第34話 キラー
カルボナーラを食べ終えると、私は前田に連れられて山際を歩いていた。北へ少し歩くと大きめのお寺がある。
『
お寺の入り口には、そう書かれていた。
「少し山を登るよ」
前田は私の顔を見ず、そう言った。そして境内に入っていく。昼を過ぎて、雲行きが怪しくなってきた。私たちは落ち葉の敷かれた寺の遊歩道を進む。
山を登るにつれ、人が少なくなってきた。私は不安になって、スタンガンをさする。
「ねえ、麻奈ちゃん? どこまでいくの?」
「もうちょっとだから。ついてきて」
私は怖くなって、
「あんまり遅いと、お母さんが心配するし……」
と言う。しかし前田は振り返ることなく、
「もうすぐだから」
とだけ言った。
山を登っている間、私たちは無言だった。私は身構えていたし、前田も何故かしゃべらなかった。いつもなら沈黙を嫌って、中身のない話を振ってくるのに。
やがて頂上についた。そこには小さな石碑が立っており、狭い空間が広がっていた。
「見て」
前田はそう言って、頂上からの景色を私に見せる。
「きれい……」
私は思わずそう言った。街が一望できた。お寺も、学校も、市役所も、お城も。そしてなによりも紅葉した山々が美しかった。
「でしょ? これを見せたかったんだ」
前田はそう言って、やっと振り向いてくれた。よかった。いつもと変わらない笑顔だ。
空は曇っていたが、地上は彩られていた。なるほど、前田はこれを見せるために山に登ったんだ。私はほっとして、ポケットのスタンガンから手を離した。
「いい眺めだね」
そう言って笑った。
「うん。私のイチ押しのスポット。近くにあったから、行きたかったの。それだけ。付き合わせちゃって、ごめんね」
「ううん、全然。むしろこの景色が見れてよかったよ」
「ありがとう恵果ちゃん。じゃあ、そろそろ降りようか。
私はうなずいた。
湿った落ち葉をふむと、不思議な音がした。二人で落ち葉で滑りやすくなっている坂をくだる。
「恵果ちゃん。足元、気を付けて」
「うん」
途中、前田が私の手を握って、不安定な体をささえてくれた。
「ありがとう」
しばらく山を下ると、お墓が見えた。山の斜面に作られた、わりと大きめの墓地だ。遊歩道はその真ん中を貫いていた。
曇天のなか、歩く墓地は少し不気味だった。しかし前田は迷うことなく、墓の中を進む。前にもきたことがあるのだろうか。墓と墓の間の通路が増え、どれが遊歩道なのか分からない。やがて道も狭くなってきた。
(あれ? これって、やっぱり遊歩道じゃない気がする。ただお墓を目指して歩いているだけのような)
私はそう思ったが、前田は足を止めなかった。そのまま進んで、止まった。あるお墓の前で。
え? 私は驚いて、
「どうしたの?」
と聞く。
前田は振り向かない。振り向かないまま、
「ここだよ」
とつぶやく。
「ここって?」
私は訳がわからなかった。だが、辺りを見回して背筋が凍った。前田が足を止めた横のお墓には、こう刻まれていたのだ。
『柳沢家之墓』
「ここに、亜由美ちゃんが眠っている」
「……なんで? なんで、私をここにつれてきたの?」
「なんでって、連れてきたかったから。恵果ちゃんにも亜由美ちゃんに手を合わせてほしかったから」
「なんで……」
もしかして本当に前田が……。
「なんでって、亜由美ちゃんが可哀想だからだよ。今まで殺した誰よりも、一番亜由美ちゃんが可哀想だから」
殺した。そう聞いたとき、私は震えた。
「みんな死んで当たり前だよ、亜由美ちゃんを殺したようなものだもの……。もちろん、私も死ぬべきだけど」
前田は泣きながら言った。
なんで?
「なんで?!」
信じてたのに……。
「信じてたのに!!」
私は心で嘆いて、声で叫ぶ。
「ごめんね……」
私が責めると前田は素直に謝った。
「向日葵も嘘。ほとんど恵果ちゃんの思っている通りだよ。嘘の手紙を送って、岡崎葉月に恵果ちゃんを殺させるための作戦だった。全部、私がやったこと」
「どうして?! どうして、麻奈ちゃんはこんなことしたの?!」
「……亜由美ちゃんを、救えなかったから」
前田は手で涙を拭う。
「だからせめて、復讐をしたかった。亜由美ちゃんをいじめたクラスの奴らに」
見たこともないような目つきになった前田に、私はおののく。
「で、でも、殺すなんてやりすぎ」
私の声を待たずに、前田は発狂した。
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!
もう戻れないの。私はもう何人もこの手で殺してしまった。今更、後戻りなんてできないのよ!」
前田は震えたまま下をむいた。
「……復讐を、達成する」
そして次の瞬間、前田は私に飛びついた。手にはナイフ。私を殺すつもりだ!
「やめて!」
私はポケットからスタンガンをとりだす。しかしスタンガンを手にした右手はあっけなく前田に弾かれる。
「あっ!」
そのまま、お墓の中へ消えるスタンガン。前田はナイフを深く握ったまま襲い掛かる。慣れた手つきだ。
「いやあああ!」
私は咄嗟に、左ポケットからナイフをとりだして振りかざした。スタンガンと一緒に持ち運んでいて正解だった。
「いたっ!」
前田の声と、たしかな手ごたえ。私のナイフは前田の右頬を切り裂いた。手で押さえた頬からは、血が噴き出している。
「ごめん、麻奈ちゃん。ごめん!」
私は怖くなって、
何が怖くなったのか。死の恐怖だろうか。それとも人の肉を切り裂いたことだろうか。あるいは豹変した前田の姿と、彼女を刺激したからさらに殺意を増して襲ってくると思ったからだろうか。おそらく、全部だ。
「待て! こらああああああ!」
濁った前田の叫びが聞こえて、また背筋が凍る。もはや女子中学生の声ではない。私の知っている前田麻奈は消え去ったのだ。
私は走る。とにかくここから逃げないと!
一刻も早く、誰かに。長谷部や羽生刑事、ママに。この際、円藤でもいい。とにかく誰かに知らせないと。
「バレる。恵果ちゃんにバラされる。それは駄目! 止めなきゃ……なんとしても、殺してでも止めなきゃ!」
狂った前田の声が響いて、私はいっそう駆け出そうとした。でも無理だった。
突然、背中に固くて重いものがぶつかる。私は倒れ、背中に激痛が走った。コンクリートブロックだ。お墓の周りにあるそれを、前田は私に投げつけた。
砂利だらけの地面が目の前に迫り、鼻に小石があたり、砂利が口に入る。私は地面にうつ伏せに倒れたまま、動けない。しかし前田の足音が近づいてくる。
(殺される! 本当に殺される!)
立ち上がろうとするが、背中が痛い。痛いだけならいいが、力も入らない。気持ちが悪い、痛い、気持ち悪い。怖い、誰か。怖いよ……。
前田の足が止まった。そして……。
「恵果!!」
死を覚悟したその時、聞き覚えのある女の子の声が、耳をつんざいた。
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