、呪いの真実を……。


 長谷部が中学に入学したとき、このクラスには10人の生徒がいた。お嬢様学校の少人数クラス。きっとみんな夢や希望を持って入学したはずだ。

 はじめはみんな仲が良かった。日記に書いてあった通りだ。だけど次第に優劣が出てくる。勉強も部活も人間関係も。柳沢亜由美はそのどれにも優れていた。一学期のはじめ、彼女は役職決めでクラス委員に選ばれた。

 優れている生徒がいれば、自然と劣っている生徒も生まれる。それがこのクラスでは長谷部眞子だった。

 クラスの役職決めの日。黒板には数学係と理科係と書かれていた。役職決めで余った係だ。

「今日は岡崎さんが欠席だし、長谷部さんはやりたい方を選べばいいよ」

 柳沢亜由美は黒板の前に立って、役職決めを仕切る。クラス委員長の仕事だ。他のクラスメイトは役職が決まった。残りは長谷部と、今日は休みの岡崎だけだ。

「えっ、でも……」

 長谷部は言葉に詰まった。はっきり言ってどちらもやりたくない。でもどちらかやらなければならないと言われれば、どちらでもいい。

 それより、岡崎さんが嫌な役職になってしまったらどうしよう。なんか怖そうだし。いろいろ考えて、口ごもった。

 長谷部が考えている間、教室には沈黙が続く。

「どっちでもいいじゃん。早く決めてほしいんだけど……」

 小さめの声で柏木は酒井に言った。今は6限目だ。役職が決まらなければ、帰れないし部活にもいけない。

「ほんと。数学係も理科係も大して変わりはしないのにね」

 その「大して変わりはしない」が逆に長谷部を悩ませていることを彼女たちは知らない。

「長谷部さん?」

 見かねて、柳沢亜由美が聞いた。

「えっ、えっと。私は、どっちでもいい……かな」

「どっちでもいいって言われても……。強いて言えば、どちらかと言うと?」

「……」

「どっちでもいいの?」

 はっきりしない態度に、柳沢はもう一度問い返す。

「うん……」

 ここで円藤が長谷部に言う。

「どっちか決めてくれないと、柳沢さんも困っているじゃない」

「ご、ごめん……」

 すると前田が機転を利かせた。

「私と亜由美でじゃんけんをして、私が勝ったら理科係、亜由美が勝ったら数学係ってことでどうかな?」

「なんじゃそりゃ」

 柏木は呆れたように笑ったが、

「なるほど、いい考えね!」

と柳沢が言ったので、長谷部はじゃんけんの結果、数学係となった。

 この時まではよかった。しかしこの事件をきっかけとして、クラスでの長谷部の扱いが変わった。

 長谷部が発表や挨拶をするたび、柏木や酒井がひそひそと笑うようになったのだ。それだけではない。彼女たちは長谷部にいろいろ頼むようになった。

「ねえ、長谷部さん。パン買ってきて」

 昼休み。柏木が長谷部にお金を渡して言った。長谷部は嫌だと首を振れない。これ以上、クラスメイトとの関係が悪くなるのは嫌だ。

「うん、わかった……」

 その後も何日か長谷部はパシリにされ続けた。

 そんな中、柳沢と掃除当番になったある日、柳沢が長谷部に言った。

「眞子ちゃん。あの二人からパン買わされに行かされているけど、大丈夫?」

 確かに長谷部は嫌だった。柏木と酒井のことが。でも柳沢にお節介をやかれるのも嫌だった。

「うん、大丈夫。心配しないで」

 こう言ったのに、次の日、柳沢は柏木と酒井に注意した。

「そういうの、やめなよ」

「なに?」

 長谷部にパンを買いに行かせようとする柏木に、柳沢は言った。

「自分で買いに行きなさいよ」

 その言い方が柏木を苛立たせたようだったが、柏木は黙り込んだ。すると円藤が言った。

「別に強制しているわけじゃないんだし、よくない? 私だってうっちーにパンを買ってきてもらってるし」

「それとこれとは違うでしょ!」

「何が違うの?」

 柳沢の反論に、円藤も反論する。もう正直、長谷部本人はやめてほしかった。

 それから、案の状クラスは二つに割れた。柳沢と円藤。表向きはみんな仲良くしていたが、くっきりと割れた。

 柏木や酒井は次第に柳沢の言う事を聞かなくなっていった。掃除をサボったり、自習時間に抜けだしたりした。そのことを川島先生に相談したが、無意味だった。円藤に弱みを握られた川島先生は、もうただの操り人形だったのだ。

 はじめ分かりにくかったいじめは、やがて目に見えるものに変わった。

 引き出しに虫の死骸を入れられた柳沢はその場で静かに泣いた。しかし誰も声をかけようとはしない。

 そんな中で、前田麻奈だけは裏で柳沢を支えた。二人は小学時代からの親友だったのだ。長谷部は二人がひそかに会っていることを知っていた。ただ前田とは違い、柳沢を助けたいとは思わなかった。

 虫の死骸を毎朝入れられ続けた柳沢は、

「誰……? こんなことするの……」

とすすり泣きながらつぶやいた。

 円藤は柏木たちに目線で「やったのか?」と聞いたが、柏木たちは首を振った。円藤や柏木たちいじめっ子グループには身に覚えがない。円藤は驚いた。

 それもそのはずだった。虫の死骸を入れたのは長谷部だったのだ。長谷部は柳沢のお節介に嫌気がさしていた。もう助けてもらうつもりなどない。柏木たちとは何だかんだ上手くやっていたのだ。柳沢はそこに水をさした。

 せっかく上手くやっていたのに、私が柳沢に助けを求めていたと誤解されたら柏木たちにいじめられるかもしれない。そんな不安が、長谷部に虫の死骸を入れさせた。

 自分がいじめられる前に、柏木たちが柳沢をいじめれば、長谷部はいじめられない。そう考えた。

 柳沢に対して、悪いとは思わない。むしろお節介さんで嫌いなタイプだ。そうして柏木たちも柳沢に嫌がらせをはじめ、そしてを迎えた。


 あの日。1987年6月30日。長谷部はいつもよりも早起きをした。また柳沢に嫌がらせをしてやろうと思ったからだ。とりあえず忘れていった体操服を隠そう。

 長谷部が柳沢の机に手を掛けると、柳沢が教室に入ってきた。

「え……。なにしてるの?」

 バレた。長谷部は思った。

「誰が嫌がらせをしているかと思ったら、なんで……。助けてあげたのは誰だと思ってるの!」

 柳沢は涙声で言う。長谷部はついに反論した。

「助けてほしいなんて一言も言ってない! あいつらとは上手くやっていたの! あなたが勝手に助けただけでしょ!」

「じゃあなんでこんなことするのよ! あなたのせいで私は……」

 すすり泣いたあと、柳沢は言った。

「もう知らない、バラすから。クラスのみんなにも、先生にも」

 バレる。これ以上バレる。クラスメイトや先生、親に。それは長谷部の積み重ねた大人しい女の子というイメージの崩壊を意味していた。大人しくて、イメージが最悪。そんなことがバレたら、確実にいじめられる。気づくと怖くなっていた。

「言わないで!」

 柳沢が縋りつく。柳沢は長谷部を突き飛ばし、

「駄目! 言うから。今回ばかりはあなたが悪い。あなたのせいで、私の中学生活はめちゃくちゃなのよ!」

と背中を向けた。

(めちゃくちゃにされたのはどっちの中学生活なのよ!)

 怒りに身を任せた長谷部は、とっさに体操服の袋の紐を掴むと柳沢の首を絞めた。

「何すん……の……」

 大きな声を出されないように、いきなりかなり強く締めた。そしてそのまま全体重をかけ、首を締め上げた。柳沢は足をバタつかせる。

「……やめっ……」

 長谷部は声を出されないように必死だった。

 柳沢はもがくのをやめ、やがて失禁し、今朝食べたであろうトーストの残骸を口から吐き、息もしなくなった。

 長谷部は柳沢亜由美を殺した。しばらく唖然としていたが、焦りを覚えた。

 すぐにアリバイ工作をしないと。震える手で柳沢の日記に遺書を付け加え、殺害現場を自殺に見せかけた。そしてトイレに籠り、遺体が見つかるまで待った。

 柳沢の死は瞬く間にニュースになったが、幸い詳しい調査がなされないまま、自殺と処理された。

 3日後、前田麻奈が長谷部を呼び出した。

「私は亜由美を自殺に追い込んだ奴らを許せない。長谷部さんも協力してほしい」

「私に? どうやって?」

「亜由美の呪いってことにするの……」

 前田の話に長谷部はのった。正直、柏木たちは大嫌いだ。柳沢亜由美を殺した時点で、もう戻れないと覚悟していた。

 前田と長谷部、二人で日記に細工を加えると、その通りに次々とクラスメイトを殺していった。

 手始めに柏木を誘拐してリンチし、遺体をバラバラにした。

 次に酒井を道路に突き落とした。

 田中はトイレに閉じ込めてやった。

 川島先生のバイクには細工をした。

 永友には長谷部が市販の薬を混ぜた薬物を注射した。

 原口先生は長谷部が殺害し、自分自身も刺して襲われたように偽装した。

 内田のお茶にはお酒を混ぜていた。

 西川先輩も長谷部が殺害した。



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