第36話 ラヴ
皮肉なことに、前田は雪の日に死んだ。岡崎は一命をとりとめたが、目覚めることはなかった。顔中が包帯で巻かれているという。
私もそれなりに重傷だった。何か所か骨折していたようで、前田の葬式には行けなかった。まあ行けたとしても、行ったかどうかはわからないが。
骨折を治すのには時間がかかる。やがて12月になり、新年を迎えてしまった。
1989年になったとき、私は病室で正月番組を見ていた。岡崎はまだ目覚めず、私も学校を休み続けることになった。そんな中で、長谷部も円藤も何故か一度も見舞いには来ていない。
私と岡崎の病室は常に私服警官が警備してくれている。だから怖くはない。しかし岡崎が言った通り、前田に協力者がいるのなら、私たちの命は狙われるかもしれない。羽生刑事たちが捜査にあたっているが、犯人の目星はついていないらしい。中学生より無能な警察って……。
ともかく、前田の事件は中学生の女の子が大量殺人をするというセンセーショナルなものとして世間は受け止めた。ただこの事件はこれで解決していない。協力者を見つけ出し、柳沢亜由美が自殺した真相を解き明かさなければ解決したとは言えないのだ。
そんな思いを抱きながら私は退院した。一月初めのことだった。
退院してすぐ、ママは
「転校しましょう」
と言った。しかし私は断った。
「今更遅いし、このクラスで卒業したい」
呪われたこのクラスで。でも今回のママは決意が違った。
「たしかに恵果ちゃんの気持ちはよく分かるわ。でもママとパパはいろいろ考えたの」
リビングでママと話していると、パパも来た。
「恵果。恵果が殺されかけたと聞いて、パパも心臓が止まりそうだったんだ。それに連日のように家をマスコミが囲んで、しばらく会社にも行けなかった」
ママが口を挟んだ。
「そうよ、恵果ちゃん。これはもうあなただけの問題ではないのよ。私たち家族の問題なのよ」
たしかにパパとママには辛い思いをさせたと思う。でも私はあのクラスが気になる。あのクラスの一員だ。
私は黙り込んだ。何か、何かここに留まる言い訳を見つけないと……、そうだ。
「で、でも今転校してきたら、絶対事件がらみだって思われないかな? 中三の一月に転校してくる子なんて普通はいないでしょ?」
「そうね。それもそうよね」
ママが困り顔でつぶやく。
「たしかにな。よし、パパが毎日送り迎えをしよう」
パパが言う。
「だから、恵果にはこの学校を卒業してほしい」
「あなた……」
「パパ……ありがとう」
私はパパとママの娘を思う気持ちを存分に感じた。二人への思いがいっそう強くなる。
「パパ、ママ。いつも本当にありがとう」
「え? なに、急に畏まっちゃって」
ママは戸惑ったが、パパは笑った。
「そうか、恵果もそんなことを言うようになったか。それじゃあ、パパはこれから嫌われるんだな」
そんな冗談に私は本気で答える。
「ううん、そんなことない。パパもママも、ずっとずっと大好きだよ!」
それは記念日の夕食のように、めでたく儚い夜だった。
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