第37話 スーサイド

 翌日、私が学校に行くと、教室には円藤しかいなかった。誰もいない教室で黙々と何かを読んでいる。

「おはよう」

「……おはよう」

「眞子ちゃんは?」

「さあ……。四日前から学校に来ていない。しかも無断欠席」

「え? でも家にはいるんだよね?」

「……いないよ。捜索願を出しているみたい」

 え? 長谷部が消えた。もしかして協力者に殺された?

「眞子ちゃん、どうしちゃったんだろう……」

「さあね、殺されたんじゃない? 柳沢亜由美に」

「えっ、でも柳沢さんは……」

「生きてるよ」

 円藤は強い口調で言った。

「柳沢亜由美は生きている」

「なんで? なんで、そんなはっきり言い切れるのよ!」

 すると円藤は読んでいたものを閉じた。

「分かるから。でも、あなたには教えない」

 円藤がそう言った途端、チャイムが鳴る。

(なんで?)

 私の声は、言葉にならなかった。すぐに北沢先生が教室に入ってくる。

「おお、本田。来たか。身体はもう大丈夫か?」

 それだけ? 北沢先生は淡々としていた。

「……はい。大丈夫です」

「それじゃあ、朝の会をはじめようか」

 私はしぶしぶ席につく。しかし起立の号令がかからない。委員長の長谷部がいないからだ。

「そうか。長谷部もいないんだったな」

 先生はそう漏らすと、

「じゃあ代わりに……、円藤。頼む」

「……分かりました。起立」

 私だけが立つ。

「礼。着席」

 北沢先生は話す言葉を探しているようだった。

「僕はな。君たち二人には何とかして卒業してほしいと思っている。君たちを何としても守る、それが教員である僕の責務だ」

 中身のない言葉。口では言っていても、心では言っていない。そんな気がする。それに長谷部のことも柳沢亜由美のことも触れなかった。


 朝の会も終わり、授業がはじまる。いつもと変わらない授業。ただ長く休んでいたため、内容が飛んでいる。補習はしてくれるのだろうか。

 教室を見渡しても、私と前の席の円藤しかいない。隣も、後ろも、斜め前もいない。それでも授業をしているのはなんか変な感じ。

 昼休み。そそくさと弁当を食べ終えた私は、円藤の席の前でしゃがむ。

「円藤さん。今日の朝、なにを読んでいたの?」

 朝の会の前、円藤が私に話しかけられる前に読んでいた何かが気になったからだ。小説や参考書ではないことは見てわかった。

「ああ、あれは柳沢亜由美の日記。前田麻奈の机のなかに入っていた」

 柳沢亜由美の日記? 前田が保管していたようだ。

「見て」

 円藤はそう言うと日記を開き、普段のページと赤字の「呪い」のページを交互に見せた。

「字が違わない?」

「え?」

 確かに言われてみれば違う。

「赤の部分は前田麻奈があとから書き足したのよ」

 まさかと思ったが、私を殺そうとした前田ならやりかねない。

「つまり柳沢亜由美は死んでいない」

「どうしてそこに繋がるのよ? 柳沢さんが亡くなったのは紛れもない事実でしょ」

「ごめん、ちょっとからかっただけ。確かに柳沢亜由美は死んだ。でも

 円藤の話は極論だ。

「どういうこと?」

 すると円藤はパラパラとページをめくり、とあるページを私に見せた。


☆☆☆


1987 June 29 Mon


明後日から7月かあ、、、


嫌なことも会ったけど、いいことも同じくらい会った


夏休み出かける約束もしたし


夏が楽しみになってきた


☆☆☆


 87年の6月29日。柳沢亜由美が自殺した前日だ。

「次の日に自殺した人間が、こんな前向きなこと書くと思う?」

 書かない。私は思った。

「つまり、次のページからが麻奈ちゃんの創作で、柳沢亜由美は自殺なんてしたわけじゃないってこと?」

「どうだろうね。私はそう思うけど」

「ねえ、教えて。柳沢さんってどんな風にして亡くなったの?」

 謎を解くカギは円藤が握っている。私は聞いてみることにした。ずっと知らなかったこと。知れなかったことを、思い切って。

「……」

 円藤は黙って、うつむき、

「あの日の朝、死んでたのよ。あなたの席で」

と言った。

「私の席……」

 私は蒼白する。

「でもあそこは前、麻奈ちゃんの席だって」

「誰がそんなことを言ったの?」

「眞子ちゃん……」

「嘘に決まっているでしょ」

 円藤はそう笑って、

「まあ本当のこと言えるわけないけどね」

と笑わずに付け足した。

「あ、大丈夫。机と椅子は新しいやつだから」

 円藤は笑ったが、私は笑えない。そういう問題じゃない。

「きっと、はあの日の再現を狙っている」

 円藤は続けた。

「柳沢亜由美が死んだ日の再現を……」

 殺してみなさいと言わんばかりの表情。円藤はそんな顔をしてみせる。長谷部が殺されたとしたら、次はいよいよ円藤の番だ。

 でもどうしてそんな自信満々な顔ができるの? 私にはその顔が焼き付いて離れなかった。


 その日の夜は、案の状眠れなかった。

「あの日」の再現。柳沢亜由美の死。そして私の席。

 しかし柳沢亜由美が自殺していないとしたら?

 何者かに殺され、自殺に見せかけられたとしたら?

 柳沢亜由美の呪いからはじまった不審死。

 しかしそれが、柳沢亜由美自身が最初の被害者だったとしたら?

 私の頭の中を、そんなことがよぎっていた。

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