第35話 サイレン

 私の名前を呼ぶ声と共に、前田を殴る音がする。

「おか……ざき? やっぱり死んでいなかったか!!」

 前田の怒りと悔しさ混じりの怒号。それを無視して、人影が私に駆け寄る。

「恵果、大丈夫?」

 その姿は紛れもなく、岡崎葉月だった。

「葉月ちゃん、無事だったの?」

 岡崎は死んだんじゃ。

「うん。うちは殺されてない。殺されたフリをしただけ。前田さんの本性をおびき出すためにね」

「ちくしょう!!」

 後ろから前田の唸り声が聞こえた。

「うちが死んだのなら、おそらく恵果を殺しにくる。その時をずっと待っていた。襲う現場を押さえれば、それは動かぬ証拠だからね」

 つまり岡崎は生きていて、この機会をずっと待っていた。

「……じゃあ、もしかしてストーカーしてたのって」

「ごめん、それうち。川島先輩に事情を話して家に泊めてもらってた。一応、親と警察にも協力してもらってる」

 岡崎は私の真横でしゃがみ、顔を見せて言った。

「今、川島先輩が公衆電話で警察と救急に電話しに行ったから、安心して」

 そして私の背中を優しくなでると、立ち上がって言った。

「前田麻奈! あんたの負けよ!」

 岡崎の威勢のいい声が響く。前田は怒りに任せて反論する。

「お前はいつも私の計画を邪魔するなぁ! まだ、まだ終わらないからな!」

「終わらない? あんたには協力者がいて、その助けをずっと待っているんでしょ? 残念だけど、協力者の目星もついてる。本当にあんたの負け」

 岡崎は前田に歩み寄る。前田はちょうど柳沢亜由美の墓の前でうずくまっている。

「ちっ、近づくな!」

「……うちだって、亜由美には酷いことをしたって後悔してる。だから月一でお墓参りにも来てた」

 柳沢亜由美の墓前には綺麗な花束が手向けられていた。

「え? これ、お前が……」

「うん。だけど、あんたがやったことは許せない。確かにいじめは最悪だった。でも復讐として、クラスメイトや先生を殺した。うちらだけじゃない。関係ない原口先生や西川先輩まで殺した。ついには恵果まで、殺そうとした」

 前田は静かに俯いた。そして泣き始める。

「うぅ……うぅ……」

 前田の嗚咽が静かな墓地に響き、やがて雨が降り出した。その雨音で彼女の声はかき消される。

「……終わった」

 岡崎は静かにそう言った。私は痛みに耐えながら、その言葉を噛み締めた。この一連の不審死事件が、衝撃の形で幕を下ろしたのだ。

 遠くでサイレンの音が響く。たぶん私たちのもとへ駆けつけている警察だろう。

「怪我は大丈夫?」

 岡崎が寄ってきて、着ていた上着を私にかけてくれた。

「うん、ちょっと痛いけど」

「すぐに助けがくるから頑張って!」

 私の視界に笑った岡崎が入る。その後ろには柳沢家のお墓。そしてその影に突然、人影が見えた。血まみれの制服を着た、長い髪の女の子だった。

(えっ……?)

 それは原口先生が殺された日、私が三階から見た花壇に落ちていたあの制服だった。女の子の顔は前髪が長くよく分からない。次の瞬間、彼女はいきなり走り出し、私たちのほうへ向かってきた。

「葉月ちゃん!」

 私は叫ぶ。

「なに? あっ!!」

 しかし一歩遅く、岡崎は木製バットで顔面を思いっきり殴られる。そのまま仰向けに倒れこみ、私の上に覆いかぶさる。

「いやあああああ!」

 一瞬の出来事に、私は絶叫。女の子はそのまま前田のもとに向かう。

「ごめんなさ……」

 謝りかけた前田を、そのままバットで殴りつける。顔面を強打され、雨に血しぶきが混じる。そして次は私の方へ……。

 しかし警察のサイレンが止んだことにおののいたのか、女の子は山の中へとバットを持って走っていった。

 岡崎は目覚めることなく、前田も倒れたままだ。私も起き上がれず、意識が遠のいていく。そんな中で、雨音が墓地をつつんでいた。

 冬の冷たい雨は、しばらくして雪に変わった。その雪は血まみれの私たち三人の上に、静かに積もっていった。



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